第7話

「こんにちわ。あたしは近藤朱美といいます。あなたは?」


 友人――朱美が自己紹介をして相手の紹介を促す。しかし、目の前にいる男性は朱美のことなど全く見ておらず、朱美の後ろに必死に隠れている莉緒だけを見つめ続けている。

 朱美が困惑したまま莉緒に小声で声をかける。


(……ねぇ、莉緒。あの人知ってる?)

(ぜ、全然、知らない人なんだけど……)

(だよね……。あたしの記憶が正しければ、あの人、一個上の先輩だったと思うんだけど……)

(私知らなくても問題ないよね……?)

(知らなくて当たり前だと思うんだけどね)


 そう二人でヒソヒソと話していると、いつの間にそんなに近づいたのか、ほとんど目の前に先ほどの男子学生が立っていた。

 驚きながら朱美は背後に莉緒を隠しながら後ずさる。けれど、それを感じ取ったのか、その男子学生がすかさず、朱美の背後に隠れている莉緒の腕をとった。


「ひっ!」

「えっ!?」


 パシッという微かな音と、莉緒の恐怖に引きつった声に朱美は驚いて声を上げる。そして状況を見てどうしたものかと目まぐるしく考えを走らせる。

 先輩と思われるその男性は、莉緒を見つめつつ、にっこりと微笑みながら、決して手を離さない。少し痛いくらいの力で握りしめられて、微かに表情を顰めてしまうほどだ。

 思わず身をよじるように動いて仕舞えば、さらに力が強くなっていく。ぎりっと強く握られて、莉緒は思わず声をあげた。


「い、たい……っ」


 莉緒のその言葉にハッとしたのは朱美だ。朱美はその状況を見て驚きに目を見開いた。そして、慌てて男子学生の腕を掴んだ。


「あの、痛がってるんで離してあげてくれませんか?」

「 なぜ?」

「痛がってるんで。その子」

「それは痛いだろうね。とても強く握っているから」

「……わかってるなら、離してあげたらどうです?」

「なら、名前を教えてよ。君の、名前」


 朱美に腕を掴まれたことで、その碧眼が朱美に向いていたのに、男子学生はそう言って、再びその碧眼を莉緒に戻した。

 見つめられると、体がびくりと強張る。何かがフラッシュバックしそうなのに、その直前で自分の記憶が警鐘を叩き鳴らし、それ以上なにかを思い出そうとするのを阻止してくる。

 だからこそ、この人に近づいてはいけないと、本能で感じ取る。


「名前は?」


 いっそ優しすぎるほどの声なのに、その腕をつかむ力が全てを台無しにしている。痛みで顔を歪めて、抵抗してしまう。

 しかし抵抗すればするほど、力は強くなっていく。

 痛みのせいで涙が滲んでくるほどに。

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