死屍累々
獣のような声を上げながら五十六が立ち上がった。
「如月さん、お父さんがなんかぬおおとか叫んでるけど」
「気にしないで、あの男の口癖よ」
そんな物騒なうめきが口癖の人間はいないだろうと問い返したい和明を尻目に、桜花は追い打ちの指示を出す。
「ああなるとあの男には打撃は通じないの、怒りでカチカチってやつかな。ゆで卵もコロコロブーンも効かないんだよね」
「ああ、そうなんだ」
和明は目をパチクリとさせる。そして言いにくそうに言った。
「あの、もしかして僕はまだやらないとダメなのかな」
「うん。スキを見て、機体ごと突撃してくれる?」
「え」
「大丈夫、スキは作れるから」
「あの、いや」
「私が動かしてもいいんだけど、ケガしちゃいそうだから。激突寸前で私は避難するね」
とてつもなく非人道的ことを言われた気がするが、この際なので和明は気にしないことにした。好きな女子に頼られる。それは男子冥利に尽きるのだ。
「桜花、おじさまに何してるのよ!」
状況をことのほかややこしくしている恵美が、五十六を背にかばいながら叫ぶ。
「あれ、恵美。なんで自然に寝返ってるの」
桜花は恵美の方向へアレックス1号の向きを調整した。
「だって、親子喧嘩なんてやめないと」
「まあそうだけど。そうなんだけど、それは、私の勝利で終わらせないとならないの。どいて?」
「なんで?」
「そこで唸っている男は、自分より弱いものから搾取することに何の疑問も感じないからよ。一回ボッコボコにしてやらないと今後も家と私のお金を計画性なく使い込むから。深い考えなんてないの。これが最後の警告よ。どいて?」
「話し合ったら」
「話し合った結果がこれ。私が勝ったら今後浪費はしないそうなので。説明以上」
リモコンのボタンを押す。恵美の顔面に固茹で卵が炸裂し、恵美は仰向けに倒れた。見て見ぬふりをすることにしていた霧江は、立ち上がって恵美の安否を確認するだけにとどめ、再度観戦に戻った。
五十六が立ち上がり、後ろに控えていた輝子に要求した。
「もっと、電池をもっとよこせ」
「はいあなた。新しい電池よ」
輝子は五十六が着込んだ電池アーマーに電池をジャラジャラと投入。ガオンと音を立てて電池アーマーが可動する。
「今一度聴いておきたいんだけど」
桜花は輝子に声をかけた。
「その男の何がそんなにいいの?」
「その男という呼び方はやめなさい。けどそうねえ……」
輝子は一瞬だけ和明を見て続ける。
「あなたがその彼に恋でもすれば分かるかもしれないわね」
パァンという音とともに輝子のあごに固茹で卵が炸裂し、輝子は膝をついてなよなよと崩れ落ちた。リモコンを手に、桜花はアレックス1号から降りる。
それを見た五十六が、獣のような叫び声を上げつつアレックス1号に突進。咄嗟の事態に和明は身を固くするが、ダメージはそれほどではない。
「ポロリンはこの事態を想定してカッチカチに作ってるからね」
桜花がどうでもいい事実を口にした。だが五十六のラッシュはやまない。パンチにしろ蹴りにしろいずれもズシリと重く、和明が生身で喰らったらただではいられないだろう。電池アーマーの重さと効能もあるのだろうが、人間の繰り出す打撃とは思えなかった。
異様にうるさい叫び声を上げながらアレックス1号を殴り続ける五十六の目に、怒りの感情が宿っているのを確認した和明。おそらくは一方的に攻撃してきた桜花へ対する怒りだろう。
「貴様が! 桜花を! たぶらかしたのか!」
怒りの矛先は和明に向けられていた。基本的に立っているだけの自分がなぜそこまで目の敵にされているのか理解できないが、それと恐怖は別問題だ。
「如月さん! お父さんに説明して! 僕何もしてない!」
「貴様にお父さん呼ばわりされる気はない!」
「多分その男、小野君が私の恋人だと錯覚してるのね」
桜花のこの言葉は和明に大ダメージを与え、五十六には人間性を取り戻すきっかけを与えた。
「小野君のことをそういう目で見たことがないから、彼に敵意を向けるのやめてくれない?」
いまや五十六はすっかり余裕を取り戻し、やたらめったらと殴るのをやめていた。代わりに助走をつけ、笑顔で猛烈なドロップキックを放つ。
アレックス1号は大きく吹っ飛び、ひざまずいた。あちこちから黒煙も上がっている。
桜花はアレックス1号に駆け寄り、随所を確認した。外からのダメージには強いボディの
操縦者、というかヒトバシラの和明もうなだれている。
桜花の敗北だった。
五十六はトドメを刺すべく、アレックス1号に歩み寄る。
「普段は娘を愛している様子なんて一切見せないくせに」
言いながら桜花はへたり込んだアレックス1号の肩に乗った。
「いざ男の子を連れてきたら怒り狂うって、私には理解できないな」
脇でうつむいている和明の顔を両手で挟み込む。
「アレックスも動かなくなっちゃったけど」
そして一つ深呼吸をし、静かに宣言した。
「けど私は勝つ」
言うなり和明の顔を上に向け、唇を重ねた。
アレックス1号の胸元に装着されたおエモりが激しく発光し、五十六の視覚を奪う。
「あ、あれ!? まあいいか。小野君、ショックに備えて!」
間髪入れずにアレックスの背面に回り込んだ桜花は、コロコロブーンのスイッチを入れ、最大出力にした。
ふわっと浮いたかに見えたアレックス1号は、次の瞬間、想像を絶する急スピードで五十六に激突した。五十六が身にまとっていた電池アーマーは砕け散り、絶大なダメージを与える。
ぶつかる寸前、足場ごと真上に放り出された和明は、ふわりと地面に降り立ったあと、なぜか五十六に向かって土下座していた。
霧江が桜花に近づき、声をかける。
「いろいろ大丈夫なの? この状況……」
「まあ、致命傷には至っていないはずだし……」
現場には立っている者の方が少ないが、死んでるわけではないからヨシ!というのが桜花の考えらしい。
「あのさ、桜花」
「ん? なに?」
「さっきよく見えなかったんだけど、あんた小野君にキスしてなかった?」
「うん、した」
「……あんた……」
「半径3メートル以内の人間が急激に欲情すると、おエモりが爆裂して催涙弾みたいになるはずだったんだけど」
「……あんた……本当に……」
問い質すべきことが多すぎて、霧江の考えが追いつかない。
「けど勝ったから良しとしよう」
「相手陣営も全滅してるけど。恵美も倒れてるけど」
「まあ、その、大丈夫だと思う。あとで謝るし」
「私は知らないよ。けどあの光り方はどういう感情の表現なの?」
桜花はそれには応えず、仰向けに倒れている五十六に近づいていった。油性ペンを手に取り、父親の額に「負け」と書き込む。
そしてひしゃげ倒れているアレックス1号のすぐ近くで土下座状態を続けている和明に近づき、手を差し伸べた。
「ありがとう、小野君」
その声に和明が反応し、首を上げる。するとアレックス1号の胸元から爆発音がし、煙が立ち込めた。桜花と和明を催涙煙幕が取り囲み、二人は悶絶した。
それを離れたところから見ていた霧江は、「なんだかな」とつぶやいて一人で家に帰った。
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