第5話:Aパート

 地球と異なり火星の人口密度は低い。移民を初めて半世紀しか経っていない火星の総人口は地球の百分の一にも満たないのだ。つまり土地が余っているので高層建築ビルを建てる必要はなく、せいぜい二階建ての家を建てて住むのが普通のマーズリアンの住居状況であった。

 そんな状況でも地球からやってきた政治家や企業の経営者、火星移民でも富裕層に属する者達は、高層ビルに住むことを金持ちのステータスと考えていた。

 そしてヘリウム首都において、最も高いビルと言えば、火星行政府ビルである。その最上階に、火星行政府の主席であるレイコ・チシマのオフィスが存在した。


「それでは、革命軍の軍隊は撃退したと言うことでよろしいのですね? そうであれば非常事態宣言によりシェルターに避難させた市民を解放したいのですが」


『はぁ、そうですね。そう思っていただいてよろしいかと思う次第で…』


 レイコが話をしているのは、地球連邦軍の火星駐留連邦軍司令部の副司令…いや、今は基地の司令である人物だった。


 現火星司令の名は、オッタビオ・ファルネーゼ。階級は少将で、戦死した元司令が猛将とするなら彼は政治官僚と言った性格の人物である。オッタビオ少将は、後方支援任務で今の地位に上り詰めたとういう平和ぼけの軍隊にありがちな将官であった。

 また良いところの坊ちゃんでもあったオッタビオは、普通の兵士のような戦闘訓練すらほぼ経験せず、士官学校を卒業するとそのまま後方任務をこなして階級を上げたのだ。そのオッタビオ少将が、初の実戦で間違った判断をしたのも必然であったかもしれない。


 しかし、オッタビオ少将が間違った判断…降伏ではなく徹底抗戦を選択したことで、地球連邦軍は首都を防衛できた。いや実際には負けていた戦いだったが、アルテローゼレイフというジョーカーによって、連邦軍は負けを全てひっくり返すことができたのだった。


「分かりました。取りあえず非常事態宣言を解除して、市民はシェルターから解放します。それで、連邦軍は残った戦力で首都を…火星を革命軍の手から守ることは可能なのですか?」


『現在、司令部で状況を確認中ですが、首都の防衛部隊の被害はとても軽微とは言えない状況です』


 オッタビオは額の汗をハンカチで拭いながら、連邦軍の状況を説明する。


「それで、火星はおろか首都の防衛すら不可能だと仰られるの?」


 レイコが冷めた視線を送ると、オッタビオ少将の顔が青ざめる。

 地球の政治家に顔が利くレイコに取っては、火星駐留連邦軍司令を更迭させることも可能なのだ。オッタビオ少将としては、彼女の不興を買うつもりはない。


『いえ、大シルチス高原の方から撤退してきた兵士も戻ってきております。部隊を再編すれば、首都の防備は何とか行えるものと思っております。また地球と木星宇宙軍にも救援依頼を行っておりますので、一ヶ月以内には援軍が到着するでしょう。その戦力があれば火星の治安回復は確実かと』


 大シルチス高原での戦いで連邦軍は全滅したが、それは文字通り全ての兵士が死に絶える状態を示すものではない。実際連邦軍は兵士の半数が生き残っていた。彼等は元司令の将軍とその幕僚を含めた指揮官クラスがほとんど戦死したため指揮系統が混乱し、部隊の再編成すらできない状況だったのだ。


 巨人がアルテローゼレイフに倒され、通信妨害がほぼ無くなったことで、指揮系統の回復と部隊の再編を行い首都に帰還している最中であった。


「援軍が来るのは一月後ですか…。軍の現状は分かりました。一度は無条件降伏もやむ無しという状況から首都の防衛を成功させたオッタビオ司令の手腕に私は期待しております。引き続き首都の防衛に前職を尽くしてください」


 レイコは、援軍が来るのが一月後と聞いてため息をついたが、こればかりは火星と地球の距離があるため、如何ともしがたいことであった。オッタビオ少将に軍の全権を任せる事に決めると、彼女は通信を切る。


「本当に現状の戦力で首都は防衛できるのかしら…」


 レイコは頭痛を感じたかのように頭に手をやり、五十代のくせに三十代と言われてもおかしくない整った顔が、年相応に老けて見えた。


 美人アクション俳優として数々の映画に出演しヒットを重ね、俳優引退後は政界に転身した経歴を持つレイコ。政界に入ってから二十年の間、良識ある女性政治家として経歴を重ね、ようやく火星行政府の主席となった。女性政治家として正に立身出世の代名詞とも言える経歴である。これで後数年火星行政府の主席を務めれば、初の女性の連邦大統領となる目処も立ってきたのに、革命軍によってその経歴に泥が塗られたのだ。頭も痛くなるはずである。


