2-4
食人鬼たちから逃れ、車だらけの道路を抜けた先に見えた鷹頭山登山道の入り口。春菜はそこに向かおうとするものの、強烈な力により引き戻された。
「いちいち、山なんて登ってられるかよ! こっち行くぞ!」
平衡感覚が戻ったライオコブラが、今度は逆に春菜を引っ張ってケーブルカー乗り場へと向かっていく。
「ちょ、ちょっと! 待って! 待ってって!」
ケーブルカーが動くかどうかわからないし、あの建物の中に食人鬼たちが待ち構えていたらどうするのか。春菜はライオコブラの腕を引っ張るが、怪人の腕力の前に、女子高生の力は無力であった。
併設の土産物に飛び込んだ二人は、そのまま中を駆け抜け、ケーブルカー乗り場へと向かう。ケーブルカーの路線は二つあったが、幸い車両一つがこの駅で待機中であった。
乗り場に飛び込んだ春菜は操作パネルに向かい、ライオコブラは追ってくる食人鬼を迎え撃たんと、入り口に仁王立ちとなった。
ライオコブラが叫ぶ。
「動かせそうか!」
「うん……なんとかなりそう。マニュアルもあったし、ここは電気も通ってる」
「そうか、そりゃあいいんだが……」
春菜の返事は喜ばしいものであったが、ライオコブラの語尾はなんというか、期待はずれと言わんばかりの弱さがあった。
「これで大丈夫、乗って!」
黄色と緑のカラーリングをした、ケーブルカーのサイレンが鳴る。開いた扉に乗り込んだ春菜に続き、窮屈そうに乗り込むライオコブラ。
春菜が運転席のスイッチやレバーをいじくると、ケーブルカーは急勾配の坂に敷かれたレールに沿い、ゆっくりと坂を登り始めた。レールの両脇に続く山林から、隠れていた食人鬼が飛び出してくるような気配もない。
「とりあえず、動いただけだよ。快適じゃないと思うし、上手くブレーキをかけられるかもわからない。どうする、最後はアクション映画みたいに飛び出す?」
安堵からか、軽い笑顔と冗談を口にする春菜。
だが、ライオコブラは緊張した面持ちで、さきほど出発したケーブルカー乗り場を睨んでいる。
ライオコブラの口が開く。
「なんで、アイツらは追ってこなかったんだ?」
肉のためならなんのその、千里を走る食人鬼たちの追跡が、いつの間にか止んでいた。食料の目くらましが効いたというのもあるが、それでも山に向かって走り始めた当初、十数人が追ってきていたはずだ。
「迎え撃つつもりで立ってたのに、誰も建物に入ってこなかった。あんまりに拍子抜けだったんで、コブラを伸ばして、土産物をパクってきた。食べるか?」
「今はいいかな」
春菜の返事を聞いたライオコブラは、鷹頭山サブレと書かれた箱を荒く開けると、中身を一気に口に流し込んだ。
「もぐもぐ……うむ、美味い。美味いし、腐ってもいない。腹を満たすために生きてるような食人鬼が、手を付けていない理由がわからねえ」
「それって、食人鬼たちは前からずっと、このケーブルカー乗り場に足を踏み入れていないってことだよね?」
「ああ。乗り場を迂回して、坂を登って追ってくる気配もない。あいつらが、まともに坂を登ってきたら転げ落ちるぐらいの理由で追ってこないとも思えねえ」
ペッと、勢い任せで一緒に食べてしまったシリカゲルを吐き捨てるライオコブラ。後先考えぬ豪快すぎる食い方をしたくせに、みょうにみみっちい真似をする。
ライオコブラは運転席にいる春菜の脇に身体を押し込むと、坂の上を除く。ずっと続く、急斜面の上、小さく終着駅が見えた。
「この山に、いったい何がいる」
本能と食欲で生きる食人鬼を押し止められるもの、それはおそらく、恐怖だ。獣同然の輩を躊躇させる何かが、この山にはある。
ライオコブラの目には、山頂近くの終着駅が、途方もない深淵への入り口に見えた。
「伏せろ!」
突如叫ぶ、ライオコブラ。
終着駅から飛んできた何かが、ケーブルカーのフロントガラスを突き破って飛んできたのは、直後のことであった。
かがんだ春菜が身を起こすと、既にケーブルカーの後部では、座席やつり革に手すりをぶち壊す大乱闘が始まっていた。
「この野郎!」
ライオコブラの前蹴りが、座席に直撃し、車両の壁を突き破って吹っ飛んでいく。だが、目標は天井に張り付くことで、その攻撃を回避していた。
