第18話姫と王子

新学期が始まってすぐの事。

いつも通り放課後にリトライへとやってきた与太郎はリサと菜月と同じテーブルでコーラを飲んでいた。


「我が桜花高校の文化祭で、お姉様は劇の主役をすることになりました」

「…くそ、あのクラス委員め」

菜月が取り出したのは桜花高校文化祭のパンフレット。

庶民の学校とは差があることが紙質からしてわかる。


「そうか、お前にピッタリだと思うぞ」

「何の劇だと思ってんのよ」

「殺人鬼の話だ…ぶほぅ!」

「殺すわよ」

本当にピッタリだと思った与太郎であった。



テーブルを叩いて立ち上がる菜月の眼がキラキラと輝いていた。


「聞きなさいゴミ、いいえ…ゴミ!」

「言い直してもゴミなのな」

「お姉様が演じるのは、そう白雪姫です!」

「…」

本当にこの女子達は高校生なのだろうか。

もうちょっと大人向けの劇を選出できなかったのか。



「マジ最悪よ」

さすがに学校で今の表情をするわけにはいかなかったのだろう。

主演といえば飯田リサ、姫といえば飯田リサ。

断れない状況だったのが眼に浮かぶ。


「白雪姫…お前が…」

「何よ、不満?」

「…ふふ、ふふふ、わははははは!!!」

耐え切れなくなった与太郎は椅子から転げ落ちて大声で笑った。


「飯田が白雪姫てっ、腹いてぇ!!」

「…」

「どっちかっつったら魔女だろうが!」

「…」

「どう考えても毒殺する方だっての!!」

「…」


もちろん彼はえらい目に合いました。




「しかも王子役があの男なのよね…」

リサの言うあの男とは誰でもない、伊集院である。

もう存在自体が王子様の彼にはピッタリな役柄。

そしてリサの婚約者ということもあって今回の劇は盛り上がること間違いなしとのこと。


本当はリサと伊集院は別々のクラスだが、彼女の相手役は他の男には務まるわけがないということで選ばれたらしい。


「お姉様と伊集院様、ああ素敵な組み合わせです!」

乙女全開の眼差しで遠くを見る菜月。



「えっと、姫が王子を毒殺する話だっけか」

「勝手に話変えてんじゃないわよ」

与太郎は彼女の日ごろの行いを見ているため、どうしても想像が悪い方へといってしまう。


王子の出演は最後の口付けで姫の眼を覚まさせるシーンのみ。

別のクラスの伊集院はそういうことなら、と出演を了承した。


さすがに本当に口付けをするわけにもいかないので、そこのシーンは王子の持っているペンダントによって眼を覚ますというのに変えられたそうだ。



「でも見たかったです、お姉様と伊集院様の口付けを…」

「ごめんね、ゲロが出るわ」

「爽やかな顔でゲロとか言うな」

別にリサは伊集院を嫌っているわけではない。

記憶喪失になる前は好いていたかもしれないが、今の彼女は性格上全く合わない。


高校を卒業したら彼女達は結婚する。

だからそうなる前に記憶を取り戻さなくてはいけない。



「王子役が与太郎だったらよかったのに…」

などどとんでもないことを言い出したリサ。


「いけませんお姉様っ、こんな汚物と…」

「汚物言うな」

「…だって」

珍しく優しい表情を与太郎に向けるリサ。


「汚い顔見てる方が…楽だから」

「おほっ、何なのこの女子達!」

挫ける一歩手前の与太郎だった。




「お姉様」

「ん~?」

与太郎が帰り、迎えの車が来るのを店で待つリサと菜月。


「どうしてあの男と接するのですか?」

「与太郎のこと?」

「…はい」

菜月からすればリサはとても高貴な存在。

頭が悪くて態度も悪い彼とリサが釣り合うわけがない。


彼は彼女が記憶喪失だということを知っているから。

菜月もその事実を知っているのにそれだけではいけないのだろうか。



「知っての通り、今のアタシはこんなよ」

誰も見ていないところではガサツで乱暴。

これまで菜月の見てきた飯田リサとは正反対の存在。


「正直、本来の自分の生活だけでは息が詰まるから」

「お姉様…」

彼に対して恋愛感情はない。

ただ今の生活で与太郎は彼女にとって多少なりとも必要な存在だと言える。



「だからまぁ、アレとは記憶が戻るまでよ」

「…」

与太郎もそれを理解しながら接している。



もともと二人は住む世界が違う。

彼女が記憶喪失になっていなければ出会うことはなかったのだ。







「え~では、ウチのクラスは白雪姫をすることになりました」

「おっと、デジャヴが…」

成大高校2年3組のHRでは文化祭で何をするかで話し合いになっていた。

聞いたばかりの内容に頭が痛くなる与太郎。


「はいっ、白雪姫って言ったらミーでしょ!」

「え…っ、ちょっと葵!?」

葵の発言に慌てる美佐だが反対する者はいない。


「いいじゃん、ミーやりなよ」

「や…やだよっ」

「おまけに王子役を与太郎にさせるからっ」

「おまけとは何事かね貴様」

葵のさりげに言った失礼な台詞にツッコミを入れる与太郎。


王子役に与太郎はあれだが、美佐と彼が仲がいいことはクラスメイトも知っている。

これについても反対する者はいなかった。


「いや、だって…俺は…」

席を立ち、周りを見渡しながら反対意見を探す。

眼があった雄也にアイコンタクトで助けを求める。


「よし、それじゃ俺が変わ」

「えい」

「るんっ!」

雄也が手を上げた瞬間に葵が彼の眉間にシャーペンを投げつけた。

仰け反ったまま気を失った雄也を一同は可哀想な眼で見ていた。



「ミー、どう?」

葵が送る視線は本気だった。


逃げるなこれはチャンスだよ、と。


「加嶋君が…いいのなら」

「え…えぇっ」

完全に詰んでしまった与太郎。


王子の役目は最後のみ。

与太郎は困っている美佐を放っておけない。


「…わ~ったよ」

きっとリサに言えば大笑いされるに違いない。

バカにされることがわかっている辛さがこれほどまでとは思いもしなかった。



白雪姫を演じることになったリサと美佐。

同じ役だが大きな違いがあった。


それは与太郎と美佐は両思いだということ。

もちろんそのことを本人達は知らない。


クラスが盛り上がっている中、美佐は葵の視線に気が付いた。

わかりやすい背中の押し方。

葵がくれたチャンスを無駄にはできない。

美佐は頷いて彼女のアイコンタクトに答えた。


「いってぇ、さっき顔に何か飛んできたぞ…」

「あ、山おはよう」

眼を覚ました雄也に平然とした表情で挨拶をする葵。


「で、何だっけ、俺が王子役を」

「えい」

「するん!」

くの一になれるのではないかというくらいの命中力だった。



複雑な思いを抱えた与太郎はただ願うだけだった。


これ以上この気持ちが大きくならないように、と。

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