第9話

 昼休みになり、私は真帆ちゃんと待ち合わせをしている駅前のファストフード店に向かった。徒歩で2分ほどの近場で、いつもこの時間帯は同じ塾に通う生徒たちで賑わっている。

 他のクラスよりも数分授業終了が遅れたDクラスの私は、案の定、長蛇の列に並ぶ羽目になった。一応、塾を出るときに『ごめん、少し遅れるかも』と真帆ちゃんに連絡したが、未だに返信はきていない。

 待つこと10分弱。無事にハンバーガーセットを購入した私は、既に定位置となっている2階窓際のカウンター席へと足早に向かう。……が、そこに真帆ちゃんの姿はなかった。辺りを見渡すと、見覚えのある男子3人と談笑している親友を視界の端に捉える。場所はトイレ近くのソファ席。……少し不快だ。

 数秒悩んだ末、私は窓際のカウンター席にちょこんと腰掛けた。

「でさでさ、その後に香澄ったら……」

「え、マジで? 今度涼太に教えてやろ」

「ちょ、本人には言っちゃダメだって」

「いいじゃん別に。長瀬のそういう裏話教えてやったら涼太めっちゃ喜ぶぜ?」

「ん〜、まぁ、それならいいの……かな?」

 あの2人が何を話しているのかは分からないが、多分、私と涼太の話だろう。私はスマホのインカメ越しに親友の恋路を観察しながら、そう結論づける。

 真帆ちゃんが主に話しているあの金髪の男。バスケ部の田中健斗だ。顔立ちはそこそこ整っていると思うが、性格が少し幼稚で、なにかと格好つけたがりな男子。最近、髪の毛を金髪にしたせいで以前にも増して調子に乗っている……というのは真帆ちゃんから数日前に聞いた感想愚痴。だからどうにかして金髪はやめさせたいと言っていたが、恐らく真帆ちゃんの容姿の好みの問題だろう。ただ、あんなに楽しそうに話しているくらいだから、相手が田中健斗ならなんでもいいのかも知れない。

 そんな真帆ちゃんと田中健斗の共通の話題になりうる涼太と私。親友を後押しするつもりで、私は真帆ちゃんに今まで話した涼太に関する事柄をネタにする許可を出している。真帆ちゃんも、流石に節度は守ってくれているとは思う。田中健斗に話せば、いずれは涼太の耳にも入ると理解しているはずだし……。

「(まぁ、そんなに恥ずかしい経験談なんてないし。心配ないか)」

 いつの間にか空になっていたポテトの箱をペタンと潰し、烏龍茶を啜る。

 あの2人は近々付き合うだろう。真帆ちゃんは中身も可愛いし、田中健斗も好意を向けられて満更でもない様子(ソース:山田涼太)。

 でも私としては、2人には付き合うまでにもう少し深く互いを知り合ってほしい。

 その過程を怠れば、どちらかが必ず無理をすることになってしまうから–––


 ひとり手早く昼食を終え、一足先に帰路に着く。

 歩き始めて30秒ほど経ったところで、「待って!」と後ろから声をかけられた。

「どうしたの真……」

「こ、これ! カウンター席に忘れていきませんでしたか!?」

 見知らぬ女の子に自分の財布を差し出され、たまらず耳が赤くなる。

 単なるの人違いならまだしも、もしかしたら友人が自分を追いかけてきてくれているかも知れないと無意識に思っていたことが露見したようで、羞恥心が止まらない。

 ただ幸か不幸か、親切な少女はそんな私の内情には全く気づいていない様子。膝に手をついて、「はぁ、はぁ」と忙しなく地面に向けて呼吸している。

「あ、ありがとうございます! 助かりました」

「いえいえ……お気になさらず……」

 ウェーブがかった茶髪ミディアムヘアの丸顔。その面影にどこか覚えのある私は、しかしそれを些細な違和感と断じて財布を受け取る。

「…………」

「はぁ、はぁ–––」

 うん。去るに去れない。

 親切心100%で財布を届けてくれた丸顔の少女。背丈は私と同じくらいで、多分、年齢も近いはず。

 近くの席の人が財布を忘れて行ったかも知れないという状況に遅れて気づいた時、果たして私は彼女のように走ってそれを届けにいくだろうか? 十中八九、店の人に忘れ物として預けて事を済ますだろう。だって所詮は他人事だから。

