ゴーレムマスターの愛した人型兵器

お化け屋敷

第1話:プロローグ

第1話:Aパート

 ドラゴンからゴブリンまで様々な魔獣が闊歩し、それと競うかのように人間やエルフ、ドワーフたちが国を築きそして冒険や戦争に明け暮れる。それが剣と魔法が支配するヴースと呼ばれる世界である。この物語は、その世界のとある地下迷宮から始まるのだった。


 ◇


 ヴースでも最も大きいオリムピア大陸。その中央にそびえ立つ、噴煙を上げ、時おり噴火する巨大な火山。オリンボスと名付けられた火山の中腹に人目を避けるかのように地下迷宮への入り口が存在し、その小さな石造りの祠にのような入り口を抜けると、侵入者を撃退するための数々のトラップが設置され、多数の護衛ゴーレムが守る広大な地下迷宮が広がっていた。


 生半可な侵入者であれば、100メータも進まないうちに、トラップかゴーレムに始末されてしまう、そんな地下迷宮の最下層には、魔王の部屋でも、ドラゴンの寝床でもなく、ごく平凡な小さなノブが付いた扉が存在した。


 そして扉にかかっているドアプレートには、「世界最高のゴーレムマスター・レイフの部屋 在室中」と書かれていたのであった。


 ◇


 当たれば人を丸焦げにしてしまうだろう、巨大な稲妻が部屋の中を飛び交っていた。そのバリバリと音を立てて飛び交う稲妻は、部屋の中央に描かれた魔法陣の力場に捕まると、その中央に置かれた深紅の宝石に吸い込まれていった。大人の拳ほどの深紅の宝石は、稲妻を吸い込むたびにその輝きを増していくのだった。

 そんな光景がどれだけ…いや永劫に続くかに見えたが、一際大きな稲妻が瞬き、宝石に吸い込まれたところで、唐突に終わりを告げた。

 稲妻の消滅と同時に魔法陣はその輝きを失い、力場も消え失せていた。


 輝きを失った魔法陣とその中央で眩しく深紅に輝く宝石。白衣を着た男が、近寄ると宝石を取り上げた。

 そして、


「ふふふふふふっ…ひゃーっはっはっはっ…ゴホッゴホッ」


 と彼はご機嫌な様子で一頻り高笑いをして…咳き込むのだった。


 ここで紹介すると、宝石を手にした白衣の男、彼こそ本物語の主人公レイフであった。


 レイフは、深紅の宝石賢者の石を高々と掲げると、


「火山のエネルギーを魔力マナに変換すること5年…。ようやく賢者の石の準備が整ったのじゃ。…これでようやく、儂の夢である至高のゴーレムが完成するのじゃ」


 そう叫んで、そして手から深紅の宝石賢者の石落としそうになり、慌ててお手玉をしてまうまという残念な主人公であった。


 ◇


 深紅の宝石賢者の石のお手玉を終えたレイフは、彼の背後に設置された、作業台に向かった。いや作業台といったが、その上には女性が一人横たわっていたことから、これはベッドだったのかもしれない。


 レイフは踏み台・・・に乗ると、ベッドに横たわる女性に深紅の宝石賢者の石を見せつけるように掲げた。


「これを組み込むことで、レイチェルお前は真に思考するゴーレム、そう至高のゴーレムとなるのじゃ。そう、思考する至高のゴーレム…クック」


 自分で呟いてしまった親父ギャグに自分で受けて笑っているレイフに対し、ベッドに横たわるレイチェル彼女は目を閉じ無言であった。息もせず心臓も鼓動していないが、レイチェル彼女は死んでいるわけではない。金髪ドリル、長いまつげ、サクランボ色の唇、本当に人間の美少女に見えるが、レイチェル彼女はレイフが作り出したゴーレムなのであった。


 この世界ヴースでは、ゴーレムといえば労働や戦争に使われる物であり、土、木、石又は金属で作られた巨人であった。

 しかしレイフが作ったレイチェル彼女は見た目は完璧に人の女性である。なぜレイフがそんな女性型のゴーレムを作ったかというと…。


 レイフは当年三十九歳であり、立派な成人男性である。しかしベッドをのぞき込むのに踏み台・・・を使ったことから分かるように、彼の身長は極端に低かった。

 更に三十代であるのに頭髪は全て白髪であり、頭頂部には毛が無い…俗に言うカッパ禿げであった。

 更に更に加えて、レイフの顔は、右目は瘤でつぶれており出っ歯の口周りと言い、素直に醜男といった方が良い容姿であった。

 つまり、レイフは全く女性にモテない要素が満載の男であった。

 世界最高の能力を持ったゴーレムマスターであるのに、モテなかったのだ・・・・・・・・


 …大事なことなので二度言いましたが、女性にモテなかった…それがレイフがレイチェルという女性型のゴーレムを作った理由であった。


「世の中の女に見る目がなかったからじゃ。男は外見じゃないわい!」


 レイフは、非常識にもナレーション・・・・・・に突っ込みを入れたが、普通の人からは彼が突然独り言を言い出す変人と受け取られており、そんな点も彼がモテない理由の一つであったのだ。