「現在の戦力では難しいかと思われます」


 レイコの正面に直立不動で立っていた男が、手元のタブレット端末を操作すると、それを彼女に見せる。


 まるでジャパニーズ・ビジネスマンのような黒いスーツに身を固め、黒縁眼鏡・・・・をかけた年齢不詳の容姿を持つこの男は、レイコの秘書であった。レイコがタレント時代のマネージャであり、それから政界に進出したあとも秘書として付いてきてくれる人物である。公私を共に過ごしてきた、ある意味家族とも言える男性で、内縁の夫ではないかとゴシップが好きなマスコミでは噂されていた。


「このデータでは、連邦軍は巨人どころか革命軍の重機にすら全く歯が立たなかったようだけど…。サイゾウ、本当にそんな事がありえるのかしら?」


 タブレットに表示されていたのは軍の戦闘データであった。そこには軍の兵器が巨人どころか重機にすら通じなかったと報告されていた。


「どうやら、革命軍は射撃武器を無効化し通信を妨害する新技術を持っているようです。通信が妨害され射撃武器が役に立たないとなると、今までのロボット兵器はほぼ役立たずとなります。有人で操作され文字通り格闘戦ができる重機が圧勝したのもうなずけます」


 サイゾウはメガネをくぃっと持ち上げてそう結論づけた。


「じゃあ、連邦軍が部隊を再編しても無駄と言うことですね。となると革命軍との交渉は難しい物になりそうね。さすがに無条件降伏はできないわ」


 レイコは手を握りしめ、どうすべきか判断を下そうとしていた。


「主席、連邦軍にはあの巨人を倒し重機部隊を倒した新兵器があります。もしその新兵器が本当に存在するのであれば、革命軍と有利に話を進める事ができると思うのですが」


 サイゾウは、何処で入手したのかアルテローゼが戦っている動画をタブレットに表示させ、レイコに見せる。


「チッ、こんな新兵器があるなんてオッタビオ少将は一言も言わなかったわ。ああ見えて本当はかなりの狸なのかしら」


 レイコは動画を見ながら親指の爪を噛んでオッタビオ少将を罵った。


「狸なのか、狐なのか…調査を行いますので、しばしお時間をいただけますでしょうか」


「分かったわ。できるだけ早く情報を入手して頂戴。できれば首都の再建計画を立てる前にお願いね」


「御意」


 サイゾウはレイコに頭を下げると音もなく静かに部屋を出て行った。


「もうすぐ嵐がきそうね」


 レイコは窓から真っ黒な雲が空を覆っていくのを見て、そう呟いた。



 ◇◇◇


 地球連邦宇宙軍・技術研究所の格納庫。そこでは昼夜を徹し急ピッチでアルテローゼの修理が行われてた。もしまた革命軍が巨人のような兵器を持ち出してくると、アルテローゼでしか対応できないと言うこととが、修理を急ぐ理由であった。

 所長であるヴィクターも連邦軍の新司令であるオッタビオ少将から直々に命令されれば、従わざるを得なかったという事もある。それにヴィクターとしてもAIであるレイフが起こした奇跡にも等しい現象を解明したいという思いもあり、アルテローゼの復旧に全力を尽くしていた。


「所長、この部分の構造はって、どうなっているのでしょうか」


 研究所員αが、紙に印刷された・・・・・・・設計図を手にヴィクターの元にやってくる。


「済みません所長、この部分も配線が分からないのですが…」

「所長、ここのパーツがはまらないのですが…」

「所長、このセンサーのゲイン値は…」


 同じように研究所員β、γ、σが同様にヴィクターの元やってくる。このような状態で、現状ヴィクターは寝る間もないのであった。


 どうしてこんな状況になってしまったのか、その理由はアルテローゼのデータが破棄されたことが原因であった。バックアップから漏れていたのはAIの外部記録だけだと思っていたのだが、実は機体の設計図の一部もバックアップに入っていなかった事が判明したのだ。そのためまだ焼却処分されていなかった紙の設計図を元にアルテローゼの修理を行う羽目となってしまったのだ。

