第26話違和感

彼の家から電車で約30分。

到着までの間に数え切れないほどのため息をついていた。

ダブルデートの場所はリサの提案で動物園となった。


木陰から入場門を確認する。

お客の多い休日、しかし彼女達を見つけることは簡単だった。


一箇所だけ明らかに浮いている。

眼を細めてしまうほどの眩しさ、そこの部分だけお花畑のようだった。


飯田リサと伊集院悟が楽しそうに会話をしている。

菜月はまだ到着していない。

出撃するタイミングを探していると前方から殺気のようなものを感じた。


―――隠れてないでさっさと出て来い。


与太郎だけに聞こえるリサの心の声。

隠れていることに気づかれていた。


そして彼は覚悟を決めて前進する。




「どうも」

「こんにちは加嶋さん」

きっとこの猫かぶりを今日一日見続けないといけないのだろう。


「やぁ、初めましてだね、僕は伊集院悟」

「加嶋与太郎です」

「敬語はいらないよ、同い年なんだし」

眩しすぎて細めた眼が開かない。


「リサさんと加嶋君は面識あったんだ?」

「え…あ、はい、金剛さんと一緒にいる時に…」

リサはいざと言う時のために大量の台本を頭の中に叩き込んできた。

記憶が戻った時の為に絶対にバレるような行動をしてはいけない。



「あ、金剛さん来られましたね」

「こ…こここここんにちは」

伊集院がいることに緊張しすぎてニワトリみたいになっている菜月。

桜花高校では誰もが彼に尊敬や憧れを持っている。


「やぁ金剛さん、加嶋君も今来たところだよ」

「…」

菜月はすぐに返答せず、眼を閉じて深呼吸する。


「与太郎様、お会いできて光栄です」

「俺もだよ、菜月さん」

菜月は与太郎に恋をしている、リサの言いつけどおりの演技。


「さ、行こうか」

「はい、伊集院さん」

「せっかくなら貸切にしたのに」

「いえ、皆さんに囲まれている動物も可愛いですよ」

爽やかな笑顔で二人は中へと入っていく。

誰もが皆その美しさに見とれていた。


「イキマショウカ」

「アア」

その後ろで眼が笑っていない二人は遅れないよう後を付いていった。




「まぁ伊集院さん、見てくださいっ」

「あはは、本当にリサさんは動物好きなんだね」

カピバラを見て眼を輝かせるリサ。

やはり与太郎は彼女のお嬢様モードには慣れない。


「見てっ、あそこにマウンテンゴリラがいるよ!」

「それはお姉様のことを言ってるんですか」

「謝るのでカバンの中に手を突っ込むのやめてください、怖い」

華やかな二人に全く入っていけない与太郎と菜月。


恋人同士でもないのに結婚を約束している二人。

お金が絡んでいる結婚なのかもしれないが伊集院はリサに好意を抱いているように見える。


―――本物の飯田リサはどうだったんだろうか。


菜月はとてもお似合いだと言っている。

だとすれば早く記憶を取り戻さないといけない。




「楽しんでるかい?」

「え、あぁそれなりに」

こちらのことも気を使うのを決して怠らない王子様。

正直完璧すぎて与太郎は別の生き物を見ている気分だった。


「そうだっ、金剛さん」

何かを思いついたかのように両手を叩くリサ。


「は…はいっ」

「人も多いですし、はぐれないよう加嶋さんと腕を組んでみては?」

おっと、テメェは一体何を言い出すんだ、という言葉を必死で彼は飲み込んだ。

金剛菜月は与太郎に恋をしている設定をすっかり忘れていた。


「お…お姉様!?」

「ほら加嶋君、リードしてあげて」

もちろん賛成する伊集院。

その横ではリサが鋭い目つきで与太郎を見ていた。


―――ざまぁ。

もう一度言おう、これは彼にだけ見える彼女の黒いオーラと心の声。


「菜月さん」

「…はい」

「どうぞ」

「…はい」

恥ずかしそうに、そっと腕を絡める菜月。

彼女の鼓動が腕に伝わってくる。


