第7話:Aパート

 ガイア・コープランドGC社は、オリンポス行政ビルのワンフロアを丸ごと占有する大企業である。ゆりかごから墓場まで、ティッシュから宇宙船までと様々な分野に進出しているが、元々は軍需企業であり、今現在も地球連邦軍に様々な兵器を販売していた。

 しかし、GC社はここ数年ほど軍需部門の収益が悪化していた。その理由は多々あるのだが、最大の要因はライバル社との新製品の開発競争に負けたことだった。


 GC社が、連邦軍に主力商品として売り込んでいたのは、歩兵の代わりをつとめる小型ロボットと戦車、そしてその指揮車両という、パッケージ化された地上兵器であった。GC社は、地上兵器の分野において、約50%という圧倒的なシェアを誇っていた。そして残りの50%で二番目に大きなシェアを持っていたのが、月に本社を持つルナエレクトロニクス社社であった。LE社は、地上兵器では二番目のシェアであるが、宇宙軍向けのロボット兵器では、GC社を超える40%のシェアを持っていた。要するに、GC社とLE社の二社で、地上と宇宙で軍需兵器のシェアを分け合っていたといっても過言ではなかった。


 GC社とLE社、なぜその均衡が崩れたのが。それは、GC社がシェアにあぐらをかき技術開発を怠っていたからであった。


 ここ数年、地球連邦軍では地上兵力の老朽化が目立っていた。戦争がなく平和であるが、技術革新や設備の老朽化から、戦力の刷新を迎える時期が来ていたのだ。

 当然、GC社は地球連邦軍からのオファーに答えるべく、新製品を開発して提供するつもりであった。しかしその新製品とは、従来の兵器を技術革新に見合った性能に向上させるのではなく、部品のコストダウンやソフトウェアのアップデートしか行っていないものであった。もちろんコストダウンしても、軍に売却する値段は変わらず、GC社は自社利益の拡大に繋がると考えていた。

 それらは、戦争がなく平和な状況であり、それでも兵器の性能として連邦軍を満足させるだけの機能を備えていた。そしてシェア二位のLE社は、本社が月面であり宇宙向けのロボット兵器とが主軸であり、地上で使用される兵器の開発では、GC社に二歩三歩遅れていた。GC社の経営陣は、LE社が地上兵器の性能で追いつけるわけがないと高をくくっていたのだ。


 そんなGC社の奢りに対して、LE社は下克上の機会を狙っていた。その一手としてLE社が取りかかったのは、自社のロボット兵器を作業機械に改造し、格安で火星や金星の開拓事業や鉱山開発に売り込んだのだ。GC社からしたら、「LE社は何しているのだろう。大赤字ではないか」と馬鹿にされた戦略だったが、LE社の狙いは、荒れ地や山間部でのロボットの運用データを取ることだったのだ。そしてこの目論見は見事に成功した。

 元々月面開発で重機ロボットの運用データを持っていたLE社は、火星と金星でのデータをフィードバックさせることで、GC社をしのぐ性能と低コストのロボット兵器の開発に成功するのだった。


 こうしてGC社に比べ優位に立てる製品を開発したLE社であるが、それだけでは、連邦政府や軍がGC社とのつながりを捨ててまで導入する事はなかった。長年GC社と付き合ってきた政治家や軍の高官を翻意させるのは不可能かに思われた。


 しかし、それを覆したのは、何とLE社が打ち出した全体未聞の宣伝工作だった。LE社は、GC社が持っていない物があった。それは音楽・映像メディアといった芸能・メディア部門であった。そこで、LE社はアイドル歌手や人気俳優、果ては自社でプロデュースする映画等で、ロボット兵器の宣伝を行ったのだ。もちろんこの宣伝手法は大きな批判を浴びたが、ドラマや映画といった映像メディアにLE社のロボット兵器が出演することで、一般大衆の目にとまるようになった。そしてそのロボット兵器の性能が、最大シェアを誇るGC社より優れいている事も知られるようになったのだ。


 二社のロボット兵器の性能が明らかになると、当然LE社のロボット兵器を軍が採用しないのはおかしいと騒ぎ始めた。何せLE社の方がコストが安いのだ、平和な時代の軍事費は削られるのが常とすると、LE社を選ばない方がおかしいと人々は考えた。これは当然政治家へ大きく影響を与え、連邦政府と軍はLE社の兵器の採用枠を増やさざるを得なかったのだ。

 

 一方のGC社は、まさかロボット兵器の売り込みにアイドル歌手や芸能人を使うという手を打たれるとは思っておらず、芸能・メディア部門が無いこともあり、反撃の機会を逸してしまったのだった。





