第7話:Bパート

『やはり、施錠ロック状態保全スティシスの魔法がかかっていたか。しかしこの術式、…帝国の術式に物にそっくりとは?』


「帝国? それはレイフがいた世界の話ですわね。これが、その魔法に似ているって、それはどういうことですの?」


 レイチェルはモニターに映る魔法陣を見つめながら、レイフに説明を求めた。


『言ったとおりの意味だ。このブラックボックスにかけられていた魔法は、儂が依然使っていた帝国の術式に似ているというか、瓜二つなのだ』


 そう言って、アルテローゼレイフは首をギギッと捻った。


 革命軍の重機や巨人は、レイフが知る魔法を使用していた。最初はこの世界でも自分が使っていたような魔法が有るのだと思っていた。しかし、巨人との戦いの後、ネットによる情報収集にて、レイフはこの世界に魔法が物語や映画といった虚構の世界の中にしか存在しないことを知った。

 そうすると、革命軍が使っている魔法技術は、誰が生み出したのだろうとレイフは考えた。もしかすると自分と同じ存在がいるのではないかと、疑っていたのだ。


『(儂と同じ帝国の魔道士が、この世界にきている。それしかないな)』


 ブラックボックスにかけられている魔法を見て、さすがにレイフも確信せざるを得なかった。

 勇者に殺されたレイフが、アルテローゼのAIとして転生したのだ。同じように転生した人間がいないとはいえない。いや、帝国式の魔法を使っているのだから、確実した者が存在すると考えるのが当然だった


「瓜二つ? 一体どういうことですの?」


『あー、つまりだな、魔法という技術は、突き詰めれば同じような所に行き着くということだな。例えば、車輪だが、儂の元いた世界とレイチェルのいるこの世界で、原理と形は同じだ。つまり、機能を追求していくと同じ形になる。そういうことなのだよ』


 レイフは、咄嗟に嘘をついてしまった。なぜそんな嘘を言ってしまったのか、自分と同じ世界からやってきた存在がいると何故言わなかったのか。レイフは、自分でも分からない何かに突き動かされて、レイチェルに嘘をついてしまうのだった。


「そうですか」


 レイチェルは、納得できない様子であったが、それ以上レイフを追求しなかった。


『とにかく魔法を解呪すれば、ブラックボックスは解体できるようになる。儂は解呪の魔法ディスペルに集中するので、十分ほど静かにしていてくれ』


 レイフは、自分の嘘をごまかすように、解呪の魔法ディスペルを構築し始めた。


 実は施錠ロックの魔法は、解呪の魔法ディスペルを使用しなくとも魔力マナに解錠のキーワードを乗せて送り込めば解錠できる。しかし、解錠のキーワードが不明という事と状態保全スティシスの魔法も欠けられていることから、解呪の魔法ディスペルで二つの魔法を一気に解呪してしまった方が効率が良いとレイフは考えたのだった。

 もしここでレイフが、彼がよく知っているキーワードで、施錠ロックの魔法を解錠していたならまた違った未来が訪れていただろう。


 だが今現在、それを知るものはいなかった。



 ◇



 オリンポス火山の廃坑。迷路のような坑道を通った先に存在する部屋。以前サトシが訪れたその部屋で異変が起こる。


 それはレイフが、ブラックボックスに駆けられていた魔法を解呪の魔法ディスペルで消し去ったその時、サトシが「我が君」と呼ぶ人影が、急に立ち上がったのだ。


 人影は、


「reiフさMA」


 そう呟くと、再び座り込む。そして部屋の闇は深くなり、また静寂が訪れた。



 ◇



『これで、ブラックボックスにかけられていた施錠ロック状態保全スティシスの魔法は解呪した。これで、分解できるだろう』


 再び整備ロボットに制御を移したレイフは、どや顔でヴィクターにそう告げた。


「本当に魔法がかかっていたのかね」


 整備ロボットのどや顔という訳の分からない物を見せられたヴィクターだが、アルテローゼレイフが魔法を解呪する瞬間を見ていたにもかかわらず、まだ魔法に対して半信半疑であった。いい加減魔法を認めろと言いたくなるが、ヴィクターの科学者、いや技術者としての矜恃がそれを許さなかったのだ。


