第23話 充実した異世界での日々・5

 ここは素直に送ってもらったほうがよさそうだ。そう思いつつも、恐縮して頭を下げた。

「もっと頼ってくれ。俺は君の保護者なんだから」

 そう言ってアドリアンは、眩しいくらいの笑顔を琴子に向けた。

(ああ、イケメンが眩しい。浄化されてしまいそう……)

 アドリアンは今までのように先を歩かず、琴子の歩調に合わせて、ゆっくりと並んで歩いてくれた。ちらりとその横顔を見つめながら、男性と並んで歩くのは初めてだと気が付く。

(料理に興味があるのってほとんど女性だし、わたしは料理にしか興味がなかったもんね)

 だが今までのことを思い返してみても、別に虚しい人生だったとは思わない。他の人の価値観からすれば寂しいと言われるかもしれないが、琴子本人としては、好きな料理に没頭できてしあわせだったくらいだ。

(しあわせなんて、人それぞれよね。わたしは今まで充実した時間を過ごしてきたもの)

 それでもイケメンと歩けてラッキーだったな、くらいは思う。

 店に戻ると、ちょうどマリアが戻ってきたところだった。

「マリアおばさん」

「ああ、琴子。アドリアン様まで」

「届け出に行ってきました」

 そう言って、先ほどもらったばかりのブレスレットを見せる。

「ああ、緑なら安心だ。よかったね、琴子。アドリアン様もありがとうございました」

 彼はマリアと軽く挨拶をすると、城に戻るようだ。

琴子はもう一度アドリアンに礼を言う。そしてその後ろ姿を見送りながら、疑問に思ったことをマリアに尋ねた。

「緑だと安心って、どういう意味ですか?」

「ああ、滞在許可のブレスレットには何色かあってね。黄色が期間限定。赤が警戒対象。青色が普通の滞在許可で、緑色は保護対象だよ。琴子は緑色だから、この国に住む人間と同じ扱い。何かあっても国が守ってくれるということさ」

「えっ……」

 どう考えても自分は悪くて赤、よくてもせいぜい青だと思う。腕に嵌められたブレスレットを見ながら、首を傾げる。

「しかも花柄は十五歳未満なんだけど……」

「い、いえ。さすがにそれは違います。普通のブレスレットがあまりにも大きくて、サイズが合うものがこれしかなかったんです!」

 慌てて否定すると、マリアはほっとしたように頷いた。

「ああ、そうだよね。十五歳未満は仕事の内容が制限されていて、夜も営業する食堂では働けないからね」

 子ども用だと言っていたが、さすがに見ただけで年齢がわかるようなものだとは思わなかった。それを知っていたら、多少大きくても普通にしてもらったのにと考え、肩を落とす。

「でも、十五歳未満だと色々と制限があるんですね」

 まだ小さい子どもならともかく、この世界では何となく十五歳くらいなら大人と同じように働いているイメージがあった。

「以前は年齢なんて関係なく、子どもも大人と同じように仕事をしていたんだけどね。今の王様になってから、色々と法律が整備されたんだ。子どもや、奴隷商人に攫われた人達の保護を提案したのは王妃様らしいけど」

「そうなんですか」

 その王妃のお陰で、琴子もこうして保護してもらうことができたのだ。その慈悲深い王妃に心の中で感謝しながら、マリアとともに開店の準備をする。

「さて、今日はどうしようか」

 帰りにマリアが頼んだという野菜などが届けられた。それを見ながらマリアは思案している。

「そうですね。パンはレーズンパンなんてどうですか?」

「レーズン……」

「あ、干した葡萄のことです。パンに練り込んで焼くと、とてもおいしいですよ」

 マリアが野菜のおまけとしてもらったその干し葡萄も、本来は保存食や携帯食らしい。琴子はひとつ、味見をしてみる。

「うん、ちょっと酸味が強いですけど、おいしいと思います」

 この世界のパンは固めで、菓子パンのようなものはもちろん、何かを練り込んで焼くということもしないようだ。固めのパンをスープに浸して食べるのが普通のようで、ランチにも日替わりのスープは必須となる。

