第19話目覚め方

「…恥ずかしいよ~」

クラス中がざわついた。

生徒達は文化祭の準備に追われている。

そんな中、劇をやることになった2年3組では衣装合わせが行われていた。


栗山美佐の白雪姫姿。

男子女子の両方がその美しさに驚いていた。


「なんか…こう、同じ女子としてショックだよ」

スマホを構えながら呟く葵、美佐は恥ずかしそうに俯いていた。

これでまた栗山ファンが増えることは間違いない。



「…恥ずかしいな」

クラス中が凍りついた。

着終えた王子役の与太郎が現れる。


「なんか…こう、同じ人間として安心だよ」

「…おい」

似合っているかどうかなんて周囲の視線を見ればすぐわかった。





出演者は台本を見ながら打ち合わせをする。

与太郎の出番は一番最後で台詞も少ない為ほとんど練習に参加することはない。


「最後ってさ」

照明係を担当している雄也が椅子に座っている与太郎の後ろから台本を覗き込む。


「チューして目覚めんだよな」

「チューとか言うな」

男子高校生の口から聞きたくないワードだった。


「まぁあれじゃね、ペンダントとかで起きるなんてのでいいんじゃないか?」

「ペンダント?」

「え…あ、いや、さすがにキスってのはちょっとあれかなって」

与太郎の言葉に聞き返してきた葵が眼を細めていた。

白雪姫は王子の持っているペンダントで眼を覚ます、これは桜花高校の白雪姫でのやりかた。


「ふ~ん」

「…」

葵の眼は間違いなく何かを悟ったものだった。



彼は自分の出番を確認するため台本の最後の方にページをめくる。

脚本編集担当の女子はもうすでにどうやって姫が眼を覚ますか決めていたようだ。


白雪姫、王子のキスによって眼を覚ます。


「まんまじゃねぇか!」

「ここが重要なんじゃないっ」

ツッコミを入れる与太郎に女子達は反発する。

大勢の観客の前でキスなんてしたら大騒ぎ間違いなしである。


「じゃあ額にキスは?」

葵よ、それも十分に恥ずかしいぞ、と心の中で呟く王子。


「…それでいくか」

「いっちゃうのかい!」

簡単に折れた女子、美佐は相変わらずキョロキョロと挙動不審な動きをしている。


女子達の説得によりしぶしぶ了承する美佐。

彼女が押しに弱いことは連中もわかっていた。



与太郎も美佐も一度も経験が無い。


口と口じゃなくてよかったと彼は安堵する。

彼女の初めてがまだだとしたらその相手は自分じゃいけない、そう思ったからだ。


一瞬与太郎と美佐の眼が合う。

恥ずかしそうに顔を赤くして俯く彼女を見て彼は複雑な思いに襲われた。






「お…おぉ、なんて美しい女性なんだ」

出番が少ない与太郎は個別で葵に指導を受けていた。


「与太郎」

「なんだ」

「もっとちゃんとやってよ、特にその顔」

「顔っ!?」

ハリセンを片手に持った彼の友人はそれはもう鬼教官だった。


「そんなんじゃミーに嫌われちゃうぞ~」

「…」

離れた場所で練習している美佐に視線を向ける。

楽しそうにクラスメイトと会話をしている彼女、やはり彼の想いはまだ消えそうにない。


「嫌われないようにしないとな、友達として…」

「…はぁ」

本当に世話の焼ける二人だ、と葵は大きくため息をついた。








「皆、盛り上がってるね」

「そうだな」

放課後の帰り道。

与太郎の横を歩く美佐、後ろでは葵が雄也をからかいながら遊んでいた。


「ホント、俺が王子役とか無理にもほどがある」

「ふふ、そうかもね」

「うわっ、栗山まで!」

「あはは」

ただ、楽しければそれでいい。

桜花高校と違い彼らの学校はそこのところを重視している。

楽しくて、いい思い出を作る為に。


「おい、今からカラオケ行こうぜ!」

与太郎の背中に飛びついた雄也。

手を上げて賛成表示を見せる葵と美佐。


「今日は歌うぞ~!」

「お、山やる気だねぇ!」

前と後ろが入れ替わり先陣を切って歩き出す雄也と葵。

いつものように呆れながらそれに付いていく二人。



「…加嶋君」

「ん?」

彼の名前を呼んで足を止める美佐。

振り返り首を傾げながら与太郎は彼女の言葉を待った。



「私を、起こしてね」

「…え?」

穏やかな優しい笑顔に与太郎は見とれてしまった。

じっと彼を見つめる美佐。


「なんでもない、さっいこ!」

「お…おい、一体どういう…っ」

聞き返した言葉もむなしく、美佐は駆け足で葵達の背中を追った。



女性とは必ずしも王子という言葉に憧れを持つ。

どれだけ相応しくなくても、美佐にとっての王子様は彼しかいないのだ。






「すごい、王子様やるんだ」

リトライにて、本当にこの人はいつも優しい反応をしてくれる。

与太郎は雪に対して拝みたい気持ちでいっぱいだった。

正面の席ではリサが彼の学校の台本を読んでいた。


「よかったじゃない、爆笑間違いなしね」

「…何でだよ」

与太郎のクラスの女子は脚本の内容を少し変え笑えて泣ける物語に仕上げていた。

もちろん桜花高校は何もイジらない王道のお話。


「で、そっちの白雪姫は誰よ」

「…」

リサの問いかけに言葉を詰まらせる。


「あぁ、栗山美佐ね」

「おほっ、何故バレた!」

「バカなの?それとも大バカなの?」

ペラペラと台本をめくり続ける彼女。

女の勘の鋭さとは本当に怖いものである。

特に彼の友人で一人ものすごいのがいるのだが。



「まぁうまくいってんならそれでいいんじゃない?」

「…友達として、な」

「くそめんどくさいわね、アンタ」

「くそ言うな」


リサにとっては彼らの白雪姫の脚本の方が好みだった。

彼女の演じる物語は固すぎてつまらない。


「一回やってみなさいよ」

リサは台本のラストのシーンを指差して言う。

その部分は本日何度も練習したところだった。

一度鼻で笑った与太郎は姿勢を正して声を張り上げた。


「おぉ、なんて美しい女性なんだっ」

恥ずかしさはもうすでに彼にはなかった。


「与太郎」

「なんだ」

「ちゃんとやって、特にその顔」

「それ本日二度目っ!」

どう頑張ってもその部分は直すことのできない与太郎であった。



「でも見てみたかったな」

「ん?何をですか?」

「リサちゃんと与太郎君の白雪姫」

ニコニコと雪はとんでもないことを口にした。

リサは別の物語の姫、与太郎は彼女の王子ではない。


「やめてよ反吐が出るわ、むしろアンタが反吐よ」

「黙れジャングルの王者」

「あぁ!?」

「あぁ!?」

同じ物語の姫と王子には間違いなくなれない二人。



リサには少しだけ複雑な気持ちがあった。

彼女が記憶喪失になっていなければ婚約者との共演に喜んでいたのかもしれないのだから。

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