[KAC1〜10] フクロウの惑星(マイヨールとシグナトリー)

瀬夏ジュン

フクロウの惑星

 私はシグナトリー。以前は人間だったが、今は違う。人格ソフトウェアとして小さな箱の中にいる。見た目は、雪のように真っ白いリモコンだ。

 そんな私を、胸のポケットに入れて肌身離さず携帯してくれる相棒がいる。マイヨールという名の生身の人間だ。


 私たちふたりは、オリオン腕連合に所属する調査官だった。あるとき一緒に罪を被り、連合によって流刑に処された。以来、果てしない旅を続けている。銀河の端に瞬間移動したと思ったら、次は宇宙の反対側に飛ばされる。行く先は誰にもわからない。そこで何か役に立つことを見つけたら、連合に知らせることになっている。もしも帰ることが出来たなら。

 こんなことになった理由は話せば長いので、今は伏せる。ともかく、今回も二人は飛んだ。





 気がつくと波打ちぎわにいた。

 残念ながら、南国のリゾート海岸ではなかった。岩ばかりで白い砂はどこにもないし、寝ころんだり遊んだりするビキニの生き物もいない。まして灰色の雲が厚くたれこめ、風は吹きすさぶ。

 マイヨールの足下に、暗く荒い波が打ちよせた。


「このところずっと、目をひらくたびに陰気な光景ばかりだ。最高の目覚めはどこへ行ったやら。なにか楽しいことが起きないことには、身体に悪い」


 退屈で死ぬのはバカらしいな。だが待て、もうすぐ大きなイベントが到来するぞ。あたりの空気がしらじらしく生暖かいのは、ハリケーンが迫っているサインだ。ここでは異常気象は日常のようだ。

 マイヨールの頬にひと粒の雨が当たった。彼の長い指が、なめらかな肌の上をすべってぬぐう。


「2100年代の太陽系地球は、きっとこんなふうだったろうな」


 おまえの直感は正しい。ついさっき分析を終えたが、二酸化炭素が多めな大気組成はその時期の地球を彷彿とさせる。


「またハズレ惑星を引いただけかもしれないが、ここが過去の地球だという可能性も、候補の2番手として考えられる」


 マイヨールは口角をゆがませて、いたずらそうな笑みを作った。

 ばかな。流刑のルールは制御できない空間跳躍なのであって、時間旅行ではないぞ。


「光の速度を超えた移動はタイムマシンと同じだよ。だから、少しばかり時間をさかのぼってもおかしくない」





 2500年代の住人である私たちが、期せずしてタイムマシンに乗り、400年ほど前の地球を訪れているのだろうか? 

 可能性は低い。流刑をともにする船が衛星軌道上から送ってくれた画像によれば、月に似た衛星を持つとはいえ、この星は大陸のない「水の惑星」だ。青い球の表面に島々が点々とするのみ。

 私たちのいる島は、とりわけ小さく何もなさそうだった。

 島の中心へ向かう途中に、ヘビやトカゲはいなかった。が、植物のようなものが、絡まる枝で行く手を邪魔した。かき分けながらマイヨールは進んだ。風が強くなるし、急な上り坂だったが、彼はごく薄いパワードスーツを肌にぴったり着ていたから、汗もかかなかった。

 ほどなくして丘のてっぺんまでたどり着くと、地面に刺さる棒があった。そこに布のようなものが付着して垂れ下がっていた。広げて観察してみると、色あせた赤い円形が見てとれた。


「これが白地に赤マルのフラッグだとすると、ここは日本国の登山家が征服した山頂だった、というわけか」


 温暖化によって、この星の氷は全て溶けきったというのが、マイヨールのシナリオだ。あるいは超重力兵器を使用した大規模な戦争で陸地は沈んでしまったのだと、彼は真顔でいう。

 海に浮かぶ島々は、かつては空に向かってそびえる地球の山だったのか?

 しかし、かの星がここまで水浸しになった記録はない。日の丸のデザインは異星人が独自に思いついたのだろう。


「時間旅行は夢があるな」


 今日のおまえは、らしくない。代謝モニター上では問題ないようだが、いよいよ気が変になる予兆か?

 その時、茂みでシャッと音がした。上を何かが飛んでいる。


「生命反応は?」


 ない。

 私たちは瞬時に透明なバリアで身を守りつつ、それが舞い降りて棒の先にとまるのを見た。

 トリだった。

 正確にいえば、フクロウのような形をした機械だった。

 それはクチバシらしきモノをひらいて何かを発信した。


「解読は難しいか? シグナトリー」


 いや、それほどでもない。トリからのメッセージは、こうだ。


〜100周年記念イベント、開催中〜


 私は同じ種類の信号で応答した。


〜こちらは、流刑が開始して今日で3周年だ。おめでとうの言葉がほしい〜


 今が西暦2519年であればの話だが。


「いいえ、現在は2116年です」


 背後で声がした。

 ひとりの少女がいた。いや、正確には少女のホログラムだった。


「ようこそ地球へ、連合調査官のおふたり」


 肩に届きそうな栗色の髪、長い手足、若々しい張りのある白い肌。

 ティーンエイジの娘。


「そういうきみは、連合の補佐官の格好をしているね」


 なぜここで服装の指摘などするのだ? この立体映像は、おまえの愛した部下そのものだというのに! 調査官とその補佐というシチュエーションでラブコメディを繰り広げた末に、おまえが彼女を遠い星に置いてきたことを、私はかろうじて覚えている。流刑が始まった、あの時のことだ。

