第11話 デートに行こう


『ねぇ朱音さん、いつものとこで会わない?』

『いつだ?』

『今週の土曜日はいかがかしら』

『その日は忙しい……』

『あら? そんな嘘が通じるとでも?』

『う……』

『チケットを融通したのは誰かしら? それもずっと音信不通だったあなたに。ねぇ、誰だったかしら?』

『いつもの場所でいいか?』

『時間は13時でよろしくお願いしますね』

『……わかったよ』


 そんなやり取りをして、SLDをベッドに投げ捨てる。急にカトラから連絡が来たと思ったら、会うことになってしまった。別にリアルで会うのは初めてではないしいいのだが、あいつと会うのはいつも疲れる。妙にお姉さん風を吹かせて世話を焼こうとしてくるのだ。


 そんなカトラの本名は皐月さつきしずく。現実世界とほぼ同じ容姿をしており、その人気はBDSの中でもナンバーワンかもしれない。海外にも彼女の熱心なファンがいる。そして彼女はリアルでもBDSの取材に応じたりと、様々な活動をしている。曰く、『プロとして当たり前のことをしているだけです』とのことだ。大学はすでに卒業しており今はBDSのプロプレイヤーとして生計を立てている。と言ってもその収入は生計を立てるなどという月並みな言葉では済まない。年収は優に億を超えるだろう。そして都内のタワーマンションに住んでいるらしい。行ったことはないが、そう言っていた気がする。


 はっきり言ってただの高校生が出会えるような人ではない。でも俺はBDSではカトラと同等、いや成績だけで言えば上だった。しかしそれはもう過去の栄光だというのに、未だに俺に連絡を取ってくる。


 一体何が目的なんだか……。


 そしてあいつと会う日はすぐにやって来てしまうのだった。




「……早く来すぎたか?」


 現在の時刻は12時半。少し早く家を出てしまい、案の定30分前に到着。でもまぁ、遅れるよりもはるかにマシだ。


 そして暇つぶしにSLDでアリーシャの試合を見ていると、後ろから肩を叩かれる。


「お久しぶりですね、朱音さん」

「雫、久しぶりだな本当に……でも、なんか雰囲気違うな」

「わかります?」

「いやこれは分かるだろう」


 黒髪ロングの清楚系。それが世間の評価だし、俺もそう思っていた。でも今は長い髪をアップにまとめていてさらに艶やかな黒髪に金のメッシュが所々に入っている。かけている伊達眼鏡も妙に似合っている。


 しかしこれでは、イケてる女子大生という印象だ。何か心境の変化でもあったのだろうか。


「昨日、染めて来たんですよ? 似合ってますか?」

「あぁ似合っているが、心境の変化か?」

「朱音さんに会うから……そう言ったら喜んでくれます?」

「いや、純粋に怪しいと思う。何か企んでいるな?」

「ふふ。朱音さんらしくていいですね。さて、行きましょうか。いつもの場所でいいですよね?」

「あぁ……」


 俺と雫はそうして並んで歩いていくのだった。



「何か頼みます? 私が全部奢りますから、なんでも頼んでいいですよ」

「いや……コーヒーだけでいいよ」


 やって来たのは会員制のレストラン。と言ってもこの時間はカフェとして機能しているようである。とあるビルの最上階にあるここは、すべて個室という徹底ぶり。でも彼女は有名人だから仕方ないのかもしれない。ここを利用するのも当然のことなのだろう。それに話も……他人に聞かれては困るしな。


