第12話 妹、監視する


『今日は朱音さんとデートに行って来ます』


 そんな馬鹿げたメッセージが来たのは今朝だった。相手はカトラこと皐月雫さん。世界ランク2位のカトラは昔から兄にご執心だ。それがどんな思惑か分からないが、私を挑発しているのはよく分かった。


「……行くしかない、か」


 べ、別に兄が誰と会おうとも関係ない。けど心配なものは心配だ。あの日、大見得を切ってから兄と面と向かって会うのは恥ずかしいが私には見守るという使命があるのだ。


 そうだ。昔からずっと見守って来たのは私なのだ。ならば行くしかないだろう。うん、何の問題もない。


「……」


 兄は出て行った。服装もそんなに気合入ってないし、本人はデート気分ではないのだろう。雫さんのことは苦手と言っていたし。そして私も後をつけようと玄関を出るとちょうどバッタリと、金髪の嫌な人に会ってしまう。


「あら? 有紗じゃない。朱音は今いる?」

「兄ならデートに行きましたよ」

「デート! やるわね、朱音も! それで相手は?」

「カトラさんです」

「え!? カトラ!?」

「私は今から兄を追うので……それじゃ」

「ちょっと待って」


 ガシッと肩を掴まれる。早く行きたいのに、何だろうと思っているとシェリーさんは私の目をじっと見つめてくる。


「私も行くわ」

「兄が心配ですか?」

「カトラに会いたいだけ!」

「はぁ……天然バカなのか、それとも」

「何か言った?」

「いえ。じゃあ一緒に行きましょうか。でもばれちゃダメですよ?」

「任せなさい! スニーキングミッションは得意なのよ!」


 実際はただのストーカーなのだが……今は置いておくとしよう。私も早く追いかけたい。


 そして私とシェリーさんは二人で兄さんの後を追うのでした。



 ◇



「うわ、あれがカトラ!? 確か、名前は皐月雫よね? でも雰囲気違いすぎない? 全然本人と分からないわ……」

「確かにそうですね……」


 待ち合わせ場所は公園の噴水。兄は早めに着いたようで、雫さんを待っていた。そしてやって来たのは、なんか派手な女だった。でもその派手さは垢抜けているという範疇に収まっており、普通にモデルのような印象だ。黒髪には金のメッシュが入っており、ローライトも綺麗に入っている。アップにしているのも、それを良く見せるためだろう。それに無駄に大きい伊達眼鏡もよく似合っている。


