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 沢山の荷物を、ライオコブラは大きなリヤカーに積み込む。倉庫の奥でホコリをかぶっていた古いリヤカーだが、積載量もレトロな形も、ライオコブラの理想どおりであった。

 ショッピングモールの中にある食べられそうなものは、食人鬼たちにほとんど食い尽くされていた。食べ物、観葉植物、ペット、奴らはなんでもだ。

生米や冷凍食品やペットフードだって、そのまま噛じる。

 だが、その一方、道具を使わなければ開けられない缶詰や、鍵がかかった倉庫や冷蔵庫の中にある食べ物は残っていた。

 知性が低下して使い方がわからないのか、それとも本能の暴走が道具を使わせないのか。

 答えはわからないが、これぐらいの違い、どうでもいい。ライオコブラはシンプルな頭をしていた。

「コレ、大丈夫なの?」

 柔らかなクッションに囲まれ、更には沢山の缶詰を周りに積まれて。リヤカーに乗る荷物の中で、もっとも手厚く保護された荷物が話しかけてきた。

「噛み傷と血ぐらい気にすんじゃねえよ、中身は無事だからよ」

 ライオコブラは、荷物を積み込む手を止めぬまま返事をする。

 缶詰には、道具を使わないで開けようとした抵抗の跡がきっちり残っていた。冷蔵庫だって倉庫だって、扉の周りの爪痕がひどい有様だった。

 中身が無事ならそれでいい。こう考えねば、餓死一直線だ。

「そうだよね。そういう場合じゃないし。ところで、お金は?」

「そんなん、あるわけねえだろ! もし俺様が持ってても、旧札だぞ! それに、会計カウンターに誰もいねえし!」

「今は、お客さんが自分で会計をする、セルフレジっていうのがあるから」

「……マジか。今の時代、そこまで人手不足だったのかよ」

 この世代だと、文明の進化より先に、なんでそこまで人をケチるのかという考えに行き着くのか。大事な荷物、春菜はそう納得しつつ、財布をショッピングモールの入り口に投げた。

「誰も拾わねえし、そもそも使えねえぞ」

 ライオコブラが多少呆れたようにつぶやく。

「それでも、出来るかぎり借りは残したくないから」

 自己満足でしかないと、春菜自身もわかっていた。

 春菜は、気になっていたことをライオコブラに尋ねる。

「ところで……なんでまだ私、生きてるの?」

 ライオコブラに限界まで血を吸われ、意識を失った春菜であったが、彼女は生きていた。目を覚ました時には既にこのリヤカーに乗せられ、手厚く保護されていた。

 食べ物や水を用意してもらい、柔らかなクッションやふかふかの布団にくるまれていたおかげで、顔色もだんだん良くなってきていた。至れり尽くせりだ。

「そりゃあ、殺したくなかったからな」

 ライオコブラは、人の生死に関わる問いに、気軽に答えた。

 流石に軽すぎたかと、そのまま説明を続ける。

「いいか。お前は俺が再起動してから始めて会った、若い女だ。女の生き血を吸わなきゃ、俺は死ぬ。かといって、狂った連中の血は飲めないくらいにクソ不味い。だったら、殺すわけがねえだろ」

「それってつまり」

 春菜は、以前観た世紀末の荒廃した世界を舞台とした映画のことを思い出す。

 社会もライフラインも崩壊した世界。当然医療技術も衰退しており、血液パックなんて便利なアイテムも無い。そこで、彼らが用意した手段とは……。

「私に、血液袋になれってこと?」

「それだ!」

 上手いたとえを考えていたライオコブラが、コブラと共に同意する。

 血液を保存する手段が無いなら、血液を持つ人間を直接持ち運べばいい。なんとも原始的で効率的な手段ではあるが、そもそも人権もクソもない扱いだ。

 春菜が文句を言おうとしたその時、未だに弱っている春菜の身体にコブラが派手な上着をかけた。

「その上着じゃちょっと心もとないだろ。暖かそうな服を見繕ってきたぜ」

 ライオコブラが春菜に渡したのは、本当にこのファミリー向けのショッピングモールで売っていたのか疑わしい、赤のテカテカの生地に金で龍を刺繍した、ド派手なスカジャンであった。

たしかに今の上着であるブレザーよりは丈夫そうだが、そういう問題ではない。

「似合うといいんだけどな。へへっ」

 そう言って、恥ずかしげにしているライオコブラ。

 これは善意だ。彼なりの善意で、春菜にはスカジャンが似合うと思って持ってきたのだ。センスや春菜へのイメージはさておくとして、彼の行動に裏はない。

 着古したブレザーを脱ぎ、代わりにスカジャンを羽織る春菜。センスは相容れないものの、暖かいし、意外と動きやすかった。ジャケットとしての昨日を、少し馬鹿にしていた。

 荷物を積み終えたライオコブラは、自らリヤカーを引き始める。

 徐々に離れていく、ショッピングモール。二人は、とりとめのない会話を始める。

「なんで、車じゃなくてリヤカーなの?」

「この爪とコブラで運転できるわけねえだろ! 当時から、もっぱら運転は戦闘員任せよ!」

「得意げに言われても……私がやろうか?」

「お前、免許ないだろ。それに、運転は万全の体調ですべきだ。まー、落ち着いたトコ行って、回復したら教えてやるよ!」

「自分で運転できないのに、エラそうに……」

「脇ではよく見てたし、行き先含めて指示は俺だったからな! おいなんだ、その更に残念そうな顔は」

 しばらく開けた道路を真っすぐ歩き、ショッピングモールがずいぶん遠く小さくなったところで、ライオコブラは足を止めた。缶詰を開け栄養補給に努めていた春菜も、思わず手を止め、ショッピングモールの方を見る。

 ライオコブラが足を止めた理由は、ショッピングモールから聞こえてきた叫び声と、その後唐突に訪れた、ショッピングモールの倒壊であった。

「……急ぐぞ。流石に、敵の全容がわからねえ状況で、喧嘩する気はおきねえ」

 ライオコブラは、リヤカーを引く足を速める。

 おそらくアレは、クロスの仕業だ。ネクストは、クロス・ファーストの後輩が複数いると言っていた。

 ならば、ネクストの死を察した別のクロスがやって来て、衝動のままにショッピングモールを破壊してもおかしくはない。

 衝動の理由は、同輩の死による悲観か、食料がない苛立ちか。とにかく、ショッピングモールで籠城する選択肢はなかった。そしておそらく、出立は正解であった。

 組織とは連絡が取れず、人々は食人鬼となり、ヒーローの能力とほんの僅かな理性と暴走する食欲を持ったクロスたちが闊歩している。

 もはや、世界征服している場合ではない。

 わかっているのに、なぜだかライオコブラの心は滾っていた。周囲に潜む人の吐息も、ニクを求める嗚咽も、増えた宿敵であるクロスも。すべてが生きがいに思えてくる。

 ライオコブラの足は自然と速くなり、周囲の気配も強くなる。

 リヤカーは、車に劣らぬ速度で疾走をはじめた。

「しかし、クロスはいいとして、組織はどうなったんだろうなー。ちょいと、連絡取る手を考えてみるか」

 ガタガタと揺れるリヤカーに、必死にしがみつく春菜。揺れに耐えるだけで精一杯で、ライオコブラのあけすけな独り言に答えているヒマはなかった。

だが、昂ぶるライオコブラを見て、春菜はつぶやく。

「組織がないなら、アンタが――」

 そのつぶやきの後半は、あたりの建物から飛び出てきた食人鬼たちの喧騒にかき消されてしまった。

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