第21話 綺羅星の様に

「そうか。それを聞いて安心したよ。ありがとう」

 田上は〝星乃〟に、優しく微笑みかけた。


「早いとこ、足を洗ってくれ。元気でな」

 そう言って、田上は彼女の手札から、ジョーカーを引き抜いた。


「……待ちなさいよ。何よそれ」

〝麗華〟は涙を流したまま険しい表情になり、田上からジョーカーを奪い返し、シャッフルする。


「ムダだ」

 田上は〝星乃〟の手からまた、ジョーカーを引き抜く。


 北里がサインを出す。〝麗華〟はそのカードと逆のカードを取る。

 ジョーカーのカードを。


「あ、あなたのイカサマを暴かなきゃいけないのよ……」


「いまさら嘘なんてつかなくて良い。お前は幸せになれる。まだ間に合うさ」


「……何よ! どうしてそんなこと言うのよ! 優さんのバカ!」

 星乃は田上からジョーカーを奪い返す。


〝麗華〟の仮面が、涙と共に剥がれ落ちていく。


「なんだよ。あの日、ワガママ……聞いてやったろ?」

 田上はまた、星乃の手からジョーカーを引く。



 海に行った日。

 星乃のワガママ。


「ここで、星が見たいの。そうしたら、帰るわ」

 星乃は田上に歯を見せて笑った。


「なんだ。そんなことでいいのか」

 田上は軽く安堵のためいきをついて、車に乗り込んだ。


「あ、ライターあったよ」

 ダッシュボードからライターを取り出した星乃は、すぐにタバコに火をつけた。田上も煙草に火をつける。


 それから車の中で、二人は無言で星空が出るのを待った。


 真冬の澄んだ空気。明かりの無い、真冬の北海道の海沿い。

 空には満点の星空。


 二人は車から出て、星空を見上げた。


「星乃、ってね」

 星乃が口を開く。


「ん?」


「お星さまみたいに、キラキラ輝いてほしくて、私のお父さんがつけた名前だったんだって」

 星乃は嬉しそうに田上を見る。


「そう、か……」

 田上は星乃を見て、悲しい表情を作る。自分の娘も「星羅」。綺羅星の様に輝いてほしくて、つけた名前だった。


「今はね、優さんと一緒にいれば、キラキラできてる気がする」


「そんなこと言っても、付き合わないからな……」

 田上は自分の娘と同じ願いを与えられた……星乃の顔を見る事ができなかった。


「うん。分かってる」

 星乃は自分の顔を見ようとしない田上の視界に無理やり入って、微笑みかけた。


 田上の左目から、涙が流れた。


「……優さん、どうして泣いてるの?」

 そう言われている間に、田上の右目からも、涙。


「え?」

 田上は自分の両眼から涙が流れていることに、気づいていなかった。


「凍っちゃうよ、涙」

 星乃は背伸びして、田上の涙をぬぐった。


「あ、ああ……」

 田上は自分が封じ込めていた感情が流れ始めた事を感じた。このままではいけないと思った瞬間、星乃が口を開いた。


「……帰ろっか」


 田上はそのまま、星乃を自宅に送った。


 星乃は自宅で、田上に見せずに我慢した分の涙を流した。

 星乃は一世一代の〝賭け〟に負けた。当然だ。娘より大事なものなど、彼にはない。

 流れる涙が収まると、星乃は電話を掛ける。


「ええ。そうね。決めたわ。組が店を閉める前に……私が勝ったら、全額出してもらうわよ」


 そして彼女は再び〝麗華〟の顔になった。



 田上は自宅に戻ると、仏壇の前に座った。写真が飾ってある。悪魔の様な顔を見られたくなくて、引き出しに隠していた妻の写真と、もう一枚。

 田上はその2つの写真を再び、引き出しに入れた。


「ごめんな。もう少しだけ、悪いお父さんでいるよ。幸せに生きて欲しい人が……出来たんだ」


 そして彼は再び〝魔眼の王〟の顔になった。






「もう、終わりにしよう」

 田上は2枚のカードをシャッフルし、片方を差し出す。


「……嫌よ」

 星乃の両眼からぽろぽろと溢れる涙が、賭博場のライトを反射して輝く。


「終わらせてくれ。俺の家族は、もう……この世にいないんだから」


「え……?」

 星乃は田上の顔を見た。


 そこには魔眼の王ではなく、優しい父の顔があった。


「じゃあ、アタシ、何のために……」

 星乃は困惑の表情を浮かべ、焦点の合わない瞳で、田上を見た。


「君はこれから、その名前の通りキラキラ輝くために……俺のことなんか忘れて、生きて行くんだ」


 星乃は北里のサインも見ずに、呆然としたままカードを引く。


 彼女が手にした札。10個のダイヤは、まるで星の煌きの様に、ライトの光を反射して輝いていた。


「ありがとう。星乃。元気でな」


 闇賭博場の魔眼の王。


 彼の玉座は、この日で陥落した。

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