桜色の校庭

 春を彩る薄桃色の花びらが校庭を鮮やかに染め出す頃のこと。

 昼休み。桜の木の下で桜花と和明が膝を抱えて座っている。間には概ね二人分のスペースが空いていた。

 何を話すでもなく、遠くを飛ぶ飛行機を眺めたり、転がってきたサッカーボールを見つめたりしながらの時間がゆっくりと過ぎていく。

 離れた位置から霧江がこちらを見つけ、笑いながら近づいてきた。二人の間に座る。


「なに二人でボケっとしてるの?」

「いや、いい天気だなって」


 のんびりと和明が応えた。春の穏やかな陽気が眠気を誘っている。


「小野君は予備校行かないの?」

「うん、今の所は進学するつもりもないし」

「そっか。桜花は?」

「右に同じ。私は発明で生きていくの」

「桜花はやりたいことの幅が狭すぎるのよ」


 霧江は二人の様子を探った。二人の関係に進展はなさそうだった。やきもきさせるような雰囲気がない。

 ここは一つ、かつて桜花の部屋で焚き付けられた時の仕返しというわけではないが、火種を煽ってやる必要があると霧江は踏んだ。和明に聴こえないように、小声で桜花に話しかける。


「ねえ桜花。私、前に桜花の部屋で……小野君に告白してふられたじゃない?」

「こっちから訊かないようにしてたのに」


 桜花はため息とともに応えた。


「あの時、彼が誰のことを好きって言ったと思う?」


 桜花は無言だった。そんなことくらいは知っていて、和明に無理難題をふっかけていたのである。それに甘え、下手すればケガでは済まないような扱いをしたことも認める。

 それだけに、和明の想いに向き合うことはできなかった。つもりがなかったと言ってもよい。もともと恋愛沙汰が嫌いな性格も手伝い、意固地になっている部分もある。


「あと、どうしても訊きたかったんだけど」

「なんだろうか」


 桜花は桜の花びらを拾い上げ、息で飛ばしながら促した。


「おエモりだっけ。あれがすごく光った時、首ひねってたよね」


 桜花の目が左右に揺れる。


「そうだったっけ」

「そうよ」

「……そうだったっけ」

「そうよ。あれはどういう感情が現れていたの? 見当はつくけど」


 そこまで話すと霧江は立ち上がり、笑顔で二人に手を振りながら去っていった。思いを吹っ切ったその笑顔は、桜花の目に眩しく映った。


「何の話してたの?」

「いや別に」


 呆けたような和明の質問を、桜花の鋭い声が遮る。


「そういえばさ、如月さん」

「なに」

「ちょっと前に佐藤さんが言ってたんだけど」

「うん」


 悪い予感がした桜花は立ち上がってお尻の草をはたく。


「おエモりが強く発光した時って」

「そんなわけないじゃない」

「あ、いや、なんだっけその、両……想いの相手が近くにいる時って聞いたんだけど」


 桜の木に近づき、手を当てる。


「そんなわけはないよ。小野君。あの時キスしたのは」

「やっぱされたよね。気絶して妄想してるのかと思ってた」

「……そのことによって強く欲情をもよおした者が近くにいると爆発するはずだったんだけど」

「けど光ったよね。ピカって。なんでだろう」

「故障だと思う」


 桜花は和明に向き合った。


「……故障だよ」


 和明は黙り、桜花の目を真っ直ぐと見つめた。桜花は目を逸した。その胸ポケットから白い光が覗いていた。

 桜花は身を翻し、校舎へ歩く。和明もそれに従い、桜花に近づく。白い光はますます強くなっている。

 強い風が吹き、二人が座っていた場所に桜の花が舞い落ちた。

 和明は何気なく振り返った。もう自分たちがどこに座っていたのかも分からなくなっていた。

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軋む歯車、桜色 桑原賢五郎丸 @coffee_oic

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