第1話:Bパート

『なぜ、レイチェルが完成している。しかもあの体にぴったりとした変わった服は何じゃ、儂の嫁にあんな服装を着せるとは、けしからんが…うむ、何を着てもレイチェルは可愛いのじゃ』


 レイフはレイチェル彼女の映像をなめ回すように観察して、しばらくはぁはぁしていた。


『…いかん、いかん。思わずレイチェルに見入ってしまった。しかし、レイチェルはなぜあんな服を着てちかちかと光る宝石のような物がちりばめられた部屋で椅子に座っておるのじゃ。…そもそも、儂は何を見ているのじゃ? 儂は一体どうなっておるのじゃ?』


 ようやくレイフは、自分の現状がおかしな事に気づくのだった。


『(まず、この見えて・・・いるレイチェルは、何なのじゃ?)』


 レイフが頭の中に浮かんだ映像について不思議に思ったところ、


(コクピット内カメラシステム正常稼働中.コクピット内の音声と映像は外部回線に正常に転送されています)


 レイフの頭にとも文字・・とも取りかねる内容が伝わった。


コクピット・・・・・? 何じゃそれは?』


 レイフは思わず聞き返したが、もちろん返事は返ってこなかった。


 その代わり、今度は別の映像がレイフの頭に浮かび上がった。


 今度の映像は、白い簡素な聖職者の装い白衣をまとった中年男性の映像だった。しかも一人だけではなく、同じ服を着た男女が慌てた様子で走り回っていた。

 中年男性はおそらく四十代後半、レイチェルに似た雰囲気を漂わせた神経質そうな面長の顔立ちだった。


『レイチェル、今の声はどうした? まさかHM-XXX-001アルテローゼ反応した喋ったのか?』


 映像の男の口が動くと、レイフが知らない言葉がから聞こえてきた。彼の話す言葉は、レイフが聞いたこともない言葉だったが、話している内容は良く理解・・できた。


「お父様。いまアルテローゼが私の名前を呼んだのです」


 映像のレイチェルにもその言葉が通じているのか、彼女は返事を返す。そう、レイチェルもレイフの知らない言葉で話していたが、彼女の話す内容も問題なく理解することができた。


『アルテローゼがレイチェルお前の名前を呼んだと? そんな馬鹿な事があるはずが…。HM-XXX-001アルテローゼは試作機以前の機体だ。AIすら動作していなかったのに、パイロット登録できているはずがないのだが…』


 レイチェルの言葉に中年男性は驚いて、しばらく考え込んでしまった。


「いいえ、お父様。私は確かに、アルテローゼが『レイチェル』と言うのを聞きました。嘘ではありません本当です。…アルテローゼ、貴方は起動したんでしょ?」


 レイチェルの映像は、レイフに話しかけるようにアップとなった。そして繰り返し「アルテローゼ」と話しかけるのだった。


 しかし、話しかけられたレイフは、別な事でショックを受けて、レイチェルに返事をすることも忘れていた。


『(馬鹿な、この中年の冴えないおっさんがレイチェルの父だと? レイチェルの父は儂のはずじゃ! ついでにレイチェルは儂の嫁じゃ!)』


 冴えないおっさんとレイフは言うが、レイチェルの父親とおぼしき人物は、神経質そうな顔つきではあるが銀髪のロマンスグレー漂う美中年である。持てない要素満載のレイフとはビジュアル的に雲泥の差があるのだ。

 某お姫様養成ゲームじゃあるまいし、父親で嫁とかレイフは馬鹿な事を言い出していた。


『(五月蠅いぞナレーション。…うむここで悩んでいても仕方ないわい。さっき儂がレイチェルの名前を呼んだとき言葉が通じたという事は、儂が喋れば映像この中のレイチェルと話ができるかもしれん。うむ、彼女と話して儂がどうなっているのか教えて貰うのじゃ)』


 ナレーションの突っ込みで気を取り直したレイフは、映像のレイチェルと話をして現状を教えて貰うことに決めたのだった。


『あーあー、レイチェル。聞こえていたら返事をしてほしいのじゃが』


 レイフが映像のレイチェルに向かって話しかけると…


(音声ガイドシステム起動)


