第8話:

 夏期講習開始から5日が経って、改めて思う。

 ほんと、ものは試しとは良く言ったものだ。

 勇気をだして反抗した結果、『自由』を手に入れることができた。

 例年通りの夏休み軟禁生活を送るはずだったのに。全く嬉しい誤算だ。

 午前9時から午後17時まで続く夏期講習。5コマに別れていて、2、3限目の間に50分の昼休憩が設けられている。『Bクラス』の真帆ちゃんと合流するのは帰りを除けばその時間だけだ。

 その他、授業の合間に5分の休憩時間がある。そして私が割り振られた『Dクラス』には、幸いなことに知り合いと呼べる人がいない。

 つまりアレをやる他ないのだ。

 1限目が終わり、私は早速と言わんばかりにスマホのスリープを解除して、ホーム画面を見つめる。背景は幼い頃の涼太の寝顔写真だ。

「(か、かわいぃ〜なぁ〜)」

 思わず緩みそうになる表情筋を必死に固め、無表情を貫く。

 視線に映るその少年の相貌はまさに純粋無垢の権化。半開きになった口と掛け布団の端をちょこんと握ぎっている小さな手が特に尊い。目にするだけで癒しを得られる、言うなれば魔法の目薬。やはり私は犬や猫よりも『幼涼太カレシ』派だ。

 この至福の時間があと4分以上も続くなんて、本当にいいのだろうか。自室では、いつ母親が突撃して来るか分からないのでスマホを1分以上手にすることすら難しいと言うのに……。まさに夏期講習様々だ。

 だがしかし、側から見れば、今の私は何をするわけでもなく無表情で液晶画面を眺めているだけのヤバい女だろう。私の一列前の席でたむろしている男子4人組は、それが原因なのか、いつもチラチラと視線を送ってくる。単に会話のきっかけを窺っているだけなのかもしれないけれども。

 私の定位置は廊下側の一番後ろの席。出入り口からは一番遠く、視力が1.0あってもホワイトボードに何が書いてあるかほとんど解らないゴミポジション。つまるところの、やる気のないボッチが座る座席だ。

 早い者勝ちの自由席にも関わらず、毎回誰よりも早く来てその不人気な場所にあえて陣取り、露骨に孤独オーラを醸し出している奴には、私だったら話しかけようとは思わない。なぜなら相手は他者とのコミュニケーションを望んでいないのだと察するから。でも涼太はこう言う時、ヘタレのくせして率先して話しかけに行くんだよね……。

「(やっぱり純度が違うよな〜)」

 彼の純粋さの度量は人一倍。いつも人に囲まれていて、愛されている。

 この写真の頃(4歳くらいかな?)から、いい意味で成長していないのだろう。


 ……羨ましいな。


 チクリと何かが心に刺さる。

 多分、気のせいだ。

 

 それから4分後、 

 私はそっと電源ボタンを押し、暗転した画面に映る醜い顔を見て失笑した。


「(こんな私を見ても、きっと涼太は『可愛い』って言ってくれるんだろうな)」



 


 

 

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