2-3

「ふぁ~~」

 久々に、気の抜けたあくびをする春菜。日は高く、空も青空で、行き先は鷹頭山。絶好のピクニック日和である。ここしばらく、食人鬼たちの襲撃もない。

 しかも、移動はオープンカーで運転者兼動力は他人。極楽だ。

 周りを見た春菜は、見慣れた建物を発見する。

「ねえ、アレ、駅だよ、駅」

 春菜は、リヤカーを引くライオコブラに話しかけつつ、横道にある鷹頭駅を指差す。

 いかにも日本の邸宅らしい駅舎と、周りにあるお土産屋。昔、遠足で来た時の記憶、そのものである。ここから少し歩いた先に、鷹頭山の入り口はある。

 ライオコブラは駅の方を一瞥すると、リヤカーを引く手とコブラを離した。

「ここに来るまで、食人鬼たちの襲撃が減ってたのは、田舎の方に移動していたからだ。ゾンビだろうが食人鬼だろうが、突然頭がおかしくなった以上、人の多かったところに沢山いるわけだ。動物程度にゃ頭の働く食人鬼なら、人の多いところは餌場なんだからなおさらだ」

 突如、解説を始めたライオコブラを見て、春菜は急いで立ち上がる。ライオコブラは、ただ独り言を口にしているのではない。話しつつ、タイミングを見計らっている。

「さすがは田舎とはいえ、観光地の鷹頭山だぜ。なかなか、デカい街じゃねえか!」

 ライオコブラが叫んだ途端、辺りの土産物屋や停まっていた車の影から、食人鬼たちがぞろぞろと出てくる。

「にく…………にくぅ……」

「ネコ……デカい……ネコ」

「食わせろお!」

 老若男女、登山服に普段着に割烹着、観光地ならではのバリエーションの多さを感じさせる食人鬼たち。彼らは既に、人海戦術による包囲網を敷いていた。

 四方八方を囲まれた上、道路には邪魔な車が沢山止まっている。リヤカーを引いての強行突破は選択外であった。

 春菜は、ライオコブラにたずねる。

「どうするの?」

「そうだな……こんな事もあろうかと、考えておいたあの手でいくぞ。こんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと!」

「うるさい」

「ああ、いいなあ、こういう台詞! まるで自分の頭が良くなったみたいだ! 今日の俺様は知性派だ! こんな事もあろうかと!」

 春菜にたしなめられても、ライオコブラは何度も「こんな事もあろうかと!」と絶叫する。頭の先から爪の先まで武闘派なライオコブラだからこそ、知性派っぽい台詞を言いたがるのだろう。こういう台詞も、あまり言い過ぎると、むしろ頭が悪く見えることには気づいていないらしい。

 とにかく春菜は、必要な荷物入りのリュックサックを手にリヤカーから飛び降り、そのまま地面に低く伏せた。

 春菜のそんな動きを見て、こちらを包囲していた食人鬼たちが一気に動き始めた。

「いくぞぉぉぉぉぉ!」

 ライオコブラは、まだ沢山の荷物が乗ったままのリヤカーを右腕のコブラで噛む。コブラの全身にはしる血管。今のコブラに求められているのは、毒ではなく力だった。

 ライオコブラはそのままハンマー投げの容量とばかりに、全身を使いリヤカーを大きく振り回し始める。

 コブラを鎖に、台車を鉄球に。押し寄せる食人鬼たちは、ライオコブラが巻き起こす暴力の竜巻にのまれ、次々と弾き飛ばされていく。

 地面に伏せた春菜の上を、何度も重厚な風切り音が通過した。そして段々と、木製のリヤカーのきしみも混ざってくる。

「どりゃぁぁぁぁぁ!」

 リヤカーの限界を察したライオコブラは、気合とともにリヤカーを投げ捨てる。力任せに投げ捨てられたリヤカーは、何人もの食人鬼と停まっていた車を巻き込み、積まれたままの残りの荷物や食料ごと、花火のように派手に散った。

「おお、にく……」

「めしぃ!」

 リヤカーの破片と一緒に、あたりに散らばった食料に気を取られる食人鬼たち。地面に伏せていた春菜は、ここで立ち上がった。

「今のうちだよ、行こう!」

「お、おう……でもちょっと待ってくれ、目が……目が……」

 回りすぎたのか、目を回しているライオコブラ。コブラの方も、同じように目を回していた。

「ああもう、行くよ!」

 しびれを切らした春菜は、強引にライオコブラの手を取って走り始める。行き先は、先程、ライオコブラがリヤカーを投げ飛ばした方向。もっとも包囲が手薄な、鷹頭山へと続く道であった。

 道路に停まった車の間をすり抜けていく春菜。小柄な春菜はともかく、大柄なライオコブラは、走るたびにあちこち身体をぶつけていた。

「痛! 痛! サイドミラー折れた! たてがみが窓の隙間に……ブチッ! って、ブチッって抜けたー!」

 ライオコブラの悲鳴に構わず、春菜はそのまま突っ走っていく。ライオコブラの大暴れと、食料が目くらましになったおかげか、追ってくる食人鬼の数はだいぶ少なくなっていた。

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