紙とペンと青春が一ページ 〜中野君の場合〜

仲咲香里

紙とペンと青春が一ページ 〜中野君の場合〜

 青春の一ページ。


 なんと輝きに満ちた、心踊る甘美な響き!

 それはきっと誰にでも訪れる、密かに憧れてもいる、どこか面映ゆい人生の一コマではないでしょうか。



 引退前最後の試合、怪我をした親友に「お前の想いおれに託せ」って約束に優勝掴んでみたり。


 親友と同じ人を好きになって二人共フラれて、お互い「アイツ見る目ないよね?」って泣き笑いでスイーツやけ食いしたり。



 はああ、なんと尊いんでしょう青春って!

 まさに萌えーです!



「……クライヴ。おい、クライヴ! 何が萌えーだ。俺の話聞いてたのかっ?」


「し、失礼致しました、神様。どのようなご用件でしょう?」


 わたくしとしたことが、すっかり自分の世界にトリップしていたようです。


 慌てて体裁を整え、神様の前へと進み出る。

 この一神様につき一空間与えられたパステルカラーの執務室は壁も天井も無く、誰の心も穏やかにしてくれる、はずなのですが。


 ロココ調の椅子に座るこの神様は、執務机の上に片足を投げ出しふんぞり返りましたね。


「だから青春なんて、一人一ページで良くね? っつってんの。結局何やかやで最終的に何ページにもなんじゃん、あれ。しかも一生に一度とは限んねーし、青春なんて死ぬまで続くのにさぁ」


「……煮詰まって、いらっしゃるのですか?」


 私の言葉に神様が「は? ちげーよ」とでも言いたげな顔で睨みを利かせた。

 間違いなく当たりですね。


 仕方ないとは言え、またとんでもないことを。


 ここだけの話、この神様の見た目と態度は目に余ります。

 人間界ではギリシア神話で青春の女神様が有名のようですが、あれは見目麗しくかくも高いエリート中のエリート、神格しんかく課の神様の働きによって根付いたもの。我々実動部隊と比べると天と地程の差があります。


 せめて日本の若者たちの間で人気のイケメン俺様ドS系男子の見た目なら良かったのでしょうが、この神様は例えるなら、休日、家で家族中から邪魔者扱いされる中年親父。特に今は、キトンに似た白いお召し物に頂点が薄いグレーのボサボサの長髪が落ち武者の亡霊のようにも……おっと、これはご内密に。


 しかし、どんなに荒唐無稽なことを言われようと、理不尽かつ不合理であろうと、私は神様に仕える秘書的身。神様の仰られることは絶対。組織とは、縦社会とはそういうものなのです。


 建前は。


「おかしいと思ったんだよ。日本は今、少子化で楽だっつーから希望したらその日から異動って。少子化は少子化でも「平成最後の夏に最高の青春送ろうぜ!」って舞い上がったやつらのせいで通常の仕事量の五倍だぜ? やってられっかよ!」


「あーっ!」と叫びガシガシと頭をかく神様。この無限に広がる空間ではいくら叫ぼうと誰にも聞かれる心配はありません。外部への移動は空間転移ゲートでのみ行われますからね。


 実は、私たちがここ天界で所属している部署、それは青春の一ページ課。文字通りそれぞれに応じた青春物語を作成、謳歌させることを目的としたセクションです。

 中でも、現在担当しているのは人手不足に陥った日本。急きょ募集した特別青春シナリオライター一名(特別手当有)の異動希望に運悪……運良く騙され……抜擢されたのがこの神様だったのです。


 一名。そう、本来なら全宇宙で生きとし生けるもの全ての青春を星一つにつき一神様で担当するところ、地球の、それも日本で急増した仕事量に日本専任ライターを当て対応していたのですが、前担当者が「ワシャ、こんな青春いやじゃー!」と遅咲きの反抗期を発症してしまわれて。


 日本語換算すると五分で十万文字を紡ぐ神様が根を上げる。いかに現日本担当の負担が大きいかお分かりでしょうか。


 なぜこんな事態に?

 私たち天界人は各々与えられた業務をこなすと働きに応じ格が上がります。格が高い程名誉なことですし、事務方のトップともなれば座ったまま電子印を押すだけなんて未来も待っています。


 実働部隊は未だに、天界製レポート用紙と無限に書き綴れるペンのみ支給なのに。


 やっぱり誰しも楽して格を稼ぎた……おっと、これこそトップシークレット。


 とにかく、日本の皆様の為、ここは私がこの暴挙を止めるしかありません!



「そう仰られるのも分かりますが、これは上層部も想定外のこと。今や「俺の青春いつ来んだよ」って心の呟きは圧倒的に日本からが多いようですし。心の呟き運営課にはクラウドならぬスペースシステムがパンクする程の呟きが届いてるって話ですよ」


「知るか、そんなん。だいたい想定外、想定外ってそんな悠長なこと言ってる場合か。後手後手の対応でこの先どれだけ犠牲払う気だよ。事実、俺は一秒だって休みがねーし、酒の一滴も飲めやしねー。何より、全く青春を謳歌しないで年取ってく日本人が何人いると思ってんだ。可哀想にっ。危機管理能力と先を読む力が今の上層部じゃ甘過ぎんだろ。年功序列だか何だかしんねーけど、そろそろ世代交代の時なんじゃねーのか」


