第20話二つの物語

9月末に控えた文化祭が近づいてきていた。

成大高校の生徒達は授業よりもそっちの準備に本気になっていた。


そしてこの学校ではイベント事になると悪事を働く生徒達がいる。

加嶋与太郎&山田雄也によるシークレットイベント。

彼らが大人しく過ごすとは思えない教師達は常に眼を光らせていた。



「今年の文化祭はどうするよ、王子様」

「去年と同じにするわけにはいかないしな、あと王子様言うな」

教室では演劇の練習が行われている。

その端っこで例の二人がシークレットイベントについて話し合っていた。


去年の文化祭。

ラストに行われるフォークダンスで一緒に踊った二人は永遠に結ばれるなどというくだらないイベントで、彼らは曲を校歌にすり替えた。



「んなことよりお前何もしなくていいのか」

「俺は照明だからな、リハーサル以外やることねぇ」

ふざけたことは許さない、と葵に強く言われた雄也は真面目に取り組むことにした。



「王子様出番だよ~」

「あいよ」

監督役の女子生徒に呼ばれる与太郎。


「よ、よろしくね加嶋君」

「お…おう」

恥ずかしそうに彼の眼を見つめる美佐。

練習ではフリで済ますのだが、本番では本当に額にキスをしなくてはいけない。


脚本を少し変えたり、舞台で使う小道具に工夫を入れたりと生徒達は準備に精を出していた。

台本を見ながら演技をしている彼は、ふとこことは違う物語を演じている存在が気になった。


飯田リサが通っている桜花高校の文化祭はいつなのだろう。

彼女には体育祭の時に与太郎と雄也の計画をぶち壊したという前科がある。



今回も邪魔をしに来る可能性は高い。

彼は休憩中にスマホでリサの通っている高校のホームページを開く。


「よし!文化祭同じ日だ!」

自販機前でガッツポーズを取る与太郎。

文化祭が同じ日ということは彼女がこの学校に来ることはない。

スライドさせて文化祭の内容を見ていると思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。


【白雪姫 前売り券】

画面にデカデカとリサの白雪姫姿の画像が貼られていた。

高校の文化祭で前売り券というのはどうなのだろうか。


金髪のハーフ美女は本当に見た目だけは完璧だった。



「与太郎だ」

「ん、葵か」

同じ目的で現れた葵はカフェオレを購入して彼の横に並ぶ。


「練習中さ、何考えてたの?」

「おほっ、何が…?」

「当てようか?」

「いえ、結構です…」

相変わらずの葵の鋭さ、もちろん最後まで言わせたくない与太郎だった。


「よっと」

彼女は飲み干したパックをゴミ箱に投げ入れる。



「与太郎ってさ」

「ん?」

「どっちの王子様なの?」

「は?どういう…お、おいっ」

彼の問いかけもむなしく葵は去ってしまった。

今の流れからすればやはり彼女は何かに気が付いていたのかもしれない。

もしかするとリサに気があると勘違いされているのではと考えたが、あの葵に限ってそんな間違った推測はしないはず。

彼は今もまだ栗山美佐のことが好き。

それをわかっていて言った彼女の言葉が彼には理解できなかった。






「で、何で俺がお前の買い物に付き合わなくちゃならん」

「光栄に思え、ゴミ」

放課後リサに呼び出された彼はデパートのアクセサリー売り場にいた。


桜花高校の白雪姫で使う小道具を買いに来たリサ。

記憶喪失の彼女はどちらかといえば庶民側の思考をしているため高級店には足を運ばない。


美貌で周囲の視線を独り占めしている彼女、の横にこれといった特徴のない普通の男。

リサと一緒にいることがデートなどと言えるほど彼の頭の中はバラ色で染められていない。


「どれがいいかわからんわ」

ペンダントのコーナーで誰にも聞こえないよう小声で呟くリサ。


彼女が演じる物語のラストは王子のペンダントで白雪姫が眼を覚ますというもの。

それを白雪姫を演じる彼女が探している違和感。


「…どれでもいいじゃねぇかよ」

「クマの絵が描かれたペンダントで眼を覚ます姫とかどうなのよ」

「それは王子が可哀想だな」

「バカ言ってないでちゃんと…いや、これはこれで超可愛いな…」

「…おい」

高校生にはきつすぎる価格が貼られていた。



「ちょっ、これやべぇ」

「その顔でその台詞はやめてください」

