第10話 追憶 4



 孤高の天才。


 俺は世界大会で優勝し、孤高の天才と呼ばれた。誰も寄せ付けないその立ち振る舞い。それがまた俺の人気を最大限に高める。


「優勝おめでとうございます! 今の気持ちはいかがでしょうか?」


 世界大会優勝の翌日、俺はBDS内で記者会見を開いた。と言っても俺が望んだわけではない。運営の方からそうしてくれと頼まれたからだ。でも俺は若いとはいえ、プロのプレイヤーだ。しっかりと義務を果たす必要がある。


「嬉しいです。以前から世界大会で優勝するのは夢でしたから」

「確かレイ選手は世界ランク一位になるのと同時に世界大会での優勝を公言していましたね。素晴らしいです。有言実行、本当におめでとうございます」

「ありがとうございます」


 その記者会見は一時間にも及んだ。記者には色々と質問された。


「仲のいいプロプレイヤーはいるのですか?」

「いえ。プロの世界は皆がライバルです。必要以上に仲良くする必要はないと考えています」


 孤高の天才はどこに向かうのか。


 その発言を元に記事を作られたりもした。友人などいらない。必要なのは、己のみだ。だが俺はこの先どこに向かうのか。世界の頂点に立ってしまった俺はどこに向かえばいいのか。


 世界のいただきからの景色は最高に違いない。そう夢を見て来た。ずっと夢を見て来た。アマチュアの頃は憧れから、プロになってから解放されたくてこの場所を目指した。


 そしていざ立ってみると……俺の首にはまだ大鎌が突きつけられている。


 世界の頂点で孤独に佇み、未だに呪われている。下の世界は見えない。俺の周りにはずっと霧がかかっている。赤黒い霧がかかっている。そしてそのいただきにたどり着いても、俺は解放されなかった。


 身体中を鎖で拘束され、喉にはずっと大鎌がじわじわと食い込みそうになっている。その姿は幻影ではなかった。決して幻影ではない。


 でも世界の頂点に立って解放されないのならば、俺はどこに行けば解放されるのだろうか。そう考えても答えは一つだけだった。


 勝ち続けるしかない。


 この呪いを解くのに必要なのは、勝利のみだ。勝利のみが俺の心に安堵をくれる。安らぎをくれる。敗北は死だ。俺の勝率は9割。つまりは10回に1回は負けるのだ。その負けを記録に刻むたびに大鎌は徐々に迫ってくる。


 負けない。俺は負けない。勝利する。ただそれだけだ。もう、喜びなど無かった。ただ勝利して、見えないどこかにたどり着きたい。俺はもう後には引けないところまで来てしまっていたのだ。



「お兄ちゃん! おめでとう! すごかったよ! 本当に、本当に、すごかったよ! おめでとう!!!」


 自宅ではずっと有紗がそう言ってくれた。両親は軽くおめでとうと言っただけだ。でも有紗だけがこんなにも喜んでくれた。有紗は自分の数少ないお小遣いホールケーキを買ってきてくれて、二人で食べた。


 チョコペンでホワイトチョコに『おにいちゃん、ゆうしょうおめでとう!』と書いてくれた。そして二人でニコニコとして食べている時に、俺の目からはなみだが流れていた。


「お兄ちゃん!? どうしたの!? どこか調子が悪いの!?」

「いやこれは……悲しいんじゃない。でもなんて言いっていいか分からないなぁ」

「本当に大丈夫?」

「あぁ!」


 流れる雫をゴシゴシと拭う。俺は来年には中学生になる。大人に近づくのだ。ならば、泣いていいわけがない。有紗にはずっとかっこいい姿を見せる必要があるからな。


「兄ちゃん、これからも勝つよ。そして来年も世界王者だ!」

「せかいおうじゃ! お兄ちゃんは、せかいおうじゃだ!」

「あぁそうだ!!」

「わーい!」


 二人で食べたケーキはそれが最期になった。



 ◇



「夢か……」


 目がさめる。夢を見た。きっとこれは有紗の昨日の言葉がきっかけになっているのだろう。そして部屋を見ると、いつものように有紗はいなかった。


 決別。


 その言葉が脳内に浮かんだ。きっと有紗とはBDSの世界でしか語ることはできない。そしてシェリーをそれに巻き込むのには気が引けるが、俺は彼女をプロにすると決めたのだ。だから有紗に負けてもらうわけにはいかない。


