第24話そして彼らは再び

修学旅行初日はバスで目的地へ向かうことがメインとなっている。

車内では退屈しのぎの為に生徒たちが様々な遊びを行っていた。

真ん中の窓際に座る与太郎の横には雄也、前の席には葵と美佐がいる。

与太郎はこんなことならトランプか何か用意しておけばよかったと後悔していた。


「か、加嶋君、お菓子食べる?」

「お…おう、ありがとう」

自分の席に膝を付いて後ろの席の彼にポッキーを差し出す美佐。

二人ともどこかぎこちない。

雄也が嬉しそうに箱から一本取り出した。


「よし太郎よ!俺とポッキーゲームするか!」

「何を思って、よし!って言った?」

何が嬉しくて男女で行うドキドキなゲームを男同士でやらねばならないのか。

だがそのやりとりを見て美佐は静かに笑う。

雄也の存在は彼らの緊張をほぐしてくれていた。



「あれ、葵は?」

美佐の隣にいるはずの葵が顔を出してこない。


「…それが」

言いにくそうにしている美佐を見て、与太郎と雄也は席を立ち前の座席を確認する。

そこには眉間にシワを寄せて眼を閉じている葵がいた。


「…葵の顔が青い」

「雄也、うまいこと言ってる場合じゃないぞ…」

彼女は乗り物酔いに襲われていた。


「…ミー」

「ん、何?」

「与太郎のカバン取って…吐きそう」

「人のカバンをエチケット袋扱いすんじゃねぇよ…」

窓際に座っていた美佐と場所を入れ替わり、クラスの女子が哀れな葵に酔い止めの薬を差し出した。


「乗った後でも効くらしいからもう少しの我慢だよっ」

「うぅ…」

美佐は必死で辛そうにしている葵を励ましていた。



10分そこらで薬は効き始め、葵は目的地に到着するまで眠りについた。




「…どうなるかと思った」

「あぁ、俺のカバンもどうなるかと思った」

元気になった葵に冗談を言う与太郎。


成大高校二年の生徒達が一斉にホテルのロビーに集合する。

担任がフロントから鍵を受け取り、それぞれ班ごとに手渡していく。


各自荷物を部屋に置いて夕食、その後は入浴して就寝。


「すごく綺麗なホテルだね」

「だな」

汚れのないロビーを見渡している与太郎と美佐。



「与太郎」

「何だ葵」

「ここのホテルの屋上から見る夜景がすごいんだって」

葵の手にはホテルのパンフレットらしきものが握られていた。


「へぇ、それで?」

「ここのホテルの屋上から見る夜景がすごいんだって」

「大事なことだから二回言ったんだろうが、意味がわからん」

キョロキョロしている美佐にバレないように葵は鈍感な彼に耳打ちをする。


「男女、夜景、二人きり」

「おほっ」

そこで彼女が何を伝えようとしていたのか理解する。

周りの生徒たちが動き出している今が誘えるチャンス。


「ちょい山、このバーコード見てよ!」

「うおっ、スゲェなこのバーコード!」

二人とも気を使って与太郎達から視線を外してくれたのはわかるが、内容的にどうなのだろうか。



「…栗山?」

「ん、どうしたの?」

「その…夜にさ」

「?」

首を傾げる美佐がとてつもなく可愛く思えてしかたない与太郎。


「一緒に…屋上で夜景見ない?」

「…え?」

与太郎の大きな一歩に聞こえないフリをしている葵が小さくガッツポーズを取る。


「えっと、どう…かな?」

「うんっ喜んで!」

顔を赤くしながら嬉しそうに返事をする美佐。

この時点で幸せと感じてしまっている二人。


夜景に誘う男子にオーケーを出す女子。

二人の関係にリーチがかかっていると言っても過言ではない状況。



もしかすると明日には二人から付き合いだしたなんてニュースが聞けるかもしれない、と葵と雄也は心から喜んだ。







夕食を取った後、入浴の準備をする為に与太郎達は一度部屋に戻った。

カバンの中を漁っていると雄也が与太郎の肩に手を乗せて呟いた。


「女風呂に行くか」

「覗くとかではなく直接行こうとするお前マジぱねぇ」

ここで与太郎が賛成すれば本当に行きかねない彼はある意味すごい男。

実行すれば人生終わりそうなので当然拒否しておく。




「太郎」

「何だ」

浴場に入り、タオルすらも巻かない雄也が彼に言う。


「念入りに洗え」

「何故だ」

「何かが起きるかもしれんだろう!」

彼の頭の中はピンク色に染まっていた。


「キスは済ませたんだ、その先は…わかるだろう?」

「お前は一体誰なんだ、その前にとりあえず前隠せ」

腰に手を当てている雄也にタオルを渡す。


彼の言う【何か】が何かは与太郎にもわかっていた。

想像しただけでも胸が張り裂けそうになる、が間違ってもそんなことは起きない。


そこまで距離を縮めるつもりなど彼にはない。

楽しかった、いい思い出ができた、胸を張ってそう言えるようにしたいだけ。