『なら、試してみれば分かるだろ』


 レイフはそう言うと、整備ロボットの手に装備されていたレーザーカッターを使いブラックボックスの解体を始めた。


「ちょっと待ってくれたまえ。迂闊に解体するのは不味いのだよ。レイフ君、私の指示に従ってくれたまえ」


 レーザーカッターをブラックボックスに向けたレイフに対して、ヴィクターは慌てて待ったをかける。そして中身を傷つけないように切断箇所を指示する。そして、レイフの操るレーザーカッターは、易々とブラックボックスを切り裂いていった。


「うぬぬ、本当に解体できるとは…納得がいかないのだよ」


 その光景にヴィクターは悔しそうな顔をするが、そんなことはレイフには関係のない話であった。レイフはブラックボックスの中身に興味があったのだ。


『(もし儂の予測が当たっているなら、この中に革命軍が魔法を使える秘密があるはずだ)』


 ブラックボックスは、整備ロボットレイフのレーザーカッターであっという間に切り裂かれていく。


 そして、ついにさらけ出されたブラックボックスの中身。そこにレイフとヴィクターが見いだしたのは…


『これは一体何なのだ? うーん、キメラの製作現場で見たような気がするが、これは確か…』


「うむ、これは脳髄だな。大きさからいって、人間のものじゃなく、大型の犬か猫の物だと思われるね」


 ブラックボックスに納められていたのは、脳髄の入ったケースと生命維持のための装置と脳髄と外部とのインターフェイスを取り持つコンピュータやバッテリーであった。


『(うーむ、機動兵器ゴーレムを制御するコアがあると思ったのだが、まさか脳みそが詰まっているとは予想外だった。つまり、あのガオガオは、キメラの一種だったのか。いや機動兵器ゴーレムに生物の脳を組み込んだ兵器だったのか。…確かに生物の脳みそを使えば、魔法は使えるし、しかも状況判断はゴーレムより柔軟だ。おお、よく考えればこれは素晴らしい技術ではないか)』


 帝国には、魔獣を掛け合わせたり、魔法で融合することで、キメラと呼ばれる魔獣兵器を作り出す技術があった。生物であるキメラは、品質にばらつきはあるものの強力な個体であればゴーレム以上の戦力となった。しかしキメラは生物であるため、強力なキメラであればあるほど、高価な餌を必要とする。つまりコストパフォーマンスの悪い兵器であったのだ。そういう理由で、レイフはキメラ製作部門の予算を削り、自分のゴーレム兵に予算を回したため、キメラ製作の責任者から恨まれる羽目になっていた。


『ヴィクター、この世界では、生物の脳みそを機動兵器ゴーレムに組み込むことが可能なのか?』


 レイフが期待してたゴーレムのコアは見つからなかった。しかし、生き物の脳を機械と組み込むという技術を見せられて、レイフの知的好奇心は大きくくすぐられたのだった。


「うむ、サイボーグ化技術を駆使すれば可能なのが、手足や臓器の一部を置き換えるならまだしも、脳以外を機械に置き換えるというのは、違法なのだよ」


 世界大戦において、発達したサイボーグ化技術を使えば、脳髄と脊椎の一部以外を全て機械に置き換えることは可能であった。そしてそのサイボーグ化技術を使って、宇宙戦闘機にイルカや人の脳を搭載する研究が、宇宙軍を中心に行われていた。


 なぜそんな研究をしたのかと言うと、宇宙は人が生きていく場所では無いからである。宇宙船に生身の人間を乗せるとなると、空気や水、食料、そして人として活動するための空間が必要となる。宇宙船の性能は、生身の人を搭載するスペースをいかに軽量かつコンパクトに組み込むか、それによって性能が決まるといっても良かった。


 しかし、脳だけにして組み込めば、生活するための空間が不要となり、最低限の水と栄養剤だけで良くなる。つまり、宇宙船から無駄が省け生身の人間を乗せるより格段に性能の良い宇宙船を作ることが可能となるのだ。戦争では高性能の宇宙船が必要とされるため、そんな研究が行われたのだ。