「(この子はまるで……)」

 馴染み深い『純粋な善意』に打ちひしがれた私は、少女の息が落ち着くまで待つことにした。


 そして数分後、


「いや〜ごめんなさいね、お水買ってきてもらっちゃって〜」

「お礼ですから、気にしないでください」

「えへへ。それじゃあ、遠慮なく–––」

 顔だけでなく体型も丸々とした可愛いフォルムの少女は加藤さんと言うらしい。 

 白のTシャツに素朴なジーンズ姿。大腿部のダメージは自然由来の裂け目だろう。

 歳は私と同じで、さっきは夏休みの日課のメガバーガーTAタイムアタックをしていたとか。それを店内で行う肝の据わりようが勇ましい。やるとしてもテイクアウトして、自宅でTAの様子を動画に収めるとかならまだ分からなくもないけど。

 木陰にある自販機付近のベンチに腰掛けた加藤さん。私は手提げを両手に携えて立ったまま、ゴクゴクとペットボトル半量ほどの水を一気に飲み干す加藤さんを見守る。

「ぷはぁ〜っ! 生き返りますねぇ〜っ!」 

「(なんだかおじさんっぽい……?)」

「長瀬さん。今、わたしのことおっさんっぽいって思いませんでした?」

「え、あ、いや、そんなことは……」

「ご安心を。よくみんなから言われますから。お前は『おっさんよりもおっさんだ』って」

「そ、そうなんですね。……あはは」

「ん? 今のはもっと笑ってもいいところですよ? 遠慮なんてなさらずに」

「でもそんな、会ったばかりの人に対して–––」

 そこまで言葉にして、私はかなり失礼な発言を繰り返している事に気づく。

 素の自分が漏れている?

 夏期講習という名の自由で気が緩んでいるのか。はたまた加藤さんの寛容的な態度に影響されているのか。どちらにせよ、気を引き締めなければ。

「それでは加藤さん。お財布届けていただいて、本当にありがとうございました。これから塾があるので、私はこれで」

「はい! いつかまたお会いしましょう!」

「……ぜひ」

 軽く会釈して、加藤さんに背を向ける。

 右手を大きく上げて、手を振ってくれているのが去り際に見えた。

 もう片方の手にハンバーガーを隠し持っていそうな雰囲気が背中越しに伝わってくる。いや、なんだその意味不明な感覚は。

 それから塾に戻り、化粧室で手を洗っていると真帆ちゃんが武の悪そうな面持ちでペコリと頭を下げてきた。

「香澄、連絡気づかなくてごめんっ!」

「大丈夫。気にしてないよ。私も、真帆ちゃんがあんまり田中くんと楽しそうだったから。邪魔しちゃいけないと思って、ね?」

「……うぅ。楽しかった、けど」

「ならよし」

「香澄ぃ〜愛してるぞぉ〜」

 珍しくデレてきた真帆ちゃんの頭をさすって、無事に和解。

 夕方の帰り際、昼に入手した涼太ネタでからかってきた田中健斗は真帆ちゃんが直々に鉄拳制裁してくれたので、なんの不満も残らなかった。


 母親の監視から外れて気ままに過ごせたし。

 親友は着々と可愛くなってるし。

 出会った加藤さんは面白い人だったし。


 あーぁ。

 今日もいい一日だった。

 



 ……くそつまんね。

 

 

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現実と真実〜幼馴染に浮気された高二男子の物語〜 朝の清流 @TA0303

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