美佐を夜景に誘う、たったそれだけでもここまで勇気がいった彼にどうこうできるわけがないのだ。







後一時間ほどで就寝時間がやってくる。


あの扉を開ければ絶景が待っている。

美佐を待たせるわけにはいかないため、与太郎は早めに待ち合わせ場所で彼女を待っていた。

緊張で何度もエレベーターの動きを確認してしまう。

これに乗っているのだろうか、次に乗って来るのだろうかとソワソワしていた。


何かがずっと彼の心臓を叩いていた。







ホテルの一階にある売店でお菓子を買った葵は同じ目的の雄也を発見する。


「よう葵、お前もか」

「そそ」

手に持っていた袋を雄也に見せる。

二人とも親友不在の為退屈でしかたない様子だった。


「ミー、大丈夫かな」

「大丈夫って何がよ」

「緊張してたからね」

食事している時も入浴時もずっとソワソワしていた美佐。

与太郎も同じような行動を取っていたことを思い出して雄也は少し笑った。



「大丈夫だろ、両思いなんだから」

「…そうなんだけどね」



その台詞はちゃんと周りを見てから言うべきだった。



「どういう…こと?」

「…ミ、ミーっ!?」

手に財布を持った美佐が二人の会話を聞いていた。


「…マジか」

軽率だった行動に顔を引きつらせる雄也。


「ミー、あ…あれぇ?屋上に行ったんじゃないの??」

「葵、話を逸らさないで」

「…えっと」

「両思いってどういうこと?」

どんどん美佐の表情が冷たくなっていく。


普通なら両思いと聞けば喜ぶものではないのか、と思った雄也だったが何かがあると感じた彼は口を挟めなかった。


「…それは」

「葵」

全てを知っている葵は唇を噛んで覚悟を決める。



「与太郎はね、ずっとミーのことが好きだったんだよ」

「…っ」

眼を大きく見開く美佐。

その表情からは喜びの感情など全く感じ取れなかった。


美佐の瞳に光が宿っていない。

涙を流せないほどの衝撃な事実。




「私は…私のことを好きと思ってくれている彼に…」

「…」

当然葵には彼女が何を考えているのかわかっていた。





  「加嶋君は、好きな人…いる?」

それはとんでもなく残酷な質問。


  「私、中村先輩のことが好きなの」

そしてとんでもなく残酷な言葉。



  「そういやさ、中村先輩と喋ったことあんの?」

  「なんか距離を縮めるいい方法ないかなぁ」

告げた後に、与太郎が美佐に言った台詞。



好きだと思ってくれている人に辛い思いをさせたことにやっと気がついた美佐。

それでも彼は彼女の恋路を応援してくれた。



「私…わた…」

「ミー落ち着いて!」

唇が真っ青の美佐の肩を強く掴む葵。


「なのに…何も知らないで距離を縮めようとして…」

「ミー!」

瞬きすらもしない美佐。



そっと葵の手を解いて去っていく美佐。

追いかけることができなかった葵は泣きながらその場に座り込んだ。

雄也は黙ってその姿を見ているしかできなかった。


「なんで…なんでこうもうまくいかないのかなぁ…っ」

「…葵」










就寝時間はとっくに過ぎていた。

あの美佐が遅れるとは思えない、もしそうだとしたら連絡くらいはしてくるはず。

浮かれすぎていた彼の心はすでに冷静を取り戻してしまっていた。


普通に考えればわかること。

男から夜景を見に誘われることがどういうことか、美佐は理解してしまったのだろう。


いきなり飛ばしすぎたと勘違いしている彼は一人で目の前の扉を開けた。




夜景は残酷なくらい綺麗だった。

泣きそうな感情に我慢をする必要はないのに何故か歯を食いしばってしまう。


失恋する前に失恋するのはこれで二度目。



『何?』

「いや、用はない」

『…』

無意識だった。

気がつけば彼は嫌いだったはずの存在に電話をかけていた。


『今アンタどこにいんの?』

与太郎が修学旅行中だということを知っているリサはベランダに出て夜の空を見上げた。


「ホテルの屋上」

『一人で?』

「もちろん」

『…バカなの?それとも大バカなの?』

「…ふ」

リサにしてはいつもよりも優しめの口調。

安心を求めて彼女に連絡をしてしまった自分自身に笑えてくる与太郎。


「こっちの夜景は綺麗だぞ、羨ましいだろ」

『はいはい』


何かがあって彼は強がっていることにリサはすぐに気がついた。



「あ~遅くに悪かったな」

『いいわよ』

以前にも同じようなことがあった。

我慢した結果、リサの前で大泣きした時のこと。


『しょうがないから、もう少しだけ付き合ったげる』

「ああ、ありがとよ」



リサに悟られないよう必死で声を押し殺して、

我慢のリミッターを静かに外した。

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