 しかしこの研究は、負傷した兵士に義手や義足を付けるサイボーグ化と異なり、人の形を捨てる事が前提の研究である。そのため、研究の存在が明らかになると、非人道的な行為だと世論に叩かれることになった。では、人ではなく動物ではどうかと、研究は続けられたのだが、今度は動物愛護団体の反対にあってしまった。これにより、一部の例外を除いて、脳以外を機械に置き換える、俗に言うフルボーグ化は禁止されることになる。


 しかし、一度開発された戦争に使える有効な技術を捨て去るわけもなく、連邦軍や大企業は密かに研究を続けているといるのは公然の秘密であった。


「薬物による人体強化に、脳だけのサイボーグ、全て禁じられた技術の固まりですわ。お父様、革命軍はそんな技術をどこから入手したのでしょうか?」


 レイフと一緒にブラックボックスの中身を見てしまったレイチェルが、怒りで顔を紅潮させていた。アイラだけでなくガオガオまで違法に作られた存在と知り、レイチェルは金髪ドリルがグルグルするほど、怒っていた。


「さ、さあ、私にも分からないのだよ。こんな技術を持っているのは、連邦軍や大企業…GC社やLE社ぐらいだと思うのだが…」


 大企業であるGC社やLE社は、当然火星に進出している。しかし、そのどちらが革命軍に力を貸しているのかと聞かれてもヴィクターに分かるはずもない。


「お父様なら、ブラックボックスから何か分かるのではありませんか? いえ、分からなくても是非突き止めてくださいませ」


「わ、分かったのだよ。善処しよう」


 ここまで怒りに満ちたレイチェルをヴィクターは見たことがなかった。この状況でヴィクターがやれるのは、ブラックボックスを調べて何か手掛かりを掴むことだった。


 研究所員を集めると、ヴィクターはブラックボックスの本格的な調査に取りかかるのであった。



 ◇



 火星革命戦線が独立戦争を始め、首都攻略部隊が壊滅してから一月が過ぎていた。

 ガオガオの襲撃以後、革命軍の動きは沈静化していた。しかしそれは軍事的な面であり、火星各都市を巡る政治的な戦争は海面下で激しく行われていた。


 そんな時、首都の北部にあるヘリオス港で、大きな問題が発生していた。


 ヘリオス港に入港したロボット操船のタンカーを見上げ、二人の男性がため息をついていた。

 一人はヘリオス港長であり、もう一人はタンカーの船主であるマーズ海運会社の社員であった。マーズ海運会社は、火星の海運業で最大手の企業である。


 大異変の後の火星は、豊富な水を抱えた、地球を超える水の星となっていた。火星の各都市は海と運河で繋がっており、ロボット船による水上輸送が盛んになるのは当然であった。


このところの騒ぎ独立運動で、すっかり忘れていたが、あいつら・・・・が現れる時期になったのか」


「そういえば、そろそろ繁殖期でしたね~」


 二人の目の前にある、入港したタンカーは、何物かに襲われたのか、ぼろぼろの状態であった。


「いつもなら、連邦軍にタンカーの航路を確保してもらうんだが…」


「連邦軍、そんな暇ないでしょうね~」


「この前大きく負けて兵隊が足りないし、革命軍に備えなきゃいけないからな」


「仕方ありませんね~。繁殖期が終わるまで、タンカーの航路は陸寄りに変更せざるを得ませんわ。そうなると燃料バッテリー代がかさむ事になるので、運送料が跳ね上がるでしょうね~」


 マーズ海運会社の社員は、他人事のように言うが、


「そうなると、各都市との流通に混乱が生じるぞ。陸路はあちこちで革命軍に抑えられているし、海路がヘリオスの命綱なのだ。このままじゃヘリオスは干上がってしまう」


 ヘリオス港長の方は、それを聞いて大慌てである。何しろ海運にヘリオスの命運がかかっているのだ、そう抗議の声を上げるが、


「しかたありませんよ。我が社としてもタンカーを失う訳にはいきませんから」


 マーズ海運会社の社員は、そんな事を言われてもと、知らん顔を決め込む。


「ヘリオス市民の生活とタンカーのどちらが大事なんだ」


「我が社にとっては、タンカーの方が大事ですが。それともタンカーが沈められた場合、首都の連邦政府は保証してくれますか? タンカー一隻を作るのにどれだけかかるか分かっておられます?」


