第25話別々の景色

一緒にいるのに遠く離れて見える。

会話をしているのにまるで他人同士が話をしているように見える。

事が起きた後、普段通りを貫き通している二人がとても痛々しかった。


「見ろよ太郎、あれ有名らしいぞ」

「ほほぉ」


「ミー、ここ行ってみたいって言ってなかった?」

「うん、前々から気になってたの」


罪悪感でいっぱいの彼らの親友達も苦労していた。

いつものメンバーとの関係が崩れることはなかった。

ただ分厚い見えない壁が与太郎と美佐の間にはある。


二度も失敗した彼と、辛い思いをさせていたことを知った彼女。

完全に避けてしまうような関係になってしまっていれば修復する手はあったかもしれない。


「与太郎、ミーが持ってるこれ可愛くない?」

「お、ホントだ」

「でしょ~」

だが彼らはいつも通りを演じている。

しかしそこには普段彼らが見せる照れなどの感情が全くなかった。




振動を感じ取った与太郎はポケットからスマホを取り出すと嫌そうな顔をしてその場を離れた。


「もしも…」

『おい、二度も失恋したダメ男』

「…なんだクソ女」

お土産コーナーで大声を出すわけにはいかず、小声で電話をかけてきたリサと会話をする。


『リモコンの電池切れたんだけど、換えどこよ』

「…お前は一体どこにいる」

『は?アンタの家だけど』

「当たり前じゃない?みたいな言い方すんな」

家の主が不在でも全くおかまいなしの彼女。

授業が午前のみで終えたリサはリトライへ向かったが、オーナーがいなかったため与太郎の家へと行くことにした。


「タンスの二段目か…いや一段目にあったかな」

『一段目はエロ本だらけだったわ』

「すみません、では二段目です」

彼の家の鍵を持っている以上、与太郎にプライバシーなどない。


「そうだ、お前土産いるか?」

『冥土の土産か』

「冥土の土産買って帰るね、ってどんな状況だよ…」

相変わらず会話がめちゃくちゃである。


「欲しいもんねぇのか」

『んじゃ漬物』

「オカンかお前は」

リサなりに気を使ってくれているかもしれない。

そんなどうでもいい話が今の彼にはとても楽だと感じた。



「誰と電話?」

「ん?」

通話を終えた与太郎の傍にやってくる葵。

雄也はレジ、美佐はお手洗いに行っている。


「知り合いだ」

「…飯田リサ?」

「…」

やはり葵は鋭かった。

もう隠す必要もなくなった彼に焦りはない。

そもそも彼女に隠し事など通用しない。


「ああ」

「…ねぇ」

なかなか出せなかった一歩を葵は勇気を振り絞って踏み出そうとした。


「葵」

「ん…え?」

「悪いな、もういいんだ」

「…与太郎」

葵にとってそれは一番聞きたくない台詞だった。

決意とは違う、完全なる諦め。


「行こうぜ、雄也が手振ってる」

「…うん」


与太郎も美佐も大好きだからこそ葵は辛かった。

いつか二人に春がやってきますように、と願い続けた彼女の思いは叶わなかった。

春はやってきても、桜が咲くことはなかったんだ。




まるで流れ作業を行っているような修学旅行。

楽しかったのは間違いない。

だけどそれ以上に彼らが負った傷は大きかった。





帰りのバスの中は静かなものだった。

騒ぎ疲れた生徒たちは寝息を立てて眠りについていた。


何を見ているわけでもなく、彼はじっと流れる景色を眺めていた。

与太郎の前の席では葵が眼を閉じて頭を上下に揺らしている。

それを見た美佐は優しく微笑んで窓の外に眼を向ける。


二人は同じ景色を見ながらお互いに出会った時のことを思い出していた。

入学式の日や海に行ったこと、そしてキスをした文化祭。


「…っ」

美佐の眼からは大量の涙が流れていた。

葵や後ろの席にいる彼に聞こえないように声を押し殺す。


美佐は同じように泣いている与太郎に気づくことはなかった。






葵は決心した。

いや、決心できないからこそ頼るしかない。

バスから降りて疲れ果てた生徒たちはフラフラになりながら帰るべき場所へと足を運ぶ。


「葵、この後どうするの?」

「ん、ちょっと行くところがあるから」

一度寮に戻った後、彼女には再び旅行が待っていた。


―――兄のいる場所へ。






「こんにちは~」

「あら与太郎君、おかえりなさい」

家に帰る前に一度喫茶リトライへやってきた与太郎。

大きなカバンからお土産を取り出して雪に渡す。


「私に?まぁありがとう!」

オシャレな缶に入ったチョコ、少々値は張ったがいつもお世話になっている雪には安いくらいだ。


「今日はあのゴリラ来てないんですか?」

「リサちゃん?そういえばまだ来てないわね」

「誰がゴリラだ、ゴミが」

「おほっ」

扉を開けっ放しにしていたため彼と同時期にやってきたリサに気づかなかった。

ネクタイを緩めて第一ボタンを外す、リトライに来た彼女はお嬢様モードを解除する。