 ◇


 とにかく世界最高のゴーレムマスターとして、この世界ヴースでも屈指の軍事国家、ゼノビア帝国に筆頭魔道士として仕え、多くの人に尊敬とあこがれを懐かれていた、いや実際は彼の幻想であり、全く女にもてなかったレイフは、ある日こう考えたのだ。


 『現実のリアル女性では、儂の魅力に気づかないのじゃ。…そう、儂は世界最高のゴーレムマスターじゃ。自分で最高の人型ゴーレムを作れば良いのじゃ!』


 古今東西、この世界ヴースで人と見間違うほどのゴーレムを製作に成功した者はいない。簡単な命令しか実行できない為、おおむね単純な力仕事や戦いや護衛向けであるゴーレムをわざわざ人サイズで作る必要性がなかったのだ。


 ともかく自分で人型ゴーレムを作り出そうと思ったレイフは、思い立ったその日のうちに、帝国の宝物庫から国宝とされる深紅の宝石賢者の石と宝物をちょろまかし、行方をくらましたのだった。

 そして帝国から遠く離れた国で宝物を売り払い資金を調達したレイフは、再びゼノビア帝国にとって返すと、大陸一の大火山の中腹に地下迷宮ダンジョンを作り上げ、至高のゴーレム製作に取りかかったのだった。

 わざわざ危険を冒してゼノビア帝国に戻ったのは、まさか国外に逃げ出した者が、指名手配されているその国に再び戻ってくるわけがないだろうという事と、大陸一の大火山、オリンボス火山のエネルギーが研究に必要だったからである。


「…ナレーション外野がゴチャゴチャと五月蠅い。…ふん、まあ良いわ。賢者の石こやつを設定して、レイチェル彼女に組み込まねば。くくくっ…そうすれば我が最高傑作、至高のゴーレムの…いや、我が嫁・・・の完成じゃ」


 レイフは気持ち悪く笑うと、踏み台・・・から飛び降りて深紅の宝石賢者の石を巨大な魔方式と水晶を削ったクリスタルが組み合わさった巨大な装置に取り付けた。


 この装置は、ゴーレムの基本動作や知識などを核である賢者の石に書き込む、言ってみればプログラミング装置であった。

 単純な命令を実行するだけのゴーレムであれば、このような巨大な装置を使う必要はなく、魔法でゴーレムの核…だいたい宝石なのだが…に書き込む事で事足りる。しかし今回レイフが作ろうとしているのは、人間とほぼ同じ動作、いや人間と同じ思考するという前代未聞の人型ゴーレムである。当然核に書き込む情報は通常のゴーレムの比ではなく膨大なモノである。

 そんな情報を普通のゴーレムの核に使うような宝石に書き込める訳もなく、それ相応のモノ・・が必要となる。それがゼノビア帝国の国宝とされる深紅の宝石賢者の石だった。レイフは筆頭魔道士という地位から国宝の賢者の石がそれだけのキャパシティを持つことを知っていたため、持ち出したのだった。


「この大きさの賢者の石であれば、人と同じように考えて行動するゴーレムの核に十分じゃ。いやそれだけではなく、人の全てを記録することも可能じゃろうて。しかし、賢者の石の書き込み装置の開発に3年、魔力マナチャージに1年もかかるとはさすがの儂も思わなかったのじゃ…」


 普通のゴーレムの核に術式を書き込むのがフロッピーディスクにとすると、賢者の石への記録は100テラバイトのハードディスクにデータを書き込むぐらいの技術が必要となる。理論は同じでも書き込む精度と密度が桁違いなのだ。ここは本来数十年かかる技術革新を三年で成し遂げたレイフの技術力と執念をたたえるべきだろう。


