第14話 知らない世界・10

 そう言ってマリアが向かったのは、青果市場のようだ。

幅の広い道の両側に、イベント用の簡易テントのようなものが並んでいる。そのテントの中には木箱にたくさん積み重なっていて、そこには収穫したばかりの新鮮な野菜が詰め込まれていた。売っているのはマリアと同じくらいの老婦人が多かったが、中にはまだ若い女性もいた。

「キャベツとレタス、それから、とうもろこし。玉ねぎも必要だね。あとはリィンとノーシャかな」

 リィンとノーシャというのが、この世界特有の野菜らしい。琴子はそれを食い入るように見つめた。

(リィンってあれかぁ。紫色をした、小ぶりのじゃがいもみたい。紫芋とはまた違うのかな?)

 ノーシャという野菜は、見た目はほとんどセロリだが、あの独特の風味はない。これは薄くスライスして、サラダにして食べるらしい。

「琴子は何かほしい食材はあるかい?」

「え、わたしですか?」

 熱心に野菜を見つめていた琴子は、そう声をかけられて驚きながらも慌てて周囲を見渡す。

(値段が書いていないから、どれが安いのかわからないわ……)

 市場で売られているくらいなので、そんな高級な食材はないと思う。でも流行っているとはいえ、個人でやっている小さな食堂だ。負担にならないように、慎重に選ばなければならない。

「あ、そうだ。昨日、使ったピーレっていう野菜があれば」

 じゃがいもと長いもを足したような食感の野菜で、ビュッフェでもフライドポテトのように揚げて出したらとても好評だったと思い出す。

「ああ、ピーレね。じゃあそれも。お店に届けておくれ」

 マリアは店主らしき女性にそう言った。

どうやらここでは宅配も頼めるらしい。重い野菜ばかりなので、マリアも重宝しているようだ。

(でも宅配しない店のほうが、やっぱり安価よね。わたしが、道とかこの世界の常識とかしっかり覚えて、買い出しに行くことができたら助けになれるかも)

 そう思いながら、今度は肉や魚を買いにいく。

 魚はほぼ、知らないものばかりだった。

この世界特有のものなのか、やけに色彩鮮やかな魚が多かった。マリアは青色をしたやや大きめの魚を何匹か買う。

(あっ、煮干しがある)

 珍しくて周囲を見渡していた琴子は、干した小魚が大量に売られていることに気が付いた。この世界では、このまま食べるものらしい。

(向こうでも食べられる煮干しとかってあったけど、ここでは非常食みたいなものなのかな?)

 値段もそんなに高くないようだ。買ってもらおうか悩んでいると、すでにマリアが注文していた。それも、かなりたくさん買ったようで、店主に驚かれていた。

「小魚をこんなに買って、旅行にでも行くのかい?」

 そう聞かれても、彼女はにこにこと笑うだけだった。

 それからたまごを買いにいく。

 値段を聞いてみると、どうやら十個で五十リラくらいらしい。向こうの世界よりも安価だ。ケーキを作るときにも必要なので、これだけは遠慮せずにたくさん買ってもらう。色々なたまご料理を作ってみたいと言うと、マリアも喜んでくれた。

「朝のハムエッグ。あれもおいしかったからね。これから楽しみだよ」

 同じ料理好きな人にそう言ってもらえるのは、とても嬉しかった。

 買った魚とたまごも、野菜を買った店に預けると一緒に配達してくれるらしい。一度青果市場まで戻り、荷物を預けた。

(買い出しを手伝えたらいいなって思っていたけど、追加料金なしで一緒に配達してもらえるなら、それはそれで便利だよね)

 だが初めて会ったときのように、仕入れ具合によっては町の外の農場まで買い出しに行っているようだ。だから、手伝うとしたらそっちのほうがいいかもしれない。そう思い直す。

「さあ、これで必要な食材は買ったからね。今度は生活用品を買わないと」

 そう言ってマリアは琴子を連れて、別の路地に入っていく。

こちらは簡易テントではなく、ちゃんとした店を構えているところが多かった。それでも扉を全開にして、ワゴンセールのようなものがある店もあれば、見るからに高級そうな店もある。

界隈には若い女性達が、真剣な顔をして衣服を選んでいた。だが琴子の興味は料理に振り切っているので、もともとファッションにはあまり興味がない。着られたらそれでいい。この世界に来ても、それは揺るがなかった。

「まず服を買わないと。それじゃあ大きすぎるからね」

 そう言ってマリアは、ひとつの店に入る。コルセットで調整できるから、そのままでかまわない。そう思っていた琴子は、慌ててそのあとに続いた。

「あの、わたしはこれでかまいません」

「でも、それだとさすがに大きいからね。料理をするときも動きにくいよ。大丈夫、ここは古着を仕立て直して売っているんだ。普通の店よりもずっと安価だよ」

そう言われてようやく、琴子も少し