 腕組みして至極真面目な顔の神様に、私は一度閉口した。


「ま、まさか、そのようなまともな考えもお持ちでしたとは……。では、次の総選挙に立候補されてはいかがですか。もしかするとトップ当選、しちゃうかもしれませんよー?」


「この、このー」と私が肘でつつくと満更でも無いご様子。もっと言えば締まりのない顔になられた。

 この神様、おだてには弱いようですね。


「よせよ、クライヴぅ。俺が神々の頂点に立つなんて、そんなそんな。しがない青春シナリオライターの俺が自ら最高の青春送っちゃうって……」


「近い将来、私たちの仕事もA IならぬJKSS等に取って代わられたりするのでしょうか」


「おい、聞けよっ。そんで、何だJKSSって」


「はい。自動神の意思執筆装置の略です」


「すげー陳腐な名称。英語ですらねーし」


「話を戻すのに必死だったもので……。次こそはウケ狙います」


 自分で振っておきながら、神様の顔が見るに耐えなくて、とはさすがの私も言えません。


「何にしろ、それだけはごめんだな。やっぱ俺は、一人一人思いを込めて光輝く青春の一ページを描いてやりたいからよ」


 落ち武者のキメ顔。微妙ですね。


「やる気あるのか無いのかどっちなんですか。その台詞は思い切り胸に刺さりましたけど」


「つーか、この時間が勿体ねーわ。日本の青春は一人一ページ。俺の意思は変わらねー。手始めにコイツだな」


 強引に話を進めようとする神様が机上の装置に触れると、空間上にホログラム様の大きな顔写真と個人情報が映し出される。


 このままでは強行されます。何とか止めなければ!



 中野なかの星河ぎんが。十四歳。

 都立中学に通う二年生。

 容姿普通。家族思い。成績中の上。

 両親と妹の四人家族。

 バスケ部所属。親友とは同じポジションを争う良きライバル。

 趣味は小説投稿サイトで異世界系小説を執筆すること。小説家デビューが夢。

 クラスに最近仲の良い気になる子と、彼に密かに想いを寄せるマネージャー有り。親友はマネージャーが好き。



「ほら見ろっ、この設定で何ページでも書けるわ。他部署のやつら好き勝手に盛りやがって、嫌がらせかっつの!」


 できればその貧乏ゆすりはやめて下さい。


「大まかな一生は人生課、容姿や性格に関しては内外面課、他にも将来の夢課、恋愛課等様々な部署の神様によって一人の人生が紡がれてますからね。そして私共の描いた青春物語を元に、一生に一度課や運命の分かれ道課の神様がドラマティックに彩って下さいますよー! 楽しみですね!」


「後の部署ほどしわ寄せが来るっつーな。腹立つ位の縦割り。いつか俺が上に行ってこの非効率的なシステムを変えてやるよ」


「あははは」


「その乾いた笑いはやめろっ。とにかく俺は一人一ページしか書かねー! 分かったら、ちょっと中野んとこ行って聞いて来いよ。初めて記念に一生に一度、どんな青春謳歌したいか選ばせてやるってな!」


 なんと横暴な!


「で、ですが神様……っ」


「うるっせー! 今すぐ聞いて来なきゃ、お前のこと全然使えねーって上に報告するぞ。下手すりゃただ働きだ。俺は別にいいけどな」


 なんと、なんと横暴な!

 私が上に行ったあかつきには、まずこの神様の降格を……なんて言ってる場合ではないですね。私だってただ働きは嫌です!


「……わ、分かりました。行って参ります」


 足早に空間転移ゲートに向かう私。


「どうなっても知りませんからね!」


 捨て台詞を残し、いざ人間界へ!



 ***



「……という訳でして。大っ変、申し訳ないのですが何か一つご希望を、中野様」


「何なんすかっ、突如、目の前の空間を聖なる光のベールが割いた刹那、辺り一面白光で覆われて、今ボクの眼前に白銀の長髪、切れ長の碧眼を持つイケメンの神の使者がいるというこの状況は!」


「私が省略したくだりを少々過剰にご説明頂きありがとうございます」


「突然過ぎて描写しきれなかったんで、登場シーンだけもう一回お願いしまっす!」


「さすが小説家志望、順応性が高いですね。しかし、それだけ表現できれば十分でしょう。時間もありませんし。希望をお聞かせ下さい、中野様」


「あ、えーと、それなんすけど。クライヴさん、一つ聞いてもいいっすか?」


「勿論です。何なりとどうぞ」



 ***



「……お前がイケメンのくだりだけ詳細に報告すんなっ。で、中野は何て?」


「それが、そのぅ……」


「何だよ、さっさと言えよ。忙しんだからよー」


 全く仕事してたようには見えませんが。


「はい。では、僭越せんえつながら……」





「青春って……しなきゃ大人になれないんすかね?」すかね、すかね……





「と、中野様がエコーを効かせ、土手で夕焼け色に頬を染め申されまして……」


 一瞬、遠い目をした神様。


「中野、めちゃくちゃ青春してんじゃねーか。くっそー、負けてらんねー! 俺がとびっきりの青春、中野に描いてやるぜ! 何ページでもなっ」


「さすが神様! 私も身悶え致しましてっ」


 だからこの仕事は辞められません!


 まだ青春らしい青春を謳歌していないとお嘆きの日本の皆様、もう少々お待ちくださいね!

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