清楚可憐、外面のリサの表情と口調が全く合っていない。

彼女が手に取っていたのは別のコーナーにあった可愛らしいクマのキーホルダー。


彼女が持っている与太郎の家の合鍵にもクマの物が着けられている。

クマというより熊、木彫りのリアルなやつ。


「あれか、お前はいつか熊と戦いたいのか」

「勝てるわよ」

「…本気で勝ちそうですよね」

頭を大きく振って本来の目的の物を探すため、もとのコーナーに戻っていくリサ。



「彼氏さん彼氏さん」

「…は?」

離れていったリサを追いかけようとしたところを店員に声をかけられる。


「彼女さんにプレゼントしちゃいなよっ」

「…いや、あれは彼女では…」

「ユー、買っちゃいなよっ」

「あなたはどっかの事務所の社長ですか」

別の高校の制服を着ているとはいえ恋人同士に見られてもおかしくはない。

そんな勘違いをされても彼には嬉しさの欠片も生まれなかった。


「ほらっ、気づかれる前に!」

「あ…わ、わかったから」

急いで財布からお金を出して店員に渡す。

袋に入れてもらうこともせず彼はポケットにしまった。




「汚太郎」

「すごく似てますが与太郎です」

「これどうよ」

「…ん」

彼女が見せてきたのは置かれてある中で一番値が張る物だった。


「まぁ高いが、お前の学校ならそれくらいじゃないとダメか…」

「でしょ、ちょっとアンタ持ってみて」

「ん、こうか?」

「…くそ似合わないわね」

「くそ言うな」




悩みに悩んだ結果、最後に選んだ物に決まった。

リサは購入したものをカバンの中へしまう。


「アンタの学校の文化祭っていつよ」

「残念だが同じ日だ」

「…ちっ」

やはりリサは何かアクションを起こそうとしていたようだった。


リサ主演の白雪姫は午後から。

朝公演の彼は午後からは暇になるため彼女よりも比較的楽と言える。



「そっちの王子役は練習に参加してるのか?」

「思い出させないでよ、ゲロぶっかけるわよ」

「だからその顔でゲロとか言うな」

飯田リサの婚約者の伊集院悟。

演じていなくてももうすでに王子様的な存在の彼。


「一度だけ教室に顔出したくらいよ」

「それで本番か、すごいな」

彼は頑張って毎日練習しているというのに。


「爽やかすぎんのよ、あとキザで誰にでも優しい」

「いいことじゃねぇか」

「与太郎」

「なんだ」

「クズさを分けてやりなさい」

「クズさ言うな」


必死こいても王子になれない王子と、すでに王子的存在の王子。

これが庶民との差。

だが白雪姫の美しさは彼らの学校でも負けてはいない。


飯田リサの心配をしている暇は今の彼にはない。






リサは自室で台本を読んでいた。

記憶喪失になる前の彼女は頭がよかったらしく、眼を通しただけで全ての内容を覚えてしまった。

それでも彼女は何度も見直していた。


「リサ?」

扉の向こうから母親の真理の声が聞こえる。


「入っていいよ」

「うん」

入ってきた真理は風呂上りなのか髪が少し濡れていた。


「白雪姫はどう?」

「大変だけど、やれないことはないわ」

「そっか」

優しい笑顔でリサの見ていた台本を覗き込む。


真理にとって今のリサはどう見えているのだろうか。

記憶喪失で性格も態度も以前とは全く違う。

家でも仮面を被ろうとしたリサだがそれを真理は拒否した。


  「今のあなたらしくでいいわよ」と。


他人の身体を借りているだけの偽者、そんな気がしているリサは複雑で仕方なかった。



「与太郎君も白雪姫するんだってね」

「ん、ああオーナーから聞いたのね」

喫茶リトライのオーナー雪と真理は同級生でリサが記憶喪失になってからは頻繁に連絡を取り合っている。


「アイツが王子よ?笑えるわ」

「へぇ」

「どれだけ着飾っても無理よね」

「そうなんだ」

「この前だって」


真理にとって加嶋与太郎という存在は救いだった。

記憶を失った娘が唯一楽しそうにしているのはいつだって彼の話をしている時。


「聞いてる?」

「あぁごめんね、それで?」

「んでアイツが…」


親として何もできない不甲斐なさに何度も涙した。

今は加嶋与太郎という存在に頼るしかないのだ。


<リサ>が初めて自分から声をかけた彼を。

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