第20話 魔眼に映る、煌く星の輝き

 麗華のカードは残り4枚。

 田上のカードは残り3枚。


「自分の全てを、賭けただって……?」

 田上は眼を見開いたまま、眉間にしわを寄せた。


「ええ、そうね……ちなみに、そのイカサマを見抜いたら……お金、倍額貰えるの」

 麗華の指が顎に触れる。整えたメイクの上に、汗が滲んでいる。


「……そうか」


 田上が初めてこの賭博場に足を踏み入れて3年。誰一人として、田上のイカサマを見抜くことが出来なかった。


 そんな難攻不落の牙城を、この1回勝負で見破ろうという麗華。彼女は何かを仕掛けてきている。


 しかしそれが何なのかなど、田上には関係ない。

 重要なのは……借金も既にほとんどないはずの彼女が、自分自身を賭ける理由──




 ──アタシ、せいらちゃんのママになりたい




 あの日の言葉が、田上の脳裏によぎる。


「お前、まさか……せいらを……?」


「何のこと?私は……お金が欲しい、ただそれだけよ」

 麗華の指先が顎に触れる。


「お前……」


「早く引いてよ」

 麗華は4枚のカードを差し出した。


 田上は迷う。


 勝っても、星乃を救えない。

 負ければ、〝星乃〟は死ぬかもしれない。


 どちらが勝っても、残るは……絶望。


 汗が田上の頰を伝った。




 田上は、初めてこの店のポーカー卓についた時のことを思い出す。


 追い詰められて絶望した己の目に映った走馬灯。


 その、直後。


 田上の視界に、ディーラーの瞳が飛び込んだ。そこには絶望する田上の表情が、額を伝う汗が、いやそれどころか、自分の毛穴すらも、くっきりと見えていた。


 視力が、驚くほど良くなっている。


 最初のゲームでは半信半疑だった。しかし、それはすぐに確信に変わる。

 いかつい男の瞳に映った、スペードのキングとジャック。

 シャッフル中に見えた、場のカード。相手には、フラッシュが完成する。対する田上のカードは……ダイヤの2とクラブの2。場のカードと合わせても、3カードが限界。すぐに、ドロップした。


 カードがシャッフルされる。じっと見つめると、カードの行き先が、手に取るようにわかった。


 田上はもともと、そこまで視力が良い訳ではなかった。ところが死に直面し、彼の目は異常なほどよく見えるようになっていた。動体視力も良くなっており、何もかもが視えた。


 田上の目は、ディーラーがカードをシャッフルする動きを捉え、プレイヤーたちの瞳に映るカードも全て捉えていた。記憶しきれなかったカードがあった時は素直にドロップ。

 そうやって、「もっともらしい」プレイをすることができた。


 常識ではありえない。人間では成しえない技だった。そんなことを想定していないからこそ成立するはずのポーカーゲーム。それを崩壊させた、田上の瞳と記憶力。死に直面して、目覚めた力。


 田上の目には、トランプのシンボルマークがあたかも煌く星の輝きとなって映り、両の眼はその煌きの全てを鮮明に捉えた。


 田上はその煌きを掴みながら──


 ──人を、殺してきた。



「俺は大量殺人鬼みたいなもんだ」

 田上は麗華からカードを奪う。何のカードかは、わかっている。


 スペードの7と、ダイヤの7。


「気にしなくていいわ。私が連れてきた連中は、死んで当然のクズばかかりだった。それに貴方、真矢が連れて来た……クズ以外の人達は、ほとんど見逃してたじゃない」

 麗華は田上の手札を取った。


 クラブの5と、ダイヤの5。


 田上の手には……星空の様に煌く、ダイヤの10だけが残った。


 麗華の手札も、残り2枚。


「俺も、そのクズのうちの一人か」

 田上の手が止まる。


「……」

 麗華の表情が曇った。田上を見据える瞳が潤む。


「あなただけは……違った」

 麗華の目から涙が溢れる。


「……なんで、あなたを助けちゃったのかな……」


 ライトを反射して煌く大粒の涙は、まるで──


「あなたの笑顔のせいで私は……あれから1人も、ここに誘い込めなくなったんだから……」


 まだ、〝星乃〟は死なない。田上は微笑む。


 心は、決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る