 その晩、俺はシェリーに有紗のことを伝えた。昔からの確執は伏せたが、アリーシャというプレイヤーが妹であり、俺たちの前に立ち塞がるのだと言うと……シェリーは急にガバッと立ち上がる。


「やっぱりあの目はそういうことだったのね」

「あの目って?」

「初めて会った時に有紗に睨まれたの。あれはきっと、私は負けないという意志表示だったのよ。そしてレイを奪った私を許せないのでしょうね」

「許せないって大げさな」

「私が気がついてないと思う?」

「な、何をだよ」

「貴方達って、表面上は仲がいいのに……どこか偽物みたいなのよ。で、それは簡単に想像がつくわ。有紗と朱音はBDSをきっかけに喧嘩してるってね。今回もそういうことでしょ?」

「まぁ……そうだけどさ」

「はぁ……まぁいいわ。貴方達兄妹のことは別にしても、私はどのみち前に進むしかないのよ。それがたとえ、貴方の妹であっても……そして、レイの模倣剣士だとしてもね」

「……シェリーは大物だな。そのメンタリティーは純粋に見習いたい」

「ふふ! 私のメンタルはすごいわよ! 絶対に負けないんだから!」


 シェリーはただ前向きなだけではない。ちゃんと周りが見えている。見えた上で、自分が何をすべきかよく理解している。それが俺にもできていれば、もう少し上手く立ち回ることができていたはずだ。


 そして失敗を重ねてばかりの俺は、いつも後悔している。


 失敗して、後悔して、何も残らない。


 それが今の俺だ。天才剣士のレイは、もういないのだ。




 翌日、学校に行くと涼介のやつが食い気味に話しかけてくる。


「おい、みたか!? レイの模倣剣士が出たってよ!!」

「あぁ……知ってるけど、本人じゃないのか?」

「……素人の感想になるが、あれはレイじゃないきがするなぁ。似ているし、正直同じと言ってもいい。技術だけを見ればな。でも、肝心なところが違う気がするんだよなぁ……」

「なるほど。レイのファンは言うことが違うな」

「もちろんだ! でも、アリーシャは応援してるぜ? なんて言ったって、レイの技がまた見れるんだからな!」

「そうだな」


 レイの技。あの時のアリーシャの試合は確かに俺に酷似していた。その中でもピックアップされている技がある。


「これだよなぁ……レイの代名詞の『紫電しでん一閃いっせん』。本当に同じだよなぁ。検証動画みたか、朱音。全く同じらしいぞ、これ」

「見たよ。確かに同じみたいだな」


 紫電一閃。それは超高速の居合抜き。抜刀してから相手に届くまでの時間は本当に一瞬。鞘が輝いたと思った瞬間には首が刎ねられている。超高速の電磁抜刀術。秘剣にたどり着けるプレイヤーはBDSの中でも本当に限られている。だからこそ、アリーシャはアマチュアにもかかわらず注目の的になっている。


 さらにそれは、俺が現役時代に重宝した秘剣の一つだ。


 BDSでは剣技とスキルは一般公開されている。そしてスキルはまだしも剣技は何を使っているのか丸分かりなので、その剣士の代名詞と呼ばれる剣技が存在する。


 レイの代名詞は『紫電一閃』。


 ライトタイプの中でも日本刀を持っているときのみに発動できる秘剣。だがその発動はとんでもない敏捷性がいる。だからこそ、未だにその剣技はレイだけのもの……そう思われていたが、アリーシャは前例を覆した。


 アリーシャが放ったのは間違いなく紫電一閃だ。それは誰よりも愛用していた俺だから分かる。


 まさかアリーシャが秘剣を使えるとは思っていなかったので、俺は驚いたが……もしかしたら遺伝的な要素も関係しているのかもしれない。


 でも今は……紫電一閃を使うアリーシャにどう勝つのか。それが考えるべきことだ。


「アリーシャはムラがあるけど、これはプロになるだろうなぁ……」

「そうかもしれない。けど俺はシェリーを推してる」

「シェリーか? まぁ、悪くないけどシェリーは完全に劣化レイだよな。アリーシャとは比べ物にならないだろ」

「いや……そうとも限らないさ」



 そんな会話をしながら、俺は必死に考えた。シェリーと俺が超えるのは過去の俺だ。俺を超えるにはどうすればいいのか……。でも今は、どれだけ考えても答えが出なかった。

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