第48話 愛する人と生きる世界・4

「由依さん、何か食べたいものがあったら作りますよ?」

「本当に? てんぷら……。てんぷらが食べたいわ」

てんぷらなら、この国の材料でも簡単に作れる。琴子が快諾すると、マリアがそれはどんな料理だい、と興味をもってくれた。

「そうですね。魚介類や野菜に、小麦粉で衣をつけてからっと揚げるんです。おいしいですよ」

パーティのはずがいつのまにか料理会になってしまって、琴子はマリアに教えながらてんぷらを作り、由依はひさしぶりのてんぷらをおいしいと叫びながらたくさん食べてくれた。

「琴子、アドリアン」

 料理もほとんどなくなり、食後のデザートとして、シフォンケーキ、そしてアドリアンが作ったクッキーを出した頃。国王であるジークフリートが、改まった口調でふたりの名を呼んだ。

「由依からの結婚祝いはウェディングドレスだった。そして私からも、ふたりに結婚祝いを贈りたいと思う。……それは一か月の休暇だ。ふたりで新婚旅行にでも行くといい」

「え?」

「陛下?」

突然のサプライズに、ふたりは驚いて顔を見合わせる。

アドリアンは騎士団長として忙しい日々を送っている。まして、今は公爵が捕らえられ、大きな改革があったばかりだ。休めるなんて思いもしなかった。

「ありがとうございます……」

 思わずアドリアンの腕に縋ってそう言うと、ジークフリートは少し神妙に付け加える。

「琴子が公爵の手の者に捕えられたとき、館に着くまで待てと命じてしまった、詫びでもある。由依に叱られたよ。もし私が捕まっても、同じことができるの、と」

 アドリアンは琴子を抱き寄せ、そういうことなら遠慮なく、と言い放った。いまだに少し、あの命令を根に持っていたらしい。

 新婚旅行は、もちろん各地を巡っての珍しい食材探しになるだろう。マリアからも、買ってきてほしいと頼まれたものはたくさんある。

 でもふたりが最初に訪れたのは、アドリアンの両親と弟妹が暮らしている、地方の領土だった。

母親には会うことはできなかったが、彼の父と弟、妹たちは、アドリアンの結婚を喜び、祝福してくれた。中でもアドリアンの父は、息子をよろしく頼むと、琴子に何度も頭を下げた。もう引退したとはいえ、爵位をもっていた貴族の当主が、ただの平民である琴子に。

きっと彼もずっと、過去を悔やみ、苦しんできたのだろう。

アドリアンは穏やかな顔をしていた。それは彼が、完全に過去を乗り越えた証でもある。

琴子が傍にいてくれるからだ。そう言ってくれた彼と、これからも一緒に生きることを誓う。

 



 それから、二年後。

 琴子は結婚後に移り住んだアドリアンの屋敷の厨房で、レシピを考えていた。使いやすいように改装してくれたこの厨房は、琴子の城でもある。

今はもう、マリアの店では働いていない。

あの店はマリアの孫のミィナが主力になっていて、友人に手伝ってもらいながら経営し、なかなか繁盛しているようだ。そしてマリアはこの厨房に毎日のように通い、琴子とふたりでレシピの開発やレシピ本の執筆をするようになっていた。

あのとき発行した琴子のレシピ本はもちろん、その後に続いたマリアの本も大好評だった。

そして今、琴子が取りかかっているのは、地方の色々な料理を集めたレシピ本だった。たくさんの人達に、レシピを提供してもらっている。それは琴子が運営していたレシピサイトを本にしたようなものだ。

そうして、もうひとつ。

琴子と由依は同じくらいの時期に妊娠し、それぞれ王太子となる男の子と、アドリアンによく似た可愛らしい女の子を出産していた。そのため、離乳食の開発に取り組んでいる。

愛する人と可愛い子どもにも恵まれ、やりがいのある仕事もある。

ときどき、両親や兄を思い出して切なくなるが、それでも琴子はしあわせだった。

もうここは異世界ではなく、琴子の生きる世界。

娘も大きくなったら、料理をするようになるかもしれない。そのときは、琴子が母に教わった味を伝えようと思う。

「琴子」

 アドリアンの声が聞こえて、琴子は微笑んだ。

「アドリアン。わたし、とてもしあわせだわ」

 唐突な言葉だったが、彼は穏やかな優しい顔で頷き、琴子を腕に抱き締める。

 きっとこれからも、このしあわせは続いていくのだろう。

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異世界でレシピ本を作ろうと思います! 櫻井みこと @sakuraimicoto

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