 そして、アルテローゼの機体を一番よく知っているのはヴィクターであり、職員が作業員の質問が彼に集中するのも当然であった。


「その構造はファイルA-35を見てくれ。配線はB-130だ。パーツは標準では入らないので角を削って入れてくれ。そのセンサーのゲイン値は120に設定だ」


 質問に答えながらヴィクターは、獅子奮迅ししふんじんの働きでアルテローゼの機体の修復に邁進まいしんするのだった。





 そして、巨人が倒されてから一週間後…機体の修復で可能な部分は全て終え、アルテローゼは格納庫の専用ベッドに横たわっていた。

 しかしアルテローゼのAIであるレイフが目覚めることはなかった。


「レイフ、どうして起動しないのですか?」


 レイチェルは、アルテローゼのコクピットでそう呟く。ここ数日何時間もコクピットに座って、彼女はレイフに呼びかけた。しかし、アルテローゼは沈黙したままだった。


「レイチェル、今日はもう休みなさい」


「…はい、お父様」


 背面のコクピットのハッチを開いて地面に下りたレイチェルは、機体修理とレイフの再起動の苦労でやつれ果てたヴィクターと顔を合わせる。目の下にクマができ無精髭だらけの顔は、まるでお盆と年末進行が同時に来た漫画家と担当編集のようだった。


「初めてレイフが起動したときとほぼ同じ事をしたつもりですのに…どうして目覚めてくれないのでしょうか」


「…レイチェル、それが分かれば苦労はないのだよ。済まない、お前に言うことではなかった…」


 ヴィクターはレイチェルに愚痴をこぼしてたことを恥じたのか、格納庫で雑魚寝したために寝癖だらけの頭をボリボリとかきむしった。


「いえ、お父様ががんばっておられるのは分かっておりますわ。…ですが、このままではお父様の方が倒れてしまいます。それに、そろそろお風呂にも入っていただかないと…」


 レイチェルは、何日もシャワーすら浴びていないヴィクターの体臭が凄い状態になっているのを指摘するかのように鼻を押さえた。


「えっ、そんなに臭うかね」


 ヴィクターはクンクンと着ている白衣の臭いをかぎ回るが、鼻が馬鹿になっているのか臭いに気づかないようだった。


「そうですわ。このままですと私お父様を嫌いになってしまうかも…」


 年頃の娘にとって、父親の加齢臭は一番嫌われる香りであることはヴィクターもよく知っている。前に研究所に泊まり続けてそうなったときは一週間ほどレイチェルがまともに話してくれなかったことを思い出すと、一目散にシャワールームに走って行った。


 そんなヴィクターの姿を見送ったレイチェルは、再びアルテローゼのコクピットに戻った。今日は食事とお花摘みトイレ以外ずっとこの狭い空間でレイフを呼び続けていた。


「レイフ、どうして目を覚まさないの。 記憶がなくなったことが原因なの?」


 機体に搭載していたストレージ外部記憶装置が壊れ、サーバーのデータも失われたため、現在アルテローゼのストレージに入っているデータは、一年以上前のバックアップから戻された物だった。もちろん一年前から現在に至るまでインストールされたと思われるアップデートやバグ修正を当て、それ以外のデータも思いつく限りインストールして、壊される直前の状態に近い状況にしてある。

 しかしアルテローゼの制御コアは、全く起動する素振りすら見せなかった。電源の供給も制御コアを起動するためのブート信号も正常に送られているのだが、コアの動作を示す信号出力が全く出てこない状況であった。

 「もしかして機体に組み込まれていない状態では起動しないのでは?」と、この一週間で巨人との戦い以前の状態に機体を修理し、コクピット・モジュールを組み込んだのだが、それでも制御コアは目覚めなかったのだ。


「レイフ…」


 レイチェルは何度目になるか分からないアルテローゼの機動手順を繰り返した。長時間コンソールを操作し続けたレイチェルの指は、幾つもの血豆ができていた。


 どうしてレイチェルはそれほどまでにレイフを起動させたいのか。それはアルテローゼレイフが、不思議な力を得た革命軍と戦える唯一の機体だからでもなく、彼女の危機を救ったからからでもない。レイフの存在をレイチェルの心が求めていたからであった。その感情を表す言葉をレイチェルは持ち得なかったが、強いてあげるなら父親に対する思慕に近い物であった。


