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 山頂に鷹の頭の形に似た岩があるから鷹頭山。この岩を目印として敷かれた、多種多様な登山道にケーブルカー。今でも熊がいるほどに深い森を持ちつつ、観光施設やお土産屋も多いこの山は、都心から意外と近いこともあり、観光客に人気の山である。

 実際に、春菜も小さい頃、ハイキングや遠足で何度も行ったことがある。いいところだとは思うが、なぜ今、ライオコブラが目指しているのかはわからなかった。

 ライオコブラは、横から地図を覗き込みつつ答える。

「正直、昔のことはあやふやだが……たしか鷹頭山には、それなりにデケえ組織の基地があったはずだ」

「こんな観光地に?」

「人気のないトコにポツンといるより、人の出入りが激しいトコにいたほうが、意外と目立たないんだぜ。何より、便利だしな。賑やかなトコなら、物も金も人も簡単に手に入る」

 物や金はともかく、人とはどういうことだろうか。春菜は聞こうとしたものの、自分の身分が血液袋であることを思い出し、聞くのを止めた。

 きっと、彼らにとって必要としていた人とは、そういう存在なのだろう。

 ライオコブラはそんな春菜の心境に構わず、基地を探す意味を口にした。

「上手く基地が見つかりゃ、食料に情報に武器と、いろいろ残っているかもしれねえ。なにせ、俺たちは今、組織が結局どうなっているのか、クロスが何人に増えたのかすら知らねえんだからな」

 ライオコブラが倒した、クロス・ネクスト。彼は確かに、ライオコブラが知るクロス・ファーストと自分以外のクロス、クロスの後継者たちについて語っていた。

 もし他のクロスたちが、ネクスト同様に食欲に狂っていたら脅威である。数によっては、破滅を覚悟せねばなるまい。それに、ライオコブラを作り、クロスたちと争っていた組織は、この状況下で、いったい何をしているのか。

 謎は、多かった。

「潰れてなければいいけど」

 春菜の呟きに、ライオコブラが気づく。

「基地がか? 安心しろ、組織の工法はひたすら丈夫一辺倒だ。関東大震災にも負けぬように作ったって、当時の建設班が言ってたぞ。それに、頭の悪い食人鬼どもに、入り込まれるような警備システムじゃねえ! ワッハッハ!」

「いや、そうじゃなくて。アンタが寝てる間に、どっかのクロスに潰されてたってオチじゃないの?」

 春菜にこう言われ、得意満面のライオコブラの笑い声が、ピタリと止まった。

「フン、あの規模の基地が、そうそう潰されるものかよ。乗り込めば、返り討ちに決まってる。ところで、鷹頭山で謎の大爆発があったとか、全身タイツの怪しい集団が捕まったとかの話って無いよな?」

「スマホが使えれば、わかるんだけどね」

 絵に描いたような虚勢をはるライオコブラを、春菜はため息とともに切り捨てた。

 ライオコブラはそのまま、春奈と荷台に背を向け、リヤカーの持ち手を握る。

「これから、鷹頭山に向かうぞ。いいな? ってえか、血液袋たるお前に、拒否権は無いんだけどな!」

「別に断る理由もないし、いいよ。もしかしたら、その基地でゆっくり眠れるかもしれないし」

 道中、適当な建物を見つけて、一夜の宿にしたものの、食人鬼たちの襲撃を恐れ、どうにもよく眠れなかった。実際、寝込みを襲われたこともある。食人鬼相手にはほぼ無敵のライオコブラがいるとはいえ、だからといって落ち着いて寝られるわけがなかった。

 春菜のそんな素直な返答を聞いたライオコブラは、何故か不思議そうにしていた。てっきり、断られると思っていた。そんな様子だ。

 ライオコブラの引くリヤカーが動き始める、ライオコブラはしばらく歩いたところで、春菜にたずねた。

「そりゃ、俺様としては、素直に付いてきてもらえるのはありがたいんだが……お前、自分の家に帰りたいとか、そういうのないのか? 家にいる両親が心配だとか、学校の友達が心配だとかさ」