「ほらよ、お前の分」

「…女子高生に漬物ってどうよ」

「お前が言ったんだよねっ!」

匂いが広がらない工夫にどれだけ苦労したか。


「まぁいいわ、オーナー白ご飯ちょうだい」

「だからお前はオカンか」

雪は微笑みながら棚から茶碗を取り出した。

さっさと帰って休みたい彼はカバンを持ち上げるがリサに呼び止められる。


「与太郎、座れ」

「門限破った息子を叱る親父かお前は」

ため息をついていつもの席に腰を下ろす。


「おまたせ」

「ありがとうオーナー」

ホカホカの白ご飯がテーブルの上に置かれる。


「真面目な話なんだけど」

「だったらまず白ご飯と漬物を片付けてから言いなさい」




おいしそうに漬物を食べるお嬢様高校に通う女子生徒。

まるで男のような食べっぷりに見ていて飽きない。


「ご馳走様」

両手を合わせた後、食器を雪に返す。


「んでいつまでそこにいんのよゴミ」

「キイイェエエエエエ!!」

疲れよりも怒りの方が大きかった。





「こんにちは」

「菜月ちゃん、いらっしゃい」

もう常連になりつつある菜月は丁寧にお辞儀をする。

もちろん彼女の目的はリサだ。


「遅くなってすみません、お姉様!」

「いいわよ」

嬉しそうにリサの隣に座る。

珍しくリサの方から誘われた菜月はそれはもう上機嫌だった。


「よう金剛」

「気持ち悪いので喋らないでもらえますか」

「おほっ!」

そして彼に対する接し方もいつも通りだった。




「お姉様、それでお話とは何ですか?」

「早くしてくれ、疲れてんだ」

「…」

二人の問いかけになかなか答えようとしないリサ。

少しだけ眼が引きつっている。

大きく深呼吸をして覚悟を決めた彼女は言葉を待つ二人に告げる。



「明後日の日曜、私デートするのよ」

「ブウウウゥゥゥ!」

思わず飲んでいたウーロン茶を吹き出してしまう与太郎。


「お前の口からそんなメルヘンな言葉が出るとは思わなかった…」

「あぁ?!」

「お姉様落ち着いてっ、その相手はもしかして…」

与太郎の胸倉を掴んでいた手を離すリサ。

そして言いにくそうにあの男の名前を出した。



「まぁっ、伊集院様とですか!」

リサの手を握って眼を輝かせる菜月。

何の感情も沸かない与太郎のはどうでもよい話だった。


「まさかデートの仕方を教えてくれって言うんじゃないだろうな」

「童貞に聞くわけないじゃない、バカなの?それとも大バカなの?」

「あぁ?!」

「あぁ?!」

一向に話が進まなかった。



気持ちを落ち着かせて仕切りなおす。

伊集院とはリサの婚約者、卒業したら籍を入れる約束となっている。

だが今の彼女には四月以前の記憶がない。

性格が180度変わってしまっていることを知っているのは、与太郎、雪、菜月、そして彼女の母の真理。

王子様的存在の伊集院の前では当然清楚可憐な飯田リサで通している。


「あの男と二人きりなんていつゲロが出るかわからないわ」

「だからその顔でゲロとか言うな」

今の性格上、生理的に受け付けないのだろう。


「あの男に誘われた時に言ったのよ」

それが今回一番彼らに伝えたいこと。


「ダブルデートしましょう、と」

「…は?」

その言葉を彼は知らないわけではない。

嫌な予感が一気に襲い掛かってくる。



「金剛さん、好きな方がいるらしいんです」

「…お、お姉様…まさか」

「だからお二人の仲も深めるということで、いかがでしょうか?」

伊集院に言ったであろう台詞を口にするリサ。


「さて、早く帰ってトイレ掃除しないと」

即座に席を立つ与太郎の胸倉を掴んだリサは爽やかな笑顔で続けた。


「金剛さんが好意を寄せる男性は成大高校の方です」

「…」

「…」

彼女はとんでもないことを言ってくれたようだ。

完全に巻き込まれ事故。



「そういうわけよ」

解放された与太郎は両手で頭を抱え込んだ。


与太郎に恋を抱いている菜月、という設定を作り出したリサ。

他に頼れる人間がいないのは理解できるが、あまりにも唐突過ぎる。



「ふざけんな、何で俺がっ!」

「そうですよ、病気になります!」

「なりません!」

反論とツッコミを交えた攻撃をリサに放つ。

いつもの表情に戻したリサは腕を組んで見下すように言った。


「菜月」

「は…はい」

「断ったら、私達の関係も終わりね」

「そ…そんなっ!」

それはリサが大好きな菜月にとっては死刑宣告と言える。


「与太郎」

「あ、ああ」

「断ったら、殺すぞ」

「俺だけ物理的!」


大人しく今日は帰っていればよかったと後悔する。

いや、そうしたところできっと結果は変わらなかっただろう。


だってこの女がやることはいつだってめちゃくちゃなのだから。

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