第19話 女神は誰にも微笑まない

 麗華と田上のババ抜き勝負は、佳境を迎えていた。


「もう、本当に真面目な人……」


 麗華は頰を膨らませた。麗華が胸を強調しても、田上は目もくれない。


 奥さんの方が大きいものね、麗華は心で悪態をつく。


「……」

 無言の田上の口にくわえられたタバコから、灰が落ちた。そして、麗華の持つ9枚の札の中から、田上は1枚を引き抜く。


 ハートのエース。

 田上は、札を2枚捨てた。


 麗華は田上が札を捨てた途端、彼の手札から無造作にカードを1枚引き抜き、2枚捨てた。


 彼らの背後にはそれぞれ、ジョニーと北里が立ち、イカサマを防止する様に言いつけられている。

 ジョニーはオロオロしながら麗華の札を見、北里は田上のイカサマを見破ろうと、彼の手元に注目していた。


「何度かそっちにジョーカーが渡ってた。まだ、イカサマを使ってないんでしょ? それとも誰かに見られていたら、できないイカサマなの?」

 麗華は田上をにらみつける。カメラが、田上の頬を伝う汗をとらえていた。


「いいや……」

 田上は麗華の7枚の手札をじっと見つめる。


「それとも相手が私だから、何もしないの? 負けたらあなた、〝全身清算〟よ?」

 麗華が田上を煽る。


「俺のは、本当にイカサマじゃないんだ」

 田上は新しいタバコに火をつけた。


「御託はいいから、見せなさ……」

 麗華がそう言った途端──


 ──田上は、目を見開いた。


 白眼は血走り、瞳孔が開く。賭博場の明るすぎるライトを反射したダークブラウンの瞳が、オレンジ色に輝いた。


「それ、その目よ!」

 麗華が歓喜の声を上げる。カメラは田上の目が血走った様子を鮮明に映す。


「後悔するなよ……」

 田上は全く迷いなく麗華の札を引き抜き、それを見もせず自分の札と共に捨てた。

 クラブの2と、ハートの2。


「なっ!?」

「Oh……god……」

 北里とジョニーは驚愕の声を上げ、その直後、口をつぐんだ。しゃべってはならないと、言いつけられている。


「やっぱり……ポーカーじゃなくてもできるのね」

 麗華は不敵に微笑むと、田上の手札からカードを引き、2枚捨てる。


「俺の目には、カードが透けて見えるんだ」

 田上は真顔のまま答えた。


「そんなわけないでしょ」

 麗華は眉をひそめた。


 田上は先程までとは別人の様に迷いなくカードを引き抜き、中身も見ずに自分の札とともに場に捨てる。


 ダイヤの4とスペードの4。

 北里とジョニーは何度も、田上の手と目を見る。しかし、田上は何もしていない。いや、何かしていないとこんなことは出来ない。


 麗華の手札は4枚。

 田上の手札は3枚になった。


「……さすがね」

 札を持つ手が、震え始めた。彼女の手の中で、ジョーカーが微笑んでいる。


「……お前、この勝負に、何を賭けた?」

 田上の見開いた目から放たれる視線が、麗華の心を見透かす様にその両眼に突き刺さる。


「……私の、全てよ」

 麗華は、再び不敵に微笑む。


 微笑むしか、なかった。


 恋をした男が死ぬか。

 守りたい未来が潰えるか。


 どちらが勝っても、残るは絶望。

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