 GC社設立以来の危機に会長バーナード・コープランドは、東奔西走して、連邦政府と連邦軍の高官と、極秘会談を行った。そしてある密約を取り付けることに成功する。


 その密約とは、


「三年以内に、LE社の製品より優れたロボット兵器を作り発表すること。そのロボット兵器は、地球だけでなく火星や金星でも運用可能なこと」


 という無茶な物だった。


 なぜ火星や金星での運用が条件に入っているかというと、LE社のロボット兵器は、火星や金星での運用性能が、GC社の物に比べ圧倒的に優れていたからである。その点をクリアしない限り、世論を無視してまでGC社の製品を採用するのは難しいということだった。


 三年という期間が切られたのは、連邦軍でLE社のロボット兵器の運用試験にかかる期間であり、密約を結んだ高官達が、その権限によって延ばせるギリギリの時間であった。


『三年以内にLE社の製品を越える新型のロボット兵器を作り、発表する!』


 会長の号令の元、GC社は総力を挙げてロボット兵器開発を開始する。そして、開発を進める場所として選ばれたのは火星であった。



 ◇



 GC社の火星でのロボット兵器開発本部は、オリンポスにあった。なぜ首都ではなくオリンポスかというと、開発に当たってLE社の手法に習い鉱山開発向けのロボットを開発し、そのデータをロボット兵器に転用しようと目論んだからであった。

 所謂、LE社の猿まであるが、一番確実な方法であると面輪他のだが、実際にはそれほど上手く行かなかった。

 LE社が開発を成功させたのは、月面開発におけるロボット運用のデータをもっていたからであった。しかし、GC社は地球でのデータしか持っておらず、しかも近年は新規設計すら行っていない状況であった。そんな状態でLE社のまねをしても、とても三年で開発を完了出来る訳がなかった。


「どう見積もっても、開発に五年はかかる。どうすれば残り三年、いや二年に期間を短縮できるんだ」


 火星でGC社開発本部長を務めるミゲル・コープランド部長は、開発が間に合わないことに頭を抱えていた。名前から分かるように、彼は創業者のコープランド一族の血族であった。ミゲルは開発本部長であるが、元々は商社マンであり、優秀な経営手腕をもっていたが、技術開発には向かない人物であった。この様な人事となったのは、連邦との密約を隠すために軍需産業系の人を動かすことができなかったからである。


 ミゲルは、今回の開発では地道にデータを取れば良いだけと思っていた。しかし、それが上手く行かないとなると、彼はどうすれば良いのか分からなくなってしまった。ミゲルは、商社マンの癖で開発が進まない部下の研究・開発チームを叱咤する事になるのだが、そんな状況では逆に社員のモチベーションを下げてしまい、余計に開発が進まない状況に陥ってしまった。


 そして、そんな時に火星革命戦線によって、オリンポスは革命軍の本拠地となってしまう。地球の軍需産業メーカともなれば、革命軍から敵視されて当然であり、物資、人員調達に関して制限を掛けられ、ますます開発が進まなくなってしまった。


「もう、どうしようもない」


 コープランド一族であるミゲルが、会社を辞職するのは難しい。一族から追い出される覚悟で辞職を考えていたとき、彼に接触してきた人物がいた。


『ミゲル・コープランドさんですね。始めまして。私は火星革命戦線のサトシといいます。実は、御社に耳寄りな話があるのですが…』


 サトシの提案を聞いたミゲルは、即座にそれに乗ることを決断した。それは悪魔の囁きに近い物だったが、ミゲルにはサトシの話に乗る以上の案がなかったのだ。


「分かりました、弊社は火星革命戦線に御協力させていただきます」


 こうして、火星革命戦線は地球の大手軍需メーカーという巨大なスポンサーを得ることとなった。



 ◇



 破壊されたガオガオから取り出されたブラックボックスは、極秘裏に研究所の解析室に運び込まれた。そして、ヴィクターの指揮の元、解析されることになったのだが…。


「ブラックボックスですが、接続する端子が、標準規格じゃありません。データの吸い出しができません」


「所長、分解しようにも、ねじ穴もつなぎ目も何もないので、分解ができません」


 ここまでは、ブラックボックスの特殊な外観を見たため、ヴィクターも想定していたのだが、


「ブラックボックスの内部構造、透視できません。CTスキャンもX線も全て妨害されています」


「レーザーカッターで、外部筐体の切断を試みたいのですが、受け付けません」


 と研究所員が悲鳴を上げ始めたことで、ガオガオのブラックボックスの非常識さに驚くことになった。


「透視もできないし、レーザーで傷も付けられないだと?そんな馬鹿な話があるのかね。私にやらせてみたまえ」


 研究所員の言葉を信じ切れなかったヴィクターは、自らの手でレーザーカッターを操りブラックボックスを解体しようとした。しかし、真っ黒なブラックボックスの筐体は、レーザーを吸収したかのように、切断するどころか熱くなることもなかった。


