第9話 ギプス交換

通常、4週間でギプスを外すらしいが、担当医が火曜日と金曜日のみで、

更に装具を作る業者が金曜日しか来ない。

それで、5週間後に受診となる。

1週間前に、知人のMさんから

「いつ病院に行くの?タクシー代もバカにならないでしょ。送って行ってあげる。」

と連絡をもらった。

ありがたい。

往復4000円以上のタクシー代は、大きな負担だ。

誰かに頼みたいが、平日に動ける人で親しい人は、

なかなか思い当たらなかった。

「金曜日です。お願いしていいですか?」

「私、わりと自由に動けるからOKよ。」

9時に迎えに来てもらった。

Mさんは、年末に階段から落ちて、右手首を骨折し、

私と同じ県立リハビリテーションにリハビリに通っているという。

この日も、午後はリハビリなので、時間が合わなかったら送れないと言われた。

全然大丈夫ですよ。

片道でも送ってもらえるだけでありがたい。

Mさんは、手首だったから歩けるが、

車の運転は、つい最近まで出来なかったという。

病院の無料バスに乗ろうとすると、バス停まで3km以上を徒歩で行かなければいけなかった。

「よく歩いたわよ。」

利き手をケガするのは、足をケガするのと変わらない。

動けるが、顔を洗うとか、包丁を使う、字を書くなどが出来ない。

出来ることが限られる。

右手にギプスだったので、洋服の右袖を切らなければいけなかった。

分かる。

私も左足のギプスが大きいので、ジャージ以外に履けるズボンが1本しかない。

「やっと、右手でお尻が拭けるようになったの。」

「意外に利き手じゃないと上手く出来ませんよね。」

2人で笑った。

実は、私は、手根管症候群で両手首を手術した経験がある。

2か月ずらして手術したのだが、

利き手の左手が使えない不自由さは知っている。

9時半の予約だったが、診察室に入れたのは、12時前だった。

「先生、今後はどうなるんでしょうか。」

「今日、装具の型取りするんで、出来るまでの2週間は、下駄と呼ばれる物をギプスの中に着けます。」

「診断書を6週間で書いてもらったんですが、あと1週間では歩けないですよね。8週間で2通書いてもらえませんか。」

「いいですよ。8週間でも走ったりは出来ませんからね。」

4月の2週目には、仕事に戻ろうと思った。

金曜日は、いつも以上に患者が多い。

診察は、わずかで、ギプスを外して、装具の型取りをする。

それも順番待ち。

やっと番が回ってきた。

装具の会社の人が挨拶したが、覚えられない。

「ギプス外しますね。こんなカッター使いますが、皮膚に当たっても切れませんから、安心して下さい。ただ、熱いと思ったら、すぐに言って下さいね。」

男性が使う電動シェーバーくらいの大きさだ。

先端がクルクル回る。

昔は、のこぎりで切るとか言っていたな。

うつ伏せに寝ているので、作業の様子は見えない。

震動が伝わる。

ちょっとくすぐったい。

外れたようだ。

看護師さんが拭いてくれた。

装具のことを、タブレットで説明した。

気になるのは、値段。

「ソールを着けるので、8万5千円くらいかと思います。」

「既製品とかないんですよね。」

「足型を取って、患者さん専用で作りますから。」

安くあげる方法はなさそうだ。

残念。

そっと、左足を見た。

思っていたほど細くなってはいなかった。

足の甲が腫れてる。

何だか、愛おしくて何度も優しくさすった。

足の型取りをする。

包帯状の布をバケツの多分お湯につける。

ラップを巻いた足にその布を職人芸のごとく、巻き付けていく。

真っ白だ。

撫でつけるようにして、ほんのわずかな時間で、

「固まりました。」

「もう、いいんですか?」

「早いでしょう。」

小さなカッターで切り取る。

その中に石膏を流して、足型を作り、

それに合わせて装具を作るのだ。

手が込んでいるのだ。

この世にただひとつの…

医師がやって来て、繋がり具合を確認し、

ギプスを巻く。

プラスチックの黒くて四角い物を一緒に。

あれが、下駄か。

「体重の3分の1くらいは、かけていいですから。歩き方をリハビリで習って帰って下さい。2週間後の金曜日に来て下さいね。」

看護師さんが、リハビリの部屋まで車椅子を押して行ってくれる。

「結構遠いんですよ。病棟の奥にあるので。」

確かに、エレベーターで昇って、端っこまで行き、

となりの病棟に渡り、更にその一番奥だった。

「もう診察はないので、会計に行ってもらっていいです。一人で戻れそうになかったら、連絡して下さい。」

リハビリ専門の病院だけあって、広いリハビリ室。

若い女性がやってきた。

「では、こちらへ。まず、体重を測りますね。」

この1ヵ月、太ったのか、痩せたのか、ちょっと興味あり。

少し、体重は減っていた。

粗食だからね。

「片足をゆっくり乗せて下さい。」

体重の3分の1までを知るためだ。

上手く、左足に体重をかけられない。

「難しいですよね。今まで片足だったんですから。」

両手でバーを持ちながら、徐々に体重を乗せる。

続いて、松葉杖を使いながら歩いてみる。

「歩幅は、小さめにゆっくり歩いて下さい。まだまだ筋力がありませんから、少しずつで。」

訓練は、ものの10分で終わった。

「看護師さん、呼びますか?」

「大丈夫です。上半身は元気ですから。」

と軽口を叩いて、車椅子で部屋を出た。

結構力はいる。

そうだ、トイレに行こう。

病棟のトイレを使うのは、気が引けたので、診療棟まで行こうと思った。

棟をつなぐ廊下は、なだらかな登りになっている。

これを、腕だけで昇るのは、結構力が必要だった。

やっぱり、押してもらえば良かったかな。

後悔が沸々と。

車椅子用のトイレを見つけた。

初体験だ。

広い部屋。

便器に近づく。

どうやって、乗り移るんだ?

意外に難しい。

私は、まだ手に力が入るからいいけど、

力のない人は、どうやってこの手すりを掴むんだろう。

色んなことを考えながら、会計に行った。

安い?

「診断書をお願いしてたんですけど」

事務の人が、

「医師に直接頼まれたんですね。聞いてきます。」

飛んで行ってくれた。

しばらく待って、診断書と次回の予約表をくれた。

追加のお金を払っていると、Mさんが迎えに来てくれていた。

「終わった?」

「リハビリ何時からですか?」

「2時から。ギリギリだけど、間に合うから。」

またまた、ありがとうございます。

1時を回っていた。

家に戻って、この固い下駄がフローリングでは滑ることに気づく。

上手く歩かなくては。

外も歩けるようになるはず。

だけど、出ている足先が痛いから、

何か被せる物が必要だな。

それにしても、左足が少しでも着いて立てることは、

こんなにも出来ることが増えるのか。

歯を磨く時

食器を洗う時

洗濯物を干す時

今まで、右足だけに全体重をかけていた。

ごめんね、右足。

もっと、痩せておけばよかったのに。

反省します。

世界が、広がった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る