「くっ、お前はそれで良いのか」


「会社勤めのサラリーマンに何を期待するのですか。文句はマーズ海運うちの上層部に言ってくださいよ」


 マーズ海運会社の社員の正論に、ヘリオス港長は押し黙るしかなかった。



 ◇



「火星タコが襲ってきたですって? どうしてこんな時にそんな事が起こるのよ~」


 火星行政府の主席、レイコ・チシマは、ヘリオス港長から上がってきた報告書を読み、悲鳴を上げた。レイコがドシンとテーブルを叩いた衝撃で、お茶を入れたカップが皿の上で踊った。


「主席、火星タコではありません。学術名は、火星・頭足綱・鞘形亜綱・十二腕形上目、マーズ・クラーケンです。主席は火星タコ…いえ、マーズ・クラーケンに付いて御存じないようなので、説明させていただくと…」


 ジャパニーズ・ビジネスマンのような黒いスーツに身を固め、黒縁眼鏡・・・・をかけた年齢不詳の容姿を持つ男性。レイコの秘書であるサイゾウが、有り難い事に火星タコについて説明してくれた。



 火星が大異変によって人類が住めるようになった時、植物と微生物以外の生命体は当初発見されなかった。陸にも海にも脊椎動物のような生命体は存在しなかった。

 そこで人類は、地球から様々な生物を持ち込んだ。もちろん科学者からは火星の生態系を守るべきだと大反対されたが、移民するためには地球と同じ生態系を構築する必要があったのだ。それに植物や微生物などは地球の物と酷似しており、地球から持ち込んでも影響は小さいと強引に押し切り、移民は進められた。


 そして、移民からしばらくして、今度は生命不在の火星の海に魚介類などの海棲動物を持ち込むための調査が始まった。そして、その時になってようやく火星タコが人類の目の前に姿を現したのだった。


 火星・頭足綱・鞘形亜綱・十二腕形上目、マーズ・クラーケン、通称火星タコ。地球のタコそっくりな姿をした、全長十数メートルはある軟体動物が、調査船を襲ったのだ。

 初めて火星で発見された巨大な生命体に、地球では「火星人発見」と大々的に報道され、火星への移民が一時中断されてしまうほどの騒ぎとなった。


 連邦政府は、急ぎ火星に生物学者を送り、火星タコの調査を行った。しかし火星タコは火星の海でも深海を住み処として自由に泳ぎ回っており、調査しようにも見つけることすら困難であった。

 なかなか調査がなかなか進まず数年が過ぎ去ったとき、再び火星タコが人類の前に姿を現した。火星タコは、前回と同じように調査船を襲ってきたのだった。

 調査船が襲われる中、乗船していた科学者は火星タコと意思疎通できないか試みたのだが、それは徒労に終わった。火星タコが興味を示したのは、船だけで人には全く興味を示さなかった。火星タコによって調査船は沈められ、危険な生物であると言われるようになった。その為、火星への移民についてすら、中止すべきだと世論が傾きかけたのだった。


 しかし、火星タコと接触した生物学者は、火星タコの危険性を否定した。彼は粘り強く火星タコの生態を研究し、火星タコには高度な知性は無く、船を襲ったのは繁殖期における縄張り争いのためと、研究結果を発表した。

 火星タコの繁殖期は火星の公転周期(六百八十七日)で、二~五年の周期で発生することも分かった。一ヶ月ほどの繁殖期以外は、火星の海の深海に火星タコは潜み、海面には上がってこない。つまりその期間さえ注意すれば危険はないと分かったのだった。


 火星タコの生態が明らかになると、それを保護するかどうかで、また一悶着あったのだが、結局地球連邦政府は火星の海に海棲動物を持ち込むことをあきらめ、火星タコを保護すると決めたのだった。



