第17話踏み出せないあと一歩

暑さを好む人などいない。

だが暑さを許せる場合というのは存在する。

照りつける太陽、広がる青、その例外とは今日という日。


「夏だな雄也よ」

「あぁ、そして海だな太郎よ」

シートとパラソルの準備を終えた二人は海を目の前にして感動に浸っていた。


夏といえば海。

雄也の提案により彼らはいつものメンバーで海水浴に来ていた。

しかし与太郎にとって楽しみなのはそれだけではない。


「…お待たせ」

「お、おう」

遅れて現れたのは青色のビキニ姿の美佐。

体育の時に何度も眼にはしていたが、優等生で真面目な彼女は実は相当スタイルが良い。

出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。


「新しいの買ったんだけど…大丈夫かな?」

「あ、ああっ全然、すげぇ似合ってる!」

「そっか…良かった」

顔を赤らめながら下を向く美佐。



「ちょっと、私もいるんだけど?」

葵の存在にももちろん気がついていたが、美佐の予想以上のすごさに驚いてしまっていた。

身長の低めの葵はフリフリの可愛らしい水着。


「…」

「…」

「おい男共、私の水着姿について何か言いなさいよ」

葵は腰に手を当てて自分の水着姿をアピールする。

男二人の目線は同じ場所で止まった。


「大丈夫だ葵、そっち系の男にはたまらんだろうよ」

「キィィイイイイィ!!」

真顔で答えた与太郎に爪を立てて襲い掛かる葵だった。





楽しくて、今まさに青春していると実感できる。

もしも与太郎の恋が芽生えていたらどうなっていただろう。

美佐と二人きりの海辺でこんな風に笑えていたのだろうか。


「栗山っ、トスだ!」

「うんっ」

仲間達もこんな風に彼といつも通り接してくれていただろうか。



悩む度に彼は思う、芽生えなくてよかったのかもしれないと。



「おい太郎!俺の水着が流された!」

「なんでラッキースケベイベントがお前で発生するんだよ…」




今でも彼は美佐に恋をしている。

美佐もまた、彼との距離をどう縮めようか悩んでいた。


他の男子が好きだと思い込んでいる与太郎と、

他の男子を好きだと思い込ませてしまった美佐との距離。



そして、


「シート狭いんだから与太郎とミー詰めて!」

「お、おいっ」

「…わっ」


それを全部知っている葵。

余計なことをすればまた悪い方向にいってしまうかもしれないという思いが彼女の行動に制限をかける。

だから些細なことしかできない。

雄也は何も知らないが、それが唯一の救いになっているのかもしれない。




「ほら加嶋君、これ星型!」

「うおすげぇ、めずらしいな!」

夕方の砂浜。

泳ぐことを止め、与太郎と美佐は二人で貝を探し回っていた。

ビーチバレーで負けた葵と雄也ペアはバツゲームとして後片付けをしている。


海水浴に来た人の数も減ってきていた。


「記念に持って帰ったらどうだ?」

「うんっ」

夕日がとても綺麗に思わせるのは雰囲気のせいだろうか。


しゃがみ込んでいた与太郎は立ち上がり背筋を伸ばす。

本当に遊び通した一日だった。


「ね、聞きたいことがあるんだけど…」

「ん~?」

身体の骨を鳴らしていた彼に美佐は後ろから声をかける。


「…加嶋君と飯田さんって付き合ってるの?」

「え…?」

急な問いかけに驚き振り返るが美佐はしゃがみ込んで下を向いたままだった。


「そ…そんなわけないじゃん!」

必死で否定する。


「あい…あの子、桜花高校だぜ?合うわけないって!」

「そう…」

ゆっくりと美佐は立ち上がり与太郎の眼を見つめる。


「それじゃ好き…なの?」

「…」

お互いに自分が今どんな表情をしているかわからなかった。

手は震え、口の中はカラカラ。



神が二人に与えたチャンス。


「好きじゃないよ、だって俺が好きなのは…」

「…好きなのは?」


あと一言。

もう一言で全てが変わる。



「今は…いないかな」

「…そっか」


別の男が好きな彼女に想いを告げてしまえばもう仲間という関係には戻れない。

その恐怖が彼の一歩を止めた。


彼は涙が出そうになるのを必死で堪えた。

友達として彼女を支えていくと決めたんだから。




帰りの電車で彼らが乗った車両は独占状態だった。

葵、美佐、与太郎、雄也の順で横一列に並び遊びつくした彼らは眠りについていた。


電車の動く音と振動がとても心地よい。

右肩に小さな衝撃を受けて眼を覚ました与太郎。

確認すると思わず大きな声を出しそうになっていた。


美佐は寝息を立てながら頭を彼の肩に乗せていた。


「(こ…これはやばい)」

電車の音よりも心臓の鼓動の方が大きく感じる。


サラサラな髪からとてもいい香りがする。

無意識に柔らかそうな唇に触れようと左手が勝手に動いた。


「お~っとお客さん、ウチの商品に手ぇ出さないでもらえるかなぁ」

「おほっ」

美佐を挟んだ向こう側にいる葵に気づかれる。


人差し指を口元に当てる葵。


「ミー、珍しくはしゃいでたもんね」

「お前もな」

「ま~ねぇ」

小声で話す二人。

よほど疲れているのか美佐と雄也は起きる気配はなかった。



「与太郎」

「なんだ?」

「あんまし自分を傷つけるようなことしたらダメだよ」

「…なんだそりゃ」


葵は彼の気持ちも、しようとしていることも理解している。

彼もまた、葵が勘の鋭い女子だということを理解している。


「ホントお兄ちゃんに似てるよね、与太郎は」

「マジかよ、ショックだ」

「なはは」


皆この関係を崩したくない。

この仲間達と楽しく過ごし、笑いながら卒業していきたい。

あわよくばその後も一緒にいられればいいな、と全員が思っていた。


「与太郎の物語のヒロインって誰なんだろうね」

「何?声が小さすぎて聞こえんのだが」

「なんでもな~い」


できることなら親友である美佐であってほしい、とそう願う葵だった。




思い出に残る夏休みを過ごせた。

祭り、海水浴以外にもいろんなことをした。

もちろん彼はほぼ毎日リトライにも足を運んだ。


宿題もいつものメンバーと一緒に終わらせた。

といってもすでに終わっていた美佐に一同が教わりながらやったのだが…。





そして夏休みが終わり、新学期がやってきた。



「清々しい朝だ」

制服を着て緩めにネクタイを締める与太郎。


本当にいろいろあった一学期だった。

二学期は一体どんなことが待ち受けているのだろうか。


スマホを手に取って横のボタンを押す。


「…」

朝八時丁度。


「ふぅ……、遅刻じゃねぇかああぁぁ!!」



彼の一波乱も二波乱も起きる二学期が始まった。

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