1-5

 ネクストはライオコブラの爪に貫かれたまま、必死に手を伸ばす。その先にいるのは、ライオコブラの背の先にいる春菜であった。

 本来ならば、春菜を守るべきはヒーローたるネクストである。だが、今その構図は、怪人がその背で春菜を守る、つまりは真逆であった。

 血を吐き出しながら、ネクストは何かを喋ろうとする。

「す……ま……」

「すまなかっただとか、ありがとうとか、生易しいこと、言うんじゃねえぞ」

 ライオコブラが、ギロリと爪に刺さったままのネクストをにらみつける。

「そんなことを遺していい立場に、今のお前はいねえ。吐き出すんなら、恨み言にでもしろ。それが、外道に落ちたヤツの死に様だ」

 人を喰らい、喰らうためにすべてを踏みにじった男が、いい顔で死ぬな。

 ライオコブラの悪の美学が、ネクストめがけ爪以上に鋭く突き刺さった。

 再び開く、ネクストの口。その口から吐き出されたのは、末期にあってもあり続ける本音であった。

「すまない……こんな状況になっても……君をまだ……ニクをクライタイんだ……」

 死にかけて多少の見栄を張るぐらいに理性が戻ったとしても、強烈な食欲への衝動の前では、蟷螂の斧にすぎない。

 ネクストの本音を聞き、悲しげに目をそらす春菜。

 ライオコブラはネクストを刺したまま、爪を何度も振るう。

 一度、二度、三度。ぶつ切りから賽の目へ、賽の目から霧散へ。五度目に爪を振るった時には、ネクストの身体は刻まれ微塵となり消滅していた。

「最後にいいもん吐き出しやがったな。これはサービスだ」

 未練も身体も、何も残さず、ただ風のままに散らせる。これが、ライオコブラなりの追悼であった。

 雄々しく立つライオコブラであったが、右手のコブラが突然力なくヘタれる。ライオコブラもまた、突如脱力し、片膝をついた。

「クソ……燃料切れか!」

 ライオコブラの動力源となる、若い女の血。当然、摂取しないまま動けば、燃料切れを起こす。ここまでの旅路に、食人鬼たちやネクストとの戦闘。消費するだけの心当たりはごまんとあった。

 後ろを振り向くライオコブラ。さっきまで自分の背にいたはずの、春菜の姿はなかった。

「そりゃそうだよな」

 そう言うと、ライオコブラはうつ伏せにどうと倒れる。

 当面の危険が片付いた以上、ここにいる義理はあるまい。春菜にとっては、自分の血を狙うライオコブラも危険人物なのだ。

 いったい、自分はなんのために蘇ったのか。

 世界は、組織はどうなってしまったのか。

 様々な考えがとめどなく浮かぶ中、ライオコブラは一つの結論に行き着く。

「意外と、死ぬ時の台詞ってのは思いつかないもんなんだな」

 あれだけカッコよく促しておいて、いざ自分が死ぬとなればこれである。死ぬ間際、本音を吐き出したネクストは、たいした男だったのかもしれない。

 霞がかってくる瞳、徐々にたれてくる耳。徐々に消えていく五感が最後に捉えたのは、目の前に落ちた包丁であった。

「それで、アンタに血をやるって、どうやればいいの?」

 ライオコブラの五感が、最後の灯火とばかりに蘇っていく。

 眼の前でライオコブラを見下ろしているのは、居なくなったはずの春菜であった。

「お、お前……?」

「上手く血が出せそうな道具を、ちょっと借りてきたんだ。そっちの爪で切り裂かれたら血も全部吹き飛んじゃいそうだし」

 春菜は逃げたのではなく、少し席を外していただけだった。彼女は、ライオコブラに血を捧げるため、戻ってきたのだ。

 お前、なんで戻ってきたんだ?

 ライオコブラは言おうとするが、口が上手く動かない。

 だが、春菜はライオコブラの様子から質問を察し、こともなげに答えた。

「善人ヅラして騙して肉を求めてくる相手より、ストレートに血をよこせっていう相手のほうがいいし。それに、何度も助けてもらった以上、借りは返さないと」

 一度受けた恩は返さなければならない。

 たとえ誰も気にしない状況でも、なるべく金を払っておきたい。

 春菜は、借りを好まぬ少女であった。その矜持に、ライオコブラは生かされようとしている。

 借りを返そうとしている相手を、無下に扱ってたまるか。春菜の行動が、多彩な怪人たるライオコブラに最後に残ったもの、根性に火をつけた。

「包丁なんざいらねえ……俺のコブラを、腕に噛みつかせろ……」

 ライオコブラが絞り出した言葉を聞き、春菜はライオコブラの右手のコブラを掴む。くたりとしていたコブラも、主の根性が移ったのか、最後の力で口を大きく開いていた。

 春菜はコブラの頭を掴むと、自分の細腕に押し当てる。

 コブラはそのまま、春菜の腕に噛み付いた。

「くっ……!」

 覚悟を決めていたものの、こうも激しく血を吸われる感覚は、春菜にとって未知であった。注射による採血なんて、比べ物にならない。

 更に、弱っていた身体にとって、血を失うことは多大な負担であった。

 数秒もしないうちに、今度は春菜の身体が崩れ落ちた。

 やがて、春菜の手からコブラが離れていく。若干カサついていたコブラの鱗に、爬虫類らしい湿り気が戻っている。

 コブラの復活と呼応し、ライオコブラもむくりと起き上がる。

 立ち上がったライオコブラは、青を通り越し土気色の肌になった春菜に、不器用そうに頭を下げた。

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