ケーブルカーに飛び込んできたのは、謎の怪人。いや、ライオコブラが知るネクストとやファーストとは別のクロスであった。全体的なシルエットや腰の大きな変身ベルトは、クロスそのものである。
だがその細かな特徴は、ネクストとは大きく違った。
まず特徴的なのは、手の鋭い爪である。見ているだけで気が遠くなりそうなほどに、鋭く尖った爪。その爪を持ってして、謎のクロスはケーブルカーの天井に貼り付いていた。
立体的な動きでライオコブラの攻撃を避けたクロスは、そのままライオコブラに飛びかかる。爪がライオコブラの肉体に刺さるものの、これは攻撃でなく、ストッパーにすぎない。
「クケーッ!」
奇妙な鳴き声を上げたクロスは、マスクに装備された鋭い歯でライオコブラの肩口に噛み付いた。ミシミシとライオコブラの太い筋繊維が傷つく音が、春菜の耳にまで聞こえてきた。
「テメエ、離しやがれ……!」
力任せに引き剥がそうとするライオコブラであったが、爪を食い込ませ、しがみつくクロスを上手く剥がすことが出来ない。懐に潜り込まれたのも、大柄なライオコブラにとって、厳しい状況であった。
ライオコブラの両手は普通ではない。できることは多いものの、こういった普通の手ならやりやすいことは苦手としていた。
ライオコブラの普通でない右腕。コブラがあらぬ方向に伸びていく。伸び切ったコブラは、しなりを加えた一撃をクロスの目に炸裂させた。まるで鞭のような使い方である。
「キィ!」
単純な痛みであれば棒や剣以上、そして何より鮮烈なのが鞭の一撃である。
鋭い痛みと衝撃により、クロスの力が緩む。ライオコブラは、機を逃さず左腕の爪を引っ掛けるようにして、自身に貼り付いていたクロスを引っ剥がした。
「タダで終わるかよ!」
ライオコブラはそのままクロスを床に叩きつける。途端、緩やかに坂を登っていたケーブルカーの車体が、ガクンと揺れた。
「もうケーブルカーが持たない!」
この車体の不安定さ、おそらく車体を支えるべきブレーキかストッパーに、ダメージが入っている。
春菜はなんとかライオコブラを静止しようとするものの、
「オラオラオラア!」
「ウガーーーッ!」
ヒートアップしたライオコブラの耳にも、同じように猛る謎のクロスの耳にも入っていなかった。上から馬乗りになって殴り続けるライオコブラと、下から爪で反撃するクロス。二人が動くたびに、車体の軋みは大きくなっていた。
ピシィ! と、車両の下部で、何かが音を立てて砕けた。
ケーブルカーが、力を失ったように坂を滑り始める。春菜にできるのは、手すりにつかまることだけで、他の二人はそんなことに構わず、互いの暴力をぶつけ合っていた。
いや、暴力に邁進していたのは、二人ではなく、一人だけだった。
春菜の脇を、コブラが唸りを上げて通過する。突き出され、伸び切ったコブラは、レールの枕木をしっかりと噛んでいた。
「キカーーーッ!」
なぜ、俺以外を見る。そんな怒りを持っているかのような咆哮と共に、クロスがライオコブラの横腹に噛み付く。ライオコブラの表情が一瞬曇るものの、すぐにその顔は、根性の二文字の裏に隠された。
ライオコブラは、強烈なヒジをクロスの背骨に叩き落とす。突如の衝撃により、クロスの牙がライオコブラの横腹の肉ごと離れた。
「ライオンの肉なんざ、食ったことないだろ。よかったな!」
ライオコブラはクロスを激しく踏みつけたあと、車両の前方に駆けていく。
「捕まれ!」
ライオコブラの指示どおり、春菜は捕まる先をポールからライオコブラへと移す。
踏みつけられたクロスは立ち上がり二人を追おうとするが、ついに限界をむかえたケーブルカーの振動が、彼の足をとった。
ライオコブラは、春菜を左腕で捕まえ、ケーブルカーの前方の窓から飛び出した。
「ガアアアアアア!」
悔しげな叫びを上げる謎のクロスは、動力とブレーキが死に、坂を猛スピードで下っていくケーブルカーと共に消えていく。
春菜を抱きかかえ飛び出したライオコブラの身体は、先程飛び出したコブラがロープ代わりに支えていた。
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