第8話
それに気づいたのは朱美だ。流石に自分一人ではどうしようもできないと悟り、スマホを取り出してどこかに連絡を入れる。チャットアプリで名前を探し、見つけて連絡を入れればすぐに既読がつき、返信ですぐにいくときた。
とにかく今は時間を稼ぐしかないと思い、朱美は横から莉緒を抱きしめた。
その朱美の行動に、男子学生が初めて眉をしかめる。
「……どうかしたの?」
「痛がってますから。慰めてます」
「そんな軽い抱擁で慰めになると思ってるの?」
「あなたの攻撃よりはよっぽどいいと思いますね」
「…………」
「離してください。それとも、名前を聞き出す前に嫌われたいんですか?」
「……嫌われる?」
朱美の言葉に、相手がぴくりと反応する。そして、笑みを深くした。
その表情の変化に驚き、莉緒も朱美も、目を見開く。
「彼女に嫌われる? 僕が? そんなこと、ありえない。絶対にね。彼女はどんな時でも、どんな瞬間でも、どんな状況でも、僕を愛することをやめられないんだよ」
うっとりとした声でそう語られて、莉緒も朱美も、背筋に震えが走った。
はっきりとした恐怖の表情を見ているのに、彼は、それすらも無視して、蕩けるほどの微笑みをのせる。
莉緒が泣きそうな表情で朱美を見る。けれど、朱美の方もどうしていいのかわからなくて、困惑した表情で見つめてあげるしかできない。
その瞬間、莉緒の体を抱きしめていたはずの朱美が莉緒から離される。
教室の床に尻餅をついて、なにが起こったのかわからなくて見上げた。
そして、目を見開く。
「ねぇ、名前を教えてよ」
「……っ!」
「ほら、名前を言うだけ。簡単でしょ?」
「い、や、です……」
「……あぁ、もしかして、僕のこと知らない? だから警戒してるのかな?」
「し、知りません、けど、知りたくも、ないです……!!」
「僕は
突然の意味のわからない言葉に、莉緒も朱美も固まる。この人は一体何を言っているのだろうか。
「未来の夫とか、意味わからないこと、言わないでください! 離してっ!」
「思い出していないの? ……おかしいな、あれだけ干渉させているのに……まだ足りない?」
「何を言って……!!」
「なら、もっともっと、深く深く僕を刻み込もう。君の中からもう二度と僕が消えてしまわないように」
「……っ! いや、離して……!」
目の前にいるこの人が、怖い。怖すぎる。
どうして、綺麗なはずの碧眼がどろりとして見えるのだろう。どうして濁ったように見えるのだろう。
目の前の彼が動くたびに揺れる白金の髪を見ていると、さらなる恐怖に持っていかれそうになる。
やめてほしいと願っても、やめてくれない目の前の男性に、莉緒は混乱しすぎてどうすればいいのかわからなくなる。
掴まれている腕が痛い。おそらく、手跡がついているほどに強く握られている。お陰で、指先まで血が行き届かなくて白くなっている。
けれど。それすらも、彼には関係ないのだ。
あなたは、偽りの愛をささやく 妃沙 @hanamizuki0001
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