 あの女ぁ……。兄さんに変なことしたら、その時は……。


「ちょ、ちょっと有紗! 痛いんだけど!」

「あ、ごめんなさい」


 いけない。いけない。あまりの怒りにシェリーさんの肩をギリギリと握ってしまっていた。ふぅ……冷静にならないと、冷静に……。


 そして二人を追って行くとなんかものすごいビルに入って行った。都内には超高層ビルがあるが、あれはその中でもとびきりだ。一般人がおいそれと入れる場所ではない。


「……あれは追えませんね」

「なら一階のカフェで待ってれば? ちょうど降りてくるのも見えるし」

「そうしましょうか」


 だが入った先のカフェはコーヒー一杯で1000円もするところだった。どんな強気な価格設定してるの……と俯いているとシェリーさんが思いがけないことを言ってくる。


「奢ってあげるから、好きなの頼んでいいわよ」

「いいんですか?」

「えぇ。アリーシャの話、聞いてみたいし」

「……分かりました」


 私は2000円オーバーのケーキセットを強気に頼んでみた。でもシェリーさんはニコニコと微笑んでいるだけだ。く……なかなか手強い。


「で、あれって秘剣よね?」

「……まぁそうですけど」

「いいなぁ〜。アリーシャってば、本当にレイに似ているんだもの。羨ましいわ」

「私は兄に直接指導してもらう方が羨ましいです」

「……でも朱音って教えるの下手よ? 最近はかなりマシになったけど、初めは酷かったんだから」

「自慢ですか?」

「自慢で済んだら、良かったわね」


 そういうシェリーさんの目は濁りきっていた。なるほど。兄さんの教え方が下手というのはどうやら本当みたいだ。


「シェリーさんはプロになると思いますか?」

「……なれると思うんじゃない。なるのよ、絶対に」

「どうしてプロになりたいんですか?」

「憧れ、そして義務かしら」

「義務?」

「そこは秘密で。でも、レイに憧れたのが始まりだったわ」

「そう、ですか」


 やはり、私とシェリーさんは似ている。全ての始まりは兄なのだ。レイという剣士がBDSに残した爪痕は大きい。そして私もシェリーさんもプロ昇格圏内にいて、もうすぐたどり着こうとしている。


 でも、私は絶対にシェリーさんだけには負けない。彼女に負けるということは、兄に負けるということだ。兄の教えを備えた人間に負けるわけにはいかない。兄さんは、私が解放してみせるのだから。


「これは言いたくないかもしれないけど、剣技のツリー……本当に最後まで解放したの?」

「紫電一閃はスキルツリーの中でも雷、そして剣技ツリーも最終段階まで解放する必要があります。すでに公開されている情報ですし、知っているのでは?」

「いや〜、私はダメだったからいいなぁ〜と思って」

「……そうですか」


 BDSには剣技とスキルがあるが、それはツリー制が採用されている。スキルと剣技を解放すればするほど、さらに先の能力を手に入れることができる。だが進めば進むほど解放の難易度は上がり、秘剣と呼べれる剣技は解放条件が不明だ。紫電一閃は雷属性と日本刀系の剣技が最高峰に達すれば解放されるという噂だが、実際のところは私もわからない。気がつけば、解放されていたのだ。兄の後を追って行って、辿り着いた世界。私はでも、プロセスなどどうでも良かった。兄と同じ地点に少しでもたどり着けたのなら、それだけで良かった。嬉しかった。


「……あ、出てきたんじゃない?」


 シェリーさんがそういうと、兄と雫さんが出てきた。


「……なんか近いですね」

「そう? 普通じゃない?」


 いやさっきよりも二人の距離が数センチ近い。厳密には雫さんから近寄っているようだった。


 あの女ぁ……。


「行きますよ、シェリーさん」

「はいはーい」


 ついて行くと、二人が入ったのは若者向けの服屋だった。兄さんは女性の沢山いる空間でオドオドしていて、少し可愛い。しかし私はその姿をぼーっと見つめてしまっていた。


「ちょっと、有紗。近い近い! 気づかれるわよ!」

「おっと……これはこれは……」


 スッと体を隠すようにして後ろに引いて行く。危なかった。かすかに目があった気もしたが、許容範囲内だろう。バレてはいないはず。


「……それにしても、あの二人仲がいいわね。BDSでも思ったけど、二人は恋人同士なの」

「はぁ!!? そんなわけがありません! 兄に恋人はまだ早いです!」

「……こういうのって、日本語でブラコンっていうのよね?」

「はぁ!!?  私はただ心配しているだけです! そんな言葉で括らないでください!」

「ふふ。有紗ってやっぱりクールだけど、どこか情熱的よね」

「……はぁ……はぁ……からかわないでください」


 兄のことになると我を忘れるのは悪い癖だ。でもあの女だけは許さん。


「さて、あの二人も別れたようだし私たちも帰らない?」

「そうですね」


 そして別れ際。シェリーさんは真剣な目で私を見つめてくる。


「ねぇ有紗。私、負けないから。絶対に今期でプロになるわ」

「私も負けません。あなたとは兄を想っている時間が違います。兄のためにも私は負けません」

「そう。互いに譲れないってわけね」

「そうです。そして私は剣王にもなります」

「あらタイトルを取るなんて、大きく出たわね」

「それだけではありません。世界ランク1位。そして三大タイトル全て制覇。私は兄を超えます」

「……いい目標ね」

「目標に良いも悪いもありません。達成できるか、できないか。それだけです」

「そう……私も負けないから」


 私たちはそこで別れた。


 ライバル。そんな関係になったと感じたのは、この瞬間ときからだった。

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