「どう見てもビジュアル的に、タコじゃないの!」


 レイコは、端末に表示された地球のタコと火星タコ…マーズ・クラーケンの比較写真を見て、抗議の声を上げた。

 確かにマーズ・クラーケンは地球に生息するタコにそっくりであった。違っているのは手の数が十二本あることと、そのサイズが二十メータ近くあるという点だけだった。


「そうですが、政治家はくだらない揚げ足をとられないように、メディアで発表する際には正式名称を使うべきです。過去には単語漢字の読み違えだけで盛大にメディアに叩かれた政治家もいるのです。しかも今の火星の状況を考えると、発現には注意された法が良いと思われます」


 革命軍によって火星が大混乱となっている現状、メディアは主席であるレイコの一挙手一投足に注目している。革命軍寄りのメディアは、レイコが何か言うたびに批判につなげているのだ。


「そんな事は分かってるわ。それより、今繁殖期が始まったことが問題だわ。このままだと水上運送が止まって、火星の経済が大混乱になってしまうわね」


「独立運動のおかげで、ただでさえ混乱している経済にとって、致命傷となりかねませんね」


 冷静に分析するサイゾウを、レイコは睨み付ける。


「本当なら連邦軍に船の航路の確保を依頼すれば済む話なのに、革命軍の動きを牽制するのに手一杯で、火星タコを何とかする戦力は無いわね」


 レイコは、机に手をついて眉間にしわを寄せ考え込む。


「主席、取りあえず連邦軍に依頼してみてはどうでしょうか」


「きっと断られるわよ?」


「もし断られても、連邦軍に依頼することで、主席が「何も対策を打たなかった」という批判は回避できます。市民の批判は連邦軍に向かうでしょう。そして火星タコの被害が酷くなれば、その原因が革命軍による独立運動のためであると世論を持って行く方がよろしいかと」 


 サイゾウの提案に、レイコの眉間しわが一気に消え去る。


「その案で進めましょう。私は直ぐに連邦軍に依頼を行うから、貴方は関係各省庁への根回しとマスゴミの対応案について検討して頂戴」


「了解しました」


 結局、火星行政府は火星タコの処理を連邦軍に丸投げする事で決定した。それは政治的な思惑が優先され、火星市民の受ける被害は無視された決定であった。



 ◇



 革命軍の首都進行から始まり、ガオガオの撃退といった出来事にまつわるゴタゴタから解放され、研究所は以前の姿を取り戻そうとしていた。

 いや、アルテローゼレイフが目覚めたおかげで、その研究が本格的に始まろうとしていた、そんな矢先のことだった。


「アルテローゼで火星タコを撃退しろと言うのですか?」


 オッタビオ少将司令からの通信で、ヴィクターはとんでもないことを依頼されるのだった。


『そうだ。君も知っていると思うが、現状、革命軍の妨害で陸路は遮断され、首都への輸送は船に頼り切りなのだ。ところが、ヘリオスに向かう海上輸送航路のど真ん中に火星タコが陣取っているらしく、輸送船が被害を受けていると政府から連絡があったのだ。火星タコは繁殖期になると海面近くにまでやってきて、船を襲うようになる。その繁殖期がどうやらやってきたようなのだ。火星タコのおかげで、首都への海上輸送は大きく迂回せざるをえなくなっている。そのため輸送コストの増大し、首都の物価は食料品を中心に高騰している状況なのだ。政府は軍に火星タコを排除を依頼してきたのだよ』


 モニターに映るオッタビオ少将司令は深刻そうな顔でヴィクターに説明する。彼が話したことはヴィクターも知っており、火星タコの排除の必要性も理解できた。


「はぁ…それで、どうしてアルテローゼがその火星タコの撃退するという話になるのでしょうか? それは連邦軍の仕事ですよね?」


『それができないから困っておるのだよ、ヴィクター君。知っての通り大シルチス高原での戦いで連邦軍は負けた。その際に航空戦力はほとんど失われてしまったのだよ。そして、未だに航空戦力の再配備の目処が立たない状況だ。空軍戦力が無ければ、海にいる火星タコを追い払う手段がないのだよ』


 以前の司令だったら、軍の恥として絶対に言わない連邦軍の窮状を、オッタビオ少将司令は見栄も外聞もなく話してしまう。ある意味正直な人であるが、基地の司令としてはいかがな物かと、ヴィクターは思っていた。