そしてこれも言っておこう。

加嶋与太郎はやられたらやり返すタイプの人間だ。


「では、飯田さん達も」

「…え!」

思わぬ反撃に驚きの声を上げるリサ。


「では、リサさんどうぞ」

さすがは紳士、照れの一つも見せない。

顔を真っ赤にして与太郎を睨みつける。


―――ざまぁ。

普段やられっぱなしの与太郎は彼女に眼で仕返しの言葉を送る。


「…では失礼します」

「うん、では行こうか」

「はい…」

今夜はぐっすり眠れそうだ、と清々しい気持ちでいっぱいになった与太郎だった。




「こうして見ると見た目だけは本当にお似合いだな」

リサと伊集院の後ろを歩きながら彼は小声で呟いた。

お姫様をリードする王子様。


「…」

「どうした?」

「…ふぇっ、何ですか!?」

一点を集中して黙り込んでいた菜月、その表情は何かを思いつめているようにも見える。


「…お前まさか、あの男のこと好きなのか?」

「そんなわけないでしょう、コンビニのゴミ箱に捨てますよ」

「おほっ」

腕を絡ませてくる女子には絶対言われたくない台詞だった。


「ただ…」

「?」

「…いえ、なんでもありません」

「何だよ、気になるだろ」

「黙りなさい、腕を引きちぎりますよ」

「喜んで黙ります」


それでも菜月は複雑そうな視線を二人に送っていた。

この時の感情の理由をこの時はまだ彼女自身もよくわかっていなかった。





苦痛でしかなかった時間も終わりが近づいていた。

伊集院はお手洗いに行くと彼らに伝えてゆっくりと歩いていく。


女神が魔王となる一瞬のひと時。


「おいこらゴミ、どうやって殺されたい?」

「おほっ」

彼女の手が与太郎の顔面を捉える。

仕返ししただけだと伝えたかったが、痛みでそれどころではない。


「ゴミは菜月とイチャコラしてればいいんだよ」

「お姉様」

「何よ」

「死にたくなるのでそういうこと言うのはやめてください」

「死にたくなるの俺だよね!」

美しい女性二人から攻められる与太郎。


「お…前が…余計な…こと…言、痛いって!」

「お姉様殺すのは後にしましょう」

「後もやめて!」

レスラーもびっくりのアイアンクローから解放され顔面を押さえる与太郎。



「く…いずれはお前ら結婚するんだろうが!」

「それは本来の私よ!」

「身体は同じだろうがよ!」

「今日何回ゲロ吐きそうになったか!」

「だからその顔でゲロ言うな」

伊集院がいない間に言い合いを始める二人。


それを無言で見ていた菜月の中で何かの感情が生まれた。

恋だとか嫉妬だとかそういったものではないことは確か。


「そもそもお前のせいでこんなことになってんだろうが!」

「はぁ!?バカなの、それとも大バカなの!?」

「失恋したばかりの男に何させてんだって話だ!」

「じゃあアンタはフンコロガシの失恋に気を使うの!?」

「フンコロガシだって恋くら…、誰がフンコロガシか!」


菜月が抱くこの引っ掛かりが何なのか。


「だいたいアンタは…っ」

「皆、またせたね」

「いえっ、とんでもないですぅ」

「それでは帰ろうか」

「はいっ」

劇団員もびっくりの変わりようを見せるリサ。

イライラをぶつけられなくなったことにまたイライラし始める与太郎。

状況を知らない伊集院はリサをリードして歩き出す。


「あ~…腹立つ、くそっ」

「行きますよ、ゴミ」

「…はいはい」

与太郎の腕に絡み付ける菜月の行動はすでに自然なものとなっていた。





記憶喪失になる前のリサは菜月に言った。

伊集院悟との結婚は光栄なことだ、と。


―――あの言葉に嘘偽りはなかったのだろうか。



彼女が抱き始めたこの気持ちは、


菜月の横でブツブツ言っている彼を認め始めてきていたせいだった。

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