「さて、まずは基本術式から書き込むのじゃ」


 レイフはそう言って装置の制御盤である魔方陣に手を添えると魔力マナを流し始めた。

 魔力マナによって魔方陣が光り出すと、装置のクリスタルの中に光り輝く文字で書かれた膨大な魔法式が浮かび上がり、他の魔法式と光り輝く線で結ばれていった。


 この光り輝く魔法式は、ゴーレムの制御を行うプログラムのような物である。術者が魔方式を念じながら魔力マナを魔法陣に送る事でゴーレム核の宝石に書き込むのだが、 一つの魔法式で簡単なゴーレムならそのまま動かせる物である。

 しかしクリスタルの中に浮かび上がった魔法式は数千、いや数万単位であった。しかもその膨大な魔法式はそれぞれが複雑に光の線で結ばれていた。恐らく他のゴーレムマスターがこの光景を見たら驚愕するような光景であろう。レイフが行っている作業は、それほど非常識なモノであった。


「くぅ、さすがにこの装置のサポートがあってもキツいの~。……もう少しで完成じゃ」


 脂汗を流しながらレイフは魔力マナを操作する。そして数万の魔方式が光の渦になり、集約し回転し始めた。


「よし、完成じゃ。よし書き込み開始じゃ…」


 レイフが魔方式を完成させ、賢者の石に書き込みを開始した、その時だった。


 チュドーン


 モクモクと煙と火を上げて、部屋の扉が吹き飛んだ。


「へっ?」


 レイフは間抜けな声を上げて扉の方を見ると、煙を吹き払って数名の人影が部屋に飛び込んでくるのに気づいた。


「悪のゴーレムマスター・レイフ。覚悟しろ」


「そうよ、悪逆非道な魔道士レイフ! 貴方は裁かれるべき」


「汝、邪悪なり」


 部屋に入ってきたのは、戦士風の若い男と、魔道士風の女性、そして聖職者らしい中年の男性だった。


「な、お前らは何者じゃ」


 レイフは今賢者の石に書き込みを行っており、もしここで作業を中断したら賢者の石は粉々に砕け散ってしまう。つまり彼は、書き込みが終了するまで動くことも魔法を使うこともできない状況だった。

 そんなレイフができたのは彼等を誰何することだけだった。


「我らは勇者一行」


「そう、ゼノビア帝国に仇なす邪悪な魔道士を討伐する。それが私達の使命」


「邪悪滅すべし」


 レイフの誰何に、三人はびしっと彼を指さしてそう言い放った。


「な、ゆ、勇者一行?」


「そうだ」「そうよ」「悪即漸」


 驚愕するレイフに、三人は不思議な…戦隊物の決めポーズを取っていた。


『ナレーション、戦隊物とか何だよ…。しかし勇者とか、そんな連中聞いたこともないぞ。儂がいなくなってから帝国はどうなったのじゃ?』


 レイフの知る限り帝国に勇者・・という者は存在しなかった。レイフは不思議に思いながらも賢者の石への書き込みを中断するわけにも行かず、必死に魔力マナを操作を続けるのだった。


「今は取り込み中じゃ。後で出直してくれ」


 レイフは彼等にそう言ったが、


「問答無用」


「これでも喰らいなさい」


「これが神の裁きです」


 勇者一行は、聞く耳持たずとレイフに襲いかかった。


「ば、馬鹿者。今儂が失敗すると…ぎゃあぁ…」


 レイフは、魔法使いの炎の魔法に焼かれ、聖職者の神雷に撃たれ、そして勇者の聖剣に心臓を貫かれてしまった。


「成敗」


「ビクトリ-!」


「南無~」


 ああ、情けないレイフは死んでしまったのだった。(ナレーション合掌)



◇◇◇◇◇



『…』


「…がい」


『……』


「お願い」


『………』


「お願い! 動いてアルテローゼ!」


『…………ん?』


 レイフは、女性の必死な声を聞いて意識を取り戻した。


『儂は…死んだはずでは?』


 レイフの記憶にあるのは、勇者の聖剣に貫かれ殺された時まで。


「お願い、貴方が動かなきゃ、みんな死んじゃう」


 不思議なことに女性の声は、彼の体の中から響いてくる。


『いや、儂は既に死んでいるはずじゃ。動けるわけがなかろう』


 レイフはそう思ったが、頭の中に、不思議な姿をした女性の映像が浮かび上がった。


『金髪ドリル、長いまつげ、サクランボ色の唇…れ、「レイチェル?」』


 そう、レイフを呼んでいたのは、彼が作り出そうとしていた至高のゴーレムであるレイチェルだった。彼女の名を叫んだ瞬間、レイフの意識は急速に明確となっていった。


「っ!」


 レイチェル彼女は突然自分の名前を呼ばれて驚いたのか、びくっと体を硬直させた。


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