「そうですわ。決して嫁なんかではありませんわ。それをレイフに伝えなければ…」


 レイチェルがそう思ったとき、コクピットのコンソールの一部が突然開いた。


「えっ、何ですの?」


 突然の出来事にレイチェルはびっくりするが、それよりも開いた箇所への好奇心が勝ったのか、彼女は突然開いた開口部をのぞき込んだ。

 開口部の奥にあったのは、黒くパッケージ封印されたブラックボックスであった。ブラックボックス、それは制御コアとデータロガーをなどをまとめたAIの心臓部である。最高機密の塊であり、研究所ではヴィクター所長だけが開くことを許されない物だった。

 しかし今、ヴィクターしか開けないはずのブラックボックスの一部が開き、そこから赤い光が漏れ出していた。赤い光を出していたのは、大人の拳の半分ほどの深紅の宝石であった。輝く深紅の宝石には多数の光ファイバーや超伝導コネクタが接続されており、それがアルテローゼの制御コアであるとレイチェルには思えた。


「どうして、制御コアが光っているのかしら…」


 赤い光に魅入られたようにレイチェルは深紅の宝石コアに手を伸ばす。そして深紅の宝石コアに触れようとした所で、慌てて手を引っ込めた。


「制御コアって精密な部品ですわよね。人が触ってしまったら多分駄目ですわ」


 じっと輝く深紅の宝石コアを見つめるレイチェル。その耳にレイフの声が聞こえた…様な気がした。


「まさかね。制御コアは演算装置。単独でAIとして動作するわけがありませんわ」


 頭をプルプルと横に振って、正気に戻ろうとするレイチェルだが、深紅の宝石コアに触れなければならないという気持ちが大きくなり、抑えきれなくなってきた。


「だ、駄目ですわ。もし触って壊してしまったら…」


 しかし、赤い光に魅入られたレイチェルの手は深紅の宝石コアに向かって伸びていく。


「お願い! レイフ帰ってきて」


 思わずそう叫ぶと、レイチェルはついに深紅の宝石コアに触れてしまったのだった。



 ◇◇


 ヘリウム《首都》で一番高いビルは火星行政府ビルであるとすると、一番深いのは地球連邦軍の火星司令部であった。戦争が起こらない平和な時代にあっても、司令部は核ミサイルの直撃に耐えられる防御を施すべきと火星司令部は地下に設けられたのだ。分厚いコンクリートと鉄の壁に囲まれた地下10階に火星司令部は存在する。


 作戦司令室は、巨大な火星儀を表示する3Dモニターとそれを取り巻くように設けられたオペレータ席で成り立っていた。通常なら二十四時間体制で人が詰めている場所なのだが、大シルチス高原で連邦軍が大敗した後、オペレータの人員すら事欠く有様で、まばらにしかオペレータが座っていない状況だった。


 革命軍の首都侵攻部隊が全滅した後二週間ほど静かであった作戦司令室だが、現在はオペレータ達の間に緊張が走っていた。オペレータ達は何かを探しているのか、3Dモニターに地表の画像が表示されては消えるという光景が繰り返されていた。


「私を呼び出すとは、一体何事だ。革命軍がまた攻めてきたのかね?」


 作戦司令室にやって来たのは、寝間着姿のオッタビオ少将であった。彼はつい先ほど業務時間を終えて、眠りについた所だった。それが緊急事態と言うことでたたき起こされ、そのまま作戦司令室にやって来たのだった。