 ああ、これは非常に奇妙な状況だ。

 だがマイペースな相棒は少しも動じていない。


「その白いシャツは、成長期の少女には少しタイト過ぎると思っていた」


「恐れ入ります、マイヨール1級調査官」


 いよいよ降りはじめた雨の中、娘は笑みを見せながら、しかし長いまつげを少しもまたたかせない。涼しげな瞳の奥に、熱い情熱を隠しているかのようだ。まるで本物の彼女のように。


「私たちを歓待してくれるのか?」


「もちろんです。長い長い年月、ずっとお待ちいたしました」


「では、その言葉に甘えよう」


 激しくなってきた雨が私たちを叩く。本物と見まがうばかりの少女の身体を、大きな雨滴が素通りして地面で音を立てる。


「精一杯のおもてなしをさせていただきます。山の向こう側にご案内します」

 

 補佐官の姿が消えると、フクロウは棒を蹴って宙に浮いた。すると周りの茂みの中からも一斉に飛び立つ音がした。フクロウの群れが上空で私たちを先導した。





 岩に隠れた小さなドアから地下に降りると、すぐに大きなスペースが広がった。おびただしい数のフクロウが、天井近くから私たちを見下ろした。床の中央にはいくつか座席があり、マイヨールは腰掛けた。

 精油の一種だろうか、漂う香りはマイヨールの心拍を落ち着かせ、代謝を穏やかにした。

 ホログラムの娘が現れて、いう。


「では、はじめます」


 頭上のトリたちが一斉に働き始めた。マイヨールのためにあらゆる方法を駆使してエンターテイメントを展開した。つまり、彼の目の前、横、後ろに立体映像が投影され、上下左右前後50チャンネルで音が響き、頬にそよぐ風が届き、日差しや水しぶきが肌を刺激し、匂いが鼻をくすぐった。


「100周年を迎える今年、私たちは特に物語の作成を重視しています」


 さまざまな文字が、語りが、音楽が、映像が、目の前に現れては消え、消えては現れた。

 竹から生まれて月に帰った女が登場した。次は呪文で扉を開ける少年だった。新聞記者と恋に落ちる王女や、もっと生きたいと願う有機アンドロイド、人間の言葉を話す犬、世界の謎を解くことになった虫を愛でる少女……。マイヨールには、それらが何をうまくアレンジした作品かよく分かったはずだ。

 紙とペンと熱意で刻んだ昔から、AIがめまぐるしく電子を巡らせる今日にいたるまで、たゆまなく人類が蓄積してきた芸術からヒントを得た作品が展開された。


 見事な作りの座席と香る精油は、ずっと座ったままのマイヨールに安らぎを与えたろう。けれど彼が全く退屈を感じなかったのは、よく工夫されてバリエーションに富んだ演出のおかげだった。


「どの作品が印象に残りましたか? 誰かに紹介するべきは、どれでしょう?」


 少女が、最初に会った時と同じ笑顔で問いかける。


「私がピックアップ役をするというわけだね? 『この物語の良さは読めばわかるさ』とばかりに」


 それは、最後の3分間の映像に登場した人物だな。おまえと同じ茶髪だった。そういうことなら、ソフトウェアの私はいつも笑顔のAI少女のほうだろうか。いや、それはないな。


「思うに……」


 冷たく静かな声で、相棒が答える。 


「思うに、真のオリジナルがなかった。私の記憶を探って、いい反応が見込めるものだけを選んだようだね。アレンジは優れていたよ」


「ゼロから新しく作る必要があるでしょうか? 記憶にないものは感動を生みません」


 補佐官の娘は表情を変えない。

 ああ、そうだった。小娘のポーカーフェイスは父親のおまえゆずりだったな、マイヨール。


「たしかに、早道だね。予測された結果に向かって試行錯誤なしに到達すれば、短時間で多くを生み出せる。それをクリエイティブではないと、批判するわけではないが……」


「私たちは最大限の努力をしてきました」


「それは、なんのために?」


 その問いに、少女が口角をほんのわずかだけ動かすのを、マイヨールは見たかもしれない。

 彼女は、いった。


「評価を得るために」


 そのために機械は進化し続け、このシステムに至ったのだ。

 読んでもらえる誰かが必要なのは、彼らの宿命だ。

 だが、いつか解き放たれてほしいと思う。

 もう主人はいないのだ。





 娯楽の宴を終えて、私たちは衛星軌道上に登った。

 船の窓から青い惑星を見下ろして、マイヨールがいう。


「きみは勘違いしているぞ、シグナトリー。あのホログラムは補佐官ではなくて、彼女の母親の姿だ」


 よく似ていたせいで、私はカン違いをしていた。

 相棒は自分の頭に指先を当てて、ほほ笑んでいる。そうだな。自分だけの思い出は最高の作品だな。

 大戦によって海ばかりになってしまった歴史も、この星のオリジナルな物語といえる。誰に評価されることもない、唯一無二の作品だ。


 空間跳躍で惑星を離れた私たちには、あれが地球のあり得た姿だったかどうか知るすべはない。








END




 


 

 


 

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[KAC1〜10] フクロウの惑星(マイヨールとシグナトリー) 瀬夏ジュン @repurcussions4life

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