 もちろん、それはとてもおいしい。でもたまには、軽く食べることができるパンもいいではないかと思い、提案してみた。

「レーズンパン。おもしろそうだね。それを作ってみるよ。スープはどうする?」

「玉ねぎがたくさんあるので、オニオンスープに。わたしが作りますね」

 今日のランチはレーズンパンにオニオンスープ。ノーシャのサラダに小さいオムレツ。デザートは、ミルクプリンだ。

 琴子は玉ねぎを大量に刻み、それをチキンスープで煮込む。マリアは琴子に細かい作り方を確認しながら、初めてレーズンパンを焼いていた。

「初めての料理を作るときは、楽しくてしょうがないね」

 そう言うマリアに、琴子も同意して大きく頷く。

「はい。料理をしていると、何だかしあわせになります」

「そうだ、教えてもらってばかりでも悪いからね。今日の夜のメニューには、私の得意料理を出すよ」

「え、本当ですか? どんな料理ですか?」

「ふふ。キリャ鳥を使うんだよ。このレシピはまだ誰にも教えていないよ」

 その秘伝のレシピを教えてもらい、琴子もまた代わりにレシピを教える。

 そんなことを繰り返しながら、琴子の異世界での日々は過ぎていった。


 季節は十月になった。

二回目のビュッフェも大成功で、一時は店内に入りきれず、外に行列ができたほどだった。琴子もまさか、二回目でこんなに評判になるとは思わなかった。

 思い切り好きな料理を作ったマリアはご機嫌で、次回からはもっと料理の数を増やすと張り切っている。琴子は主にデザートの担当なので、この世界で作れるデザートの研究を進め、季節ごとに違うものが出せるようにしようと思っていた。

 そんな、ある日。

 十月に入り、温暖なこの地域でも、さすがに朝晩は少し冷え込むようになってきた。

 そのせいか、来月のビュッフェのため、毎晩遅くまでメニューの研究を重ねているマリアは少し体調を崩してしまったようだ。夜の営業を終えたあと、少し熱がある彼女に、琴子は先に休むように告げる。

「後片付けはわたしがやりますから、マリアおばさんはもう休んでください」

「でも今日は、アドリアン様が寄られる日なんだよ」

 具合が悪そうにしながらも、マリアは取り分けられている一人分の食事に視線を移していた。

 今日のメニューはすっかりレギュラーメニューになったレーズンパンに、じゃがいものスープ。地元の魚介類を使ったアクアパッツァ。そしてデザートはポルボローネ。口にするとホロホロと崩れ、我ながらうまくできたと思う。

好評ですべて売り切れてしまい、残っているのは最初から取り分けられていたパンとスープのみ。

今日はアドリアンが店を訪れる日なのだ。

マリアは、彼が来るまでは店にいなければならないと言う。

「わたしがいるから大丈夫ですよ」

「でも、夜の店に琴子ひとりを残していくなんて心配だよ」

「店はもう閉店していますし、二階も一階も同じです。それに今日はもう少し、料理の研究をしたいんです」

 それに夜といっても、酒を出しているような店はまだ営業している時間だ。アドリアンはいつも裏口から訪れるので、表をしっかりと施錠しておけば問題ない。

 何度もそう言って、ようやくマリアを納得させることができた。早めに休んでしっかりと治してほしいと告げて、送り出す。

 それから琴子は彼が来るまで、明日の仕込みをすることにした。

「明日のデザートは何にしようかな。この間出したドーナツが好評だったから、それを作ろうかな?」

 揚げドーナツだったから、今度は焼きドーナツなんていいかもしれない。そう思いながら、さっそく試供品を作ってみることにした。

「あ、薪がない」

 オーブンに火を入れようとしたが、もう薪がなくなっていることに気が付いた。

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