 オッタビオ少将は、右手には枕を抱えており早くベッドに戻りたいという意思がその眠そうな顔にありありと見えていた。


「オッタビオ司令、これを見てください」


 オペレータの一人の背後で指示を出していた赤毛の男性が、3Dモニターに映し出された映像を指さした。


「この映像…偵察衛星からのものか。…何処にも革命軍など見えないではないか。アッテンボロー君、革命軍がやって来ていないなら、私は部屋に戻るぞ」


 オッタビオ少将は、大きなあくびをして作戦司令室から退出しようとする。


「オッタビオ司令、お待ちください。君、画像を拡大してくれ」


 赤毛の男性…アッテンボロー少佐の指示に従って、オペレータは映像の一部を拡大した。

 このアッテンボロー少佐は、先の戦いで前司令の無謀な作戦に反対して留守番に回された作戦参謀である。三十二歳と若いが、士官学校を次席で卒業した英才である。


「んんん?これは何かね。土煙が立っているようだが」


 映像が拡大すると、赤茶けた荒れ地に何物かが移動しているのか、土煙が立っていた。


「オッタビオ司令、これが赤外線分析の結果です」


 土煙を赤外線で解析した画像が表示される。その画像には、奇妙な物が映し出されていた。


「四足歩行の生き物じゃないか。まさか野良犬が走っているだけで私を呼び出したのかね」


 オッタビオ少将が再びあくびをする。偵察衛星からの画像、しかも土煙の中を赤外線で解析した画像は不鮮明であったが、四足歩行の生物らしき物が映し出されていた。


「オッタビオ司令、これは偵察衛星からの映像です。幾ら火星でも、こんなサイズの犬はいませんよ」


 映像に物体のサイズを示すスケールが表示され、四足歩行の物体の大きさが判明する。その全長はしっぽを含めると20メートルほどもある。火星の重力が地球より小さく、生物が巨大化する傾向にあるとは言え、そんなサイズの犬は存在しない。


「巨大な犬という線は…」


「これがオッタビオ司令の夢ならそんな事もあり得ますが、これは紛れもない現実ですよ。何なら私が司令を殴って目を覚まさせてさし上げましょうか?」


 まだベッドに戻りたい様子のオッタビオ少将に苛立ったのか、アッテンボロー少佐はかなり過激な言葉を吐く。


「ふぅ~。これは何処の映像だね? 敵の数は? ああ、それとコーヒーを持ってきてくれたまえ。そう、なるべく濃いやつを頼む」


 さすがにベッドに戻るのをあきらめたのか、オッタビオ少将は秘書官にコーヒーを持ってくるように命令すると、司令官の席についてアッテンボロー少佐の話を聞く体勢になった。


「ヘスペリア平原です。それと敵の数は今のところこの一体…いや一両と思われます」


「…今度は反対側から攻めてきたのか」


 ヘリウム《首都》の西にある大シルチス高原に対して、ヘスペリア平原は東に広がっている広大な平原である。湿地が多いため重機では移動が難しいため、前の戦いでは革命軍は遠回りでも大シルチス高原を経由して攻めてきた、しかし今度は謎の敵が一体だけである。


「重機部隊が随伴していないことから、最短距離であるヘスペリア平原から攻め込んできたのでは」


「敵も戦力が無いのかね~?」


 オッタビオ少将は、アッテンボロー少佐の説明に頷くと、ちょうど秘書が持ってきたコーヒーをズズズッと啜った。


「先の戦いから二週間経ちますが、火星の各都市は、連邦に付くか革命軍に付くかまだ迷っている状況です。やはり首都攻略に失敗し非武装のシャトルを撃墜したことが響いているのでしょう。オリンポスには他の革命軍からの援軍は来ておりません」


「くっくっくっ、私が徹底抗戦を命じ首都攻略に失敗した事が効いているわけかね」


 オッタビオ少将は首都防衛で徹底抗戦を命じたことが正解だったと含み笑いをするが、アッテンボロー少佐は呆れた顔で少将を見ていた。


「それで迎撃部隊を出したいのですが」


「そりゃ、出すべきだな。…というか部隊の再編は終わっているのかね?」


「まだ、再編中です」


「なんだと、それは困るぞ。アッテンボロー君、どうしてさっさと再編を終わらせなかったのだね」


 連邦軍の再編が終わっていないと聞いて、オッタビオ少将はアッテンボロー少佐を叱る。


「(本来貴方の仕事なんですがね)敗残兵である軍を再編しようにも、指揮官が足りないのです。それに武器も弾薬も足りてません」


「そんな物企業から徴発すれば…」


「オッタビオ司令は、連邦軍を山賊にでもしたいのですか?」


「いや、冗談だよ。それぐらい分かってくれたまえ」


 オッタビオ少将は、アッテンボロー少佐の眼光に恐れをなしたのか冗談だと言い訳する。


「(絶対本気だったな)それに、接近してくる敵が、先の戦いの巨人・・と同じ物であれば、通常の連邦軍では戦いになりません」


 アッテンボロー少佐は、連邦軍が巨人に全く歯が立たなかったことを知っており、その二の舞を演じたくはなかった。


「…では、例の研究所の機動兵器に出撃して貰うしかないのかね」


「…現状それしかないでしょう。(研究所には悪いが、勝つ見込みのあるのは彼等だけなんだ)」


「じゃあ、お願いしようか」


 オッタビオ少将は、秘書から通信端末を受け取ると研究所に出撃依頼を命じるのだった。

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