「元気でしたか、朱音さん」

「まぁ体調は優れていたよ」

「私が何度言っても戻ってこないのに、あのシェリーという女の声にはなびくのですね」

「……それは成り行きってやつだ」

「でもいいです。あなたが戻って来てくれるのなら、私はそれだけで十分ですよ」

「……話は変わるが、三大タイトル制は大丈夫なのか?」

「あなたなら分かると思いますが、大丈夫ではありません」

「だよなぁ……かなりハードスケジュールになるよなぁ」

「えぇ。大会中はリーグ戦が止まる分、そのしわ寄せが他の日程にきます。より過酷な環境になるでしょう」

「で、剣王戦は出るのか? 世界ランク2位だと上位シードだろ?」

「出ます。そして初代剣王になりますよ、もちろん。きっと私には剣豪戦は取れないでしょうしね」

「剣豪戦は確かにお前にはきついかもな……」

「剣豪戦はノアが優勝候補筆頭ですね。あの方には私も辛酸を嘗めてばかりです」

「やっぱ強いのか?」

「えぇとっても。全盛期のレイと同じくらいかもしれません。剣技型の中では名実ともにトップだと思います」

「それほどか……」


 俺は考える。あのカトラがそこまで言うプレイヤーはそこまで多くない。ノアというプレイヤーは映像でしか見たことはないが、やはり同じプラチナリーグのプレイヤーとしては色々とカトラも感じることがあるのだろう。


「話は変わりますが、アリーシャってあなたの妹さんなのでしょう?」

「は? お前、よく分かったな……」

「以前会ったことがありますから。有紗さん、でしたよね?」

「そうだが……名前だけで分かるもんか?」

「目ですね」

「目?」

「似ているんですよ。あの燃えるような憎悪に満ちた目が、以前の彼女と」

「憎悪か……」


 的を得ている。有紗は憎んでいる。俺と、俺を再起不能にまで追い込んだBDSを。あの宣戦布告もそういうことなのだろう。


「それで……」


 それからしばらく俺と雫は昔話に花を咲かせた。懐かしいと同時に、あの日々もそこまで悪いものじゃないと今更ながら思った。でもやはり当時の俺からすれば、プラチナリーグは魔境だった。


 それだけは絶対に変わりようがない。



 ◇



「さて、そろそろ……」

「えぇ。お買い物に行きましょう」

「え? 帰るんじゃないのか?」

「せっかく朱音さんが来てくれたのです。デートの一つもしないとダメでしょう」

「ダメなのか?」

「ダメですね」

「……」


 有無を言わせない視線に俺は従うことにした。こいつには色々と借りもあるし、従うしかないか……そして俺は服屋に連れて行かれた。


「どうです? 似合いますか?」

「あぁ……似合っているよ」

「……これはダメなようですね」

「おい!? 俺の言葉じゃなくて反応で変えるなよ!」

「ふふ。朱音さんは分かりやすいですから」


 女性の服屋はどうしてこんなにもキラキラとしているんだ。それに、妙に視線を感じる。雫のことはバレていないようだが、やはり男性の俺がいるのがよくないのだろう。周りからの視線が痛い。痛すぎる。これは早く済ませたいと思って、テキトーに答えていたのだが雫に容易に看破されてしまう。


 俺ってそんなに分かりやすいのか……?


 と、一人で勝手に凹んでいると見覚えのある髪が二つ見えた。すぐに消えてしまったので分からないが、あれはシェリーと有紗だった気もするが……あの二人がこんな場所にいるはずがない。


 きっと気のせいだろう。


「これはどうですか?」

「……いいと思う」

「なるほど。では、これにいたしますね」


 くそ、バレている。雫が持って来たのは真っ白なワンピースだった。派手な服装も似合うが、シンプルな服装がやはりこいつには似合う。そう思っているのが見透かされたようで妙に恥ずかしい。


「ふふ。本当に分かりやすいですね、朱音さんは」

「お前が鋭すぎるんだ」

「さて私はとても満足しました。今日はこれで解散にしましょうか」

「……そうだな」

「朱音さん、私は待っています。あの頂点の世界でずっと待っていますよ」

「……」

「プラチナリーグは未だに地獄です。ほんの少しの隙を見せればすぐに転落する。この5年間、そんなプレイヤーを数多く見て来ました。入れ替わりの激しいプラチナリーグは依然として変わりありません。でもあなたは戻ってくる。今日会って確信しました。待っていますよ、レイ。あなたのいないBDSは少しだけ退屈ですから」

「……」


 最後にそう言って、雫は……いやカトラは去って行った。


 どこまでも自由で、そして可憐。でもお前は勘違いをしている。お前が持っているのは本物の翼だ。どこまでも羽ばたいてける自由の翼。でも俺の翼は未だに蝋で固められた偽物。


 イカロスの翼では、あの場所には決してたどり着けない。

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