 ちなみに、なぜ連邦軍は海軍を出さないかというと、火星には海軍が存在しないからである。火星の海に軍事的脅威が無いのに、戦艦を持つ意味は無い。それに輸送船ならロボットタンカーで十分だが、戦艦となれば人を搭乗させる必要がある。敵もいない状態で有人の戦艦を運用するのは無駄の極みだと、海軍は創設されてなかったのだ。


「オッタビオ少将、アルテローゼは地上専用の機動兵器ですよ。空も飛べなきゃ、水の中にも入れませんが?」


『えっ、空も飛べないし、水の中にも入れないのかね。最新鋭の機動兵器じゃなかったのかね?』


 オッタビオ少将司令は、驚いた顔をする。


「いや、最新鋭の機動兵器といわれましても、また試作機ですし。昔のフィクション・メディアの主役機動兵器のように陸海空と万能な機動兵器などありえないのですよ」


 ヴィクターは何を馬鹿なことを言っているんだと頭にてをやった。


『確か首都で巨人と戦ったとき、空を飛んだと聞いた覚えがあるのだが…』


「それはジャンプしただけで、空は飛んでいないのですよ。常識で考えてください」


 どうやらオッタビオ少将司令は、レイフが魔法でアルテローゼをジャンプさせたことを飛んだと誤解してるようだった。


『空を飛べないのか、うーん。しかし、連邦軍の出せる戦力…戦車や多脚装甲ロボットだけで、火星タコを撃退するのは難しい。ヴィクター君の所なら、その機動兵器をちょちょいっと改造して、海の上で戦えるようにできないのかね? どうか連邦軍の窮状を救うと思ってやってくれないか』


 モニターの向こうではオッタビオ少将司令が、ヴィクターに頭を下げていた。


「(命令ではなく、お願いとは困ったのだよ)」


 ヴィクターは、オッタビオ少将司令のお願いに困っていた。これが正式な命令であれば、軍所属であるため従わざるを得ないが、お願・・いである。断っても問題はない。


「申し訳ありませんが、やはりアルテローゼを出撃させるわけには…」


 アルテローゼを出撃させるとなると、レイチェルも付き合わなければならない。ヴィクターが断ろうと、言いかけたその時だった


「お父様、火星タコが船を襲っていると聞きましたわ。それで、連邦軍の方が対潜装備を持って格納庫にいらっしゃってますけど…」


 そこにやってきたのは、レイチェルであった。慌てて走ってきたのか、顔が赤く息を切らせていた。

 ノックもせずに所長室に入ってきたレイチェルは、ヴィクターが誰かと話をしている最中であると気づいて、しまったという顔で言葉がしぼむ。


「レイチェル、ノックをしてから入る用にいつも言ってるのだがね」


「申し訳ありません。ヘリオスの危機という話でしたので…慌てました」


 シュンとなるレイチェルに対し、ヴィクターはため息をつく。どうやらオッタビオ少将司令は、先に手を打っていたようだった。恐らく格納庫に軍の整備兵が来るタイミングを見計らって、ヴィクターに通信を入れたのだろう。

 そして、火星タコによって、ヘリオスの市民が困ると聞けば、優しいレイチェルはアルテローゼを出撃させると言い出すと見込んでいたのだ。

 ヴィクターは苦虫を噛みつぶしたような顔で、オッタビオ少将司令が映るモニターに向き直った。


『うむ、丁度よく、娘さんもいらしたようだね。これで正式に命令を出すことができそうだ。地球連邦軍の火星基地司令として、アルテローゼとそのパイロットに火星タコの排除を命じる。これで良いかねヴィクター君?』


「お父様、どうされるのですか?」


 みんなを助けたいというレイチェルの顔と薄和笑いを浮かべるオッタビオ少将司令の顔を交互に見て、ヴィクターは諦めた。


「了解しました。ですが、オッタビオ少将、この手の企みは止めてください」


『留意しよう』


 オッタビオ少将司令はヴィクターに頷く。これで、正式にアルテローゼが火星タコの排除に出撃することに決まったのだった。

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