「こんな馬鹿なことがあるのかね。物理法則を無視しているではないか」


 レーザーを当てれば物体は反射するなり熱を吸収するなり何らかの反応を示す。そんな事が起きない物質が存在するとは、ヴィクターには信じられなかった。


『ヴィクター。もしかすると、そのブラックボックスとやらは、魔法で護られているのかもしれないぞ』


 研究所員とヴィクターの作業を見守っていたレイフは、そこで口を挟んだ。どうしてレイフが研究所に居るかというと、彼はブラックボックスの解析に参加したいと格納庫にあった整備用ロボット(人型サイズ)を操って、解析室に押しかけていたのだ。


「…ふぅ。レイフ君、また君の言う魔法かね。私も君が作った盾がレーザーをねじ曲げる現象をこの目で見ている。だから君が魔法と呼ぶ高度な技術が存在するのは認めるのだよ。しかし、何でもかんでも魔法と言うのは乱暴ではないかね。確かにブラックボックスこいつは、レーザーを当てて熱もエネルギー量も変化しない…物理法則すらねじ曲げているように見えるが、何かトリックが存在すると私は考えるのだよ」


 ヴィクターは、レイフの魔法をある程度は認めていたが、それでも科学者として魔法という物を信じたくはないと思っていた。


『まあ、ここは一つ儂に任せてくれ。それで、この整備用ロボットでは魔法が使えないから、ブラックボックスをアルテローゼの所に持って行くぞ』


 レイフは、そう言うと整備用ロボットを操り、ブラックボックスを運び出した。


 現状、レイフが魔法を使えるのは、アルテローゼの機体を操っているときだけだった。いろいろ試してみて、整備用ロボットも自身の体のように操れる様になったのだが、なぜか魔法を使うことができなかった。


『(使い魔なら、離れていても魔法を使えたのだが、このロボットという物は使い魔に似ているが、何かが違うな。しかし、アルテローゼでは人と同じ所に入り込めない。このロボットで魔法が使えるように、こちらの技術を研究しなければならないな…)』


 レイフの言う使い魔とは、魔法使いや魔術師が使役する動物のことである。帝国の魔法使いは、定番の猫やカラス、フクロウと言った生き物だけでなく、コボル等の低級魔物まで使い魔として使役してた。

 その使い魔だが、魔法使いは使い魔に精神を乗り移らせて、その体を使って見聞きしたり魔法を使うことが可能だった。


『(いや、いっその事、使い魔を作ってしまうか。…いや、駄目だ。儂は使い魔を二度と持たないと決めたのだ)』


 帝国の筆頭魔道士であったレイフにとって、当然使い魔を作ることなど簡単にできる。そして火星には、地球からペットとして持ち込まれた犬や猫、鳥などが存在しており、それらを使い魔とすることは可能であった。

 しかし、レイフは使い魔をもったことで受けた苦い経験から、二度と使い魔を持たないと決めていた。



 ◇



 それは、レイフが初めて使い魔を作り高級クラブに連れて行ったときのことだった。


 レイフはその容姿から、女にもてなかった。しかし、彼は帝国の魔道士で、地位も名誉もあり金も持っていた。帝都の高級クラブにいく時も、レイフはチップをはずむ客ということで、水商売の女性キャバクラ嬢には大人気であった。


「レイフ様、この猫はどうされたのですか。当店はペットの持ち込みは禁止なのですが」


「ペットではなく、儂の使い魔じゃ。確か使い魔なら問題ないと聞いておったが?」


「ええ、そうでしたか。使い魔であれば粗相もしませんわね。どうぞお連れください。それにしてもさすがレイフ様の使い魔です、とてもすばらしい猫でございますね」


「そうじゃろ。どうだこの可愛い黒猫は。こやつは由緒正しい使い魔の血統猫なのじゃ」


「やはりそうでしたか。帝国筆頭魔道士のレイフ様にふさわしい、気品と核を感じますわ。それに何と愛らしいことでしょう」


「そうじゃろ、そうじゃろ。こやつを使い魔にしてから、見なそう言うのじゃ」


 高級クラブのママが、使い魔の猫を褒めちぎり、レイフも機嫌が良くなる。


「猫ちゃん、こちらにきて」


「まあ、何て可愛いんでしょう」


「猫さん、こっちにもきて~」


 そして、キャバクラ嬢にも使い魔の猫は、大もてであった。何しろ使い魔だから、普通の猫のように抱っこや触られることを嫌がらないのだ。女性にもてないはずがない。しかし、猫がモテるのと反比例して、レイフは置き去りになってしまう。女性の目は使い魔の猫に向かい、醜男であるレイフなど相手にしてもらえないのだ。