「そういうの、ないから」

 春菜はライオコブラのやけに常識的な質問を、非常識なまでの淡白さで返す。

 春菜にとって、両親や級友は、拠り所ではなかった。むしろ、世界が崩壊したおかげで、さっぱりした。そう思えるぐらいに、冷たい態度であった。

「そいつあ、いけねえなあ。いいか、家や学校ってのは、大事なもんなんだぞ。今は、鷹頭山に行くのが第一だが、そっちの用事が終わったら、戻ってこねえと」

 家や学校は大事なものである。怪人どころか、まるでヒーローのようなライオコブラの発言をぶつけられ、春菜はきょとんとする。ライオコブラは、若干の説教臭さを漂わせ、話を続ける。

「家や学校ってのは、ふるさとだ。いくら歳をとっても、別れが中途半端だと、ずっと心に残るモンよ。だから、気に食わねえふるさとだったんなら、ちゃんと燃やしておかないとな! この状況なら、消防車も警察もいねえし、好きなだけ燃やし放題だ!」

 やはり、ライオコブラは怪人であり非常識であり、ヒーローではなかった。

 もっとも、下手にこちらの心に踏み入られ、家族や友情の大切さをクドクド説かれるよりも、綺麗サッパリ燃やしてケリつけちまえ! と言われる方が、春菜にとっては好みであった。

 春菜は苦笑しつつ、つぶやく。

「燃やし放題って、パケ放題みたいに言われても」

「パケ放題?」

「ああ、これはアンタの知らない未来の言葉だったね」

「クソ、現代人のくせして未来人気取りか!」

 彼女なりに得意げな春菜を見て、毒づくライオコブラ。こんなやり取りの間も、リヤカーはゴトゴト音を立て、目的の鷹頭山へと向かっていく。

 やがてビルや建物に隠れていた、鷹頭山の全容が見えてくる。

 このような世界になっても、山は変わらぬままそこにあった。


       ◇


 ライオコブラと春菜が去ってから小一時間後、彼らがいた建築事務所の前でエンジンが鳴いていた。まるで、世界の終わりを悼むように深い音。音は、停められた大型のバイクから発せられていた。

 建築事務所の中から、黒いライダースジャケットを着た男が出てくる。彼の目は、もはや肉眼では察知できぬはずの、リヤカーの轍を捉えていた。

 轍が向かう先が鷹頭山であることを察した彼は、そのままバイクにまたがる。

「追跡は終わりだ」

 彼は、追跡者であった。クロス・ネクストを倒した怪人と、彼に連れられた女子高生を追い、彼はここまでやって来た。この社会制度が崩壊した世界にて、燃料含め移動のコストは貴重である。それでも彼は、二人を追って、ここまでやって来た。

 だが、彼はここで、追跡を止めた。

 彼はバイクにくくりつけてあった食料を手にし、そのまま食らいつく。肉も骨も爪も、おかまいなしに。彼は数秒で、成人男性の片腕を食らいつくしてしまった。

「あの山には、おいそれと踏み込めん。たとえ、組織の怪人だろうが、クロスだろうが」

 刺々しく先鋭的なパーツがついたバイクのあちこちには、人間の腕や足や指がくくりつけられ、中にはパーツに直接刺さっているものもある。

 そんな、正気を失った者しか乗れぬようなバイクにまたがった彼ですら、鷹頭山を警戒している。組織の怪人やクロスの強靭さを知りつつ、山を恐れていた。

 彼は、アクセルレバーを回し、アイドリング中だったバイクに本格的な火を入れる。バイクは、今までの大人しさから一転、辺りを揺るがすような激しいエンジン音を放つ。その音はまるで、この世界を喰らおうとする、巨大な怪物の咆哮であった。

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