 また不可思議なが聞こえた。


「…っ! お父様、アルテローゼがまた話しました。私の名前を呼んでます。お父様、やはりアルテローゼは稼働してますわ」


 レイフの呼びかけが聞こえたのか、レイチェルはうれしそうに微笑んで、中年男性お父様に呼びかけた。


「…私にも聞こえた。…しかしこちらのモニターでは、HM-XXX-001アルテローゼのメインシステムの起動は確認できてないのだが…。一体何が起きているんだ」


 映像の中年男性お父様は、天を仰いで絶句してしまった。


『あのー、レイチェル? できればお話をして儂がどういう状況なのか教えて貰いたいのじゃが』


 どうやら言葉は通じたようだが、返事をしてもらえなかったレイフは、再びレイチェルに話しかけた。


状況・・? はっ、そうよ、アルテローゼが起動したなら、みんなを助けに行かないと。…アルテローゼ、機体の状態を教えて頂戴」


 しかしレイチェルは、レイフとのお話をするつもりが無いどころか逆に彼に『機体の状態』とやらを尋ねてくるのだった。


 自分の状態すら不明なレイフに、機体の状況とか言われても答えられない。


 当然、


『機体の状況? 何じゃそりゃ』


 とレイフは返事をするが、


「何を言っているの? アルテローゼ、貴方がどんな状況か早く教えなさい」


 レイチェルは金髪ドリルを振り乱して、レイフを叱りつけた。


『しかし、儂自身の状況が分からないのに、機体・・とやらの状況は答えられんぞ。(おお、儂が設定した通りの強気な性格じゃ)』


 そんなレイチェルの映像にレイフは、自分が設定した性格通りだと背筋がぞくぞくする感覚を覚えていた。レイフの女性の好みは強気な女性であり、そのような性格でレイチェルを設定するつもりだったのだ。


? お父様はどうしてこんな変な一人称を設定したのかしら。いいから、機体が動けるかチェックしなさい」


 レイチェルがそう命じると、


(コマンドアクセプト.動力及び、駆動部のチェック開始…………完了.現在の機体の状態を表示します)


 また不可思議なが聞こえ、そしてレイフの頭の中に別なイメージが浮かび上がった。


 浮かび上がったイメージには、巨大な人型が描かれていた。そのイメージでは、心臓の辺りに動力部・・・と書かれており、その動力部から伸びる線が手足や体の隅々まで行き渡っていた。


『巨大な人型? まさかこれはゴーレムの設計図なのか? じゃが、なぜそれと儂に何の関係が…』


 イメージを見て、ゴーレムマスターであるレイフは一目でそれが人型ゴーレムと見抜いてしまった。しかし、それとレイフがどうして繋がるのか全く分からず、彼は首をひねるばかり…いや今のレイフには首はないのだった。


「ゴーレム? アルテローゼ、何を言っているの、貴方はロボット…違った人型機動兵器・・・・・・なのよ?」


 レイフの『ゴーレム』という発言がお気に召さなかったのか、レイチェルは呆れた様子でレイフに語りかける。


『(人型機動兵器・・・・・・とは何なのじゃ?ゴーレムとは違うのか?)』


 レイフの頭がハテナマークで埋まりそうになった時、


(人型機動兵器とは、ロボット兵器の中でも大型の人型二足歩行形状である機動兵器の総称である.本機もその区分に属する.なおメインシステムの起動を確認したため、本サブシステムは制御権をメインシステムに移行します)