 しかし、使い魔がもてはやされるのは高級クラブだけではなかった。

 レイフが帝国の魔術師として仕事をしている際には、使い魔を連れて歩くのだが、そこでも使い魔の猫は大人気だった。血統書付きの猫の愛らしさに見せられレイフに話しかける人が増えたのだが、それは猫をかまいたいだけであり、その主であるレイフは、逆に邪魔者扱いであった。

 つまりレイフは、使い魔を持ったことで、逆に孤独を感じるという、哀れな状況となってしまった。


 そう、使い魔以下の扱いを受けてしまったレイフは、トラウマを負ってしまったのだった。


『うるせー。だから儂は、二度と使い魔なんて持たないと決めたんだ!』


「レイフ君、突然どうしたんだね?」


 そして、突然叫びだした整備ロボットレイフは、ヴィクターに不振な目で見られるのであった。



 ◇



 レイフは、アルテローゼ《レイフ》の側にガオガオのブラックボックスを運んだ。そして通信で呼び出していたレイチェルもタイミング良く格納庫に現れた。


『レイチェル、アルテローゼに乗ってくれ』


 レイフは、レイチェルをアルテローゼのコクピットに搭乗させて、魔法を使う準備を始める。


「一体何をするつもりなのです?」


『魔法で、ブラックボックスを解析するんだ』


「魔法が使えるようになったのですか?」


 レイチェルが、そんな事を聞いてくるのは、ガオガオとの戦いの後で魔法を使えなかったことが原因であった。あの時レイフは、壊れたアルテローゼを錬金術で修理しようとしたのだが、魔法が使えなかった。


『大丈夫だ。首都に戻ってきてから、試してみたら魔法は使えたよ』


 アルテローゼレイフは胸をどんと叩いてそう答えた。もちろん装甲に傷が付かないように力加減はしてある。


 錬金術が再び使えるようになったことで、アルテローゼの修理は、短時間で終えることができた。

 その修理の間、レイフはどうして魔法が首都の外で使えないか、理由を考えていた。そして気付いたのは、首都とその郊外では、魔力マナの密度が大きく違うことだった。


『(錬金術は他の魔法と違って、外部魔力マナを大量に使うからな。外部魔力マナが無い状況では魔法が発動できないのは当然か)』


 魔法陣を使った魔法や、ゴーレムを操作する魔法は、自分の中にある内部魔力マナを主に使う。しかし錬金術は、素材に働きかけるために膨大な魔力マナを必要とし、それは大気中にある外部魔力マナを使うことでまかなう仕組みとなっていた。

 前の世界では魔力マナは大気に満ちていたため、何処でも錬金術は使えたが、この世界では、錬金術を発動させるだけの魔力マナは、首都にしか存在しなかったのだ。


 なぜ首都と郊外で魔力マナの密度に差があるのか、その原因は不明であった。魔道士であるレイフは、魔力マナについて調査したかった。しかし、魔力マナを感じ取ることができるのはアルテローゼレイフだけである。、つまり調査するならアルテローゼを動かす必要があるが、機動兵器であるアルテローゼレイフはおいそれと動かせない。

 ヴィクターに魔力マナを検出する装置を開発できないか、レイフは依頼するつもりであった。


 ともかく、首都であればアルテローゼレイフは魔法を十分使える。レイフは、錬金術でブラックボックスにかけられた魔法を調査、解除しようと考えていた。


『上半身を起こすぞ。スティックを握ってくれ』


「分かりましたわ」


 上半身を起こしたアルテローゼレイフは、手にガオガオのブラックボックスを乗せる。レイチェルにスティックを握らせたのは、その方が魔法の制御に都合が良かったからである。


『よし、アナライズ分析魔法を発動するぞ』


 レイフがアナライズ分析魔法を発動させると、アルテローゼの手のひらに魔法陣が浮かび上がった。ブラックボックスは、アナライズ分析魔法に反応したのか、表面に複雑な魔法陣を映し出した。

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