 再びが聞こえて来ると、レイフに何か・・が接続された。


 そう、接続されたのだ。レイフの頭の中にサブシステムが持っていたすべての情報が伝わってきた。

 膨大な情報がレイフの前に表示され、そして取り込まれていく。


『…そうか、儂は人型機導兵器ゴーレムに生まれ変わったのか』


 レイフは自分が、形式ナンバー HM-XXX-001。開発名称アルテローゼと呼ばれる人型機動兵器として生まれ変わったことを理解・・したのだった。


「…アルテローゼ? どうしたの、返事をして。生まれ変わったとか言っていたけど、まさかバグって落ちてしまったのかしら…」


 人型機動兵器として生まれ変わったことを理解・・したレイフは、一時呆然としていた。彼を正気に戻したのはレイチェルからの呼びかけだった。


『レイチェル、儂の名はレイフだ』


「よかった、落ちてなかったのね…ってレイフって誰のこと? 貴方はアルテローゼのメインAIのでしょ?」


 レイチェルはレイフが答えたことに一瞬安堵の表情を浮かべたが、彼がレイフと名乗ったことで、その形の良い眉をひそめた。


『儂は…儂はアルテローゼではない。いや、儂の体はアルテローゼという人型機動兵器だが、そのメインシステム意思レイフというゴーレムマスターの意識なのじゃ。なぜこんな事になってしまったのか、儂にも全くわからないのじゃ』


 レイフはレイチェルに自分の現状を説明したつもりだったが、


「お父様…これは一体?」


「レイチェル、どうやらアルテローゼのメインシステムは暴走しているようだ。元々アルテローゼは試作機以前のコアの機能検証用の機体。そんな物を戦いに使うことはできない。あきらめて降りてきなさい」


 レイチェルは困惑し、その父はレイフの発言をシステムの暴走と思ったようだった。


「…でも、今は少しでも戦力が必要なのでしょう。アルテローゼでも動けば盾ぐらいにはなるはず。もう一度システムを再起動してみます」


 そう言ってレイチェルはシステムをリセットするために操縦席のパネルを操作し始めた。


『ま、待て。レイチェル、待つのだ。儂は暴走などしていないぞ。…その証拠にほれ、機体もこうやって動かせるのじゃ』


 レイチェルの行動を見てレイフは慌てた。彼にしてみれば折角目覚めたのにシステムリセットで再び意識をなくすのは願い下げである。

 ここは彼女の役に立つところを見せるべきと、慌てて腕を動かそうとしたのだが…。


『どうしてじゃ、動かんぞ』


「動かないですね」


 腕はぴくりとも動かなかった。


『(どうして腕が動かんのじゃ。システムチェックでは正常に動作しているはずじゃが…)う、動け儂』


 サブシステムから受け取った情報で、レイフはアルテローゼの機体のシステムをすべて把握した。動力やその伝達系や体を動かす駆動系、各種知覚センサー全てがレイフの思いのままに動作するはず…だった。レイフは必死に機体を動かそうとしたが、駆動系はぴくりともしなかった。


「レイチェル…すまない。今アルテローゼその機体に付いている超電磁アクチュエータはほとんどがダミーなのだ」


 機体が動かないと焦るレイフとシステムをリセットするか迷っているレイチェルに、彼女の父親からとんでもない爆弾発言がなされたのだった。


「駆動系がなければ動かないのは当然ですわ。お父様、なぜそんな状態なのですか。いつもアルテローゼはメインシステムが起動すれば、完成も同然と仰っておられたではないですか」


 レイチェルは父親の突然のカミングアウトに驚きを隠せないのか、金髪ドリルをプルプルと震わせた。


「レイチェル…この研究所の予算も実はカツカツなのだ。軍も動かない機動兵器に回す予算はないと言われてな…。とにかくアルテローゼそれは動かないのだ。あきらめて降りてきなさい」


「そういうことは、私がアルテローゼを動かそうとする前に仰ってください! もうお父様なんて嫌いです…」


 レイチェルは、怒りのあまりコンソールをバンバンと叩いて、仕舞いには泣き出してしまった。


 一方レイフは、駆動系がダミーと聞いて、自分の機体に逆に興味を持ってしまった。そう世界最高のゴーレムマスターの血が騒いだのだ。


『(ふむ、駆動系がダミーじゃ動かせるわけもないの。どれ、その超電磁アクチュエータとやらは、どんな構造なのじゃ。…ふむふむ、なかなか興味深い構造じゃ。超電磁とかどのような原理かわからぬが、材料さえあれば…)』


 レイフは超電磁アクチュエータの情報をデータバンクから引き出し、構造を読み取った。ファンタジー世界の住人だったレイフにはこの世界の科学の結晶である超電磁アクチュエータがどのような原理で動いているかは理解できなかったが、その構造がわかれば材料さえあれば作り出せる。


 レイフはアルテローゼのメインカメラを起動させると、周囲を見回した。アルテローゼが置かれていたのは機動兵器の整備棟のような場所だった。あいにく他の機動兵器は出払っているのか見当たらなかったが、整備用の作業機械がいくつか並んでいた。

 レイフはそのうちの一つフォークリフトのような機械が使えそうと判断した。


『儂の錬金術の腕がなまってなければ良いのじゃが。フン…』


 レイフが気合いを入れ、魔力マナを放出する。するとフォークリフトの上に直径五メートルほどの魔法陣が現れた。魔法陣は一旦球状の魔法式に分解され、フォークリフトの車体を包み込むと、それを部品単位で分解していった。


『シリコン、鉄、ニッケル、チタン、金に材料は全てあるな。後は、これを腕に融合するのじゃ』


 レイフが念じるとフォークリフトの部品はアルテローゼの右腕に纏わり付き、ダミーの駆動系を巻き込んで、その形を変えていった。ネジがビスが、基板が、構造材が、ケーブルがまるで魔法のよう…いやこれは魔法だったが、右腕を作り替えていく。

 一分とかからず、アルテローゼの右腕は本来あるべき姿に形を変えていた。


「何が起きたのだ?」


「お父様、一体どうしたのですか? アルテローゼ、錬金術と言っていましたが、貴方は一体何をしたのです」


 降りなさい、降りません、と問答を続けていたレイチェル親子だったが、レイフが錬金術で右腕を作り出したことに驚き、言い合いを止めた。父親の背後にいた白衣を着た人達…研究所の職員たちも目の前で繰り広げられた非常識な光景に目を奪われ動きを止めていた。


『これで右腕は動くようになったはずじゃ。ほれ…』


 レイフは具合を確かめるように右手を動かすと、彼の思うがままにアルテローゼの右手は動き出した。


「馬鹿な、どうしてアルテローゼの手が動くんだ?」


「アクチュエータどころかセンサーも構造材もダミーだったはずだぞ」


 レイチェルの父親は固まったままだが、研究員達は動き出した右手をみて騒ぎ立てていた。


 しかし、レイフは右手を動かしながら、自分が成したことに疑問を感じていた。


『(あれだけの短期間でこんな事右手の創造が可能か。魔力マナの放出量と魔法式の構成速度が以前とは桁違いじゃ。今の儂の体は一体どうなっておるのじゃ)』


 レイフは右手を作り出せることは分かっていたが、これほど短時間で成し遂げられるとは思っていなかった。以前のレイフであれば最低でも一時間かかる工程だったのだ。


『まあ、今はそんなことは良いのじゃ。上手くいくなら全部やってしまうぞ』


「アルテローゼ、何をするつもりなの?」


『儂はアルテローゼではない、レイフと呼ぶのじゃ』


 レイフは再び魔力マナを放出し、周囲の作業機械をかき集め分解していった。それが機体に纏わり付くとアルテローゼの体が右手を作り出したときと同じように分解、再構築を始めるのだった。


「…、レイチェル! 大丈夫なのか」


 右腕を作り出したことがショックなのか固まっていたレイチェルの父親だが、機体前部の再構築の光景に我を取り戻したようだった。


『案ずるな。儂がレイチェルに危害を加えるわけがなかろう』


「誰が嫁なの?」


「娘を嫁?」


 もっとほかに驚く点があるだろうと言いたいが、レイチェル親子はレイフの発言に驚くのだった。


 キューン、キューンと金属質の音が消えると同時に魔法式の球も消え、右腕と同様に一分ほどで機体の再構築は終わった。

 そして、そこに在ったのは身長18メータあまりの巨人の姿だった。しかしそれはレイチェル親子が思い描いていた人型機動兵器の姿ではなく、まるで西洋の騎士のような姿であった。


『外観は儂の趣味で変えたが、これが儂の機体じゃ。そうじゃな、おぬし達はアルテローゼとか呼んでおったようじゃが…うむ、儂の体じゃ、レイフ・アルテローゼとでも名付けるかの』


 レイフは、そう言って機体を立ち上がらせた。できあがったばかりの機体だというのに、軋みや擦過音も立てず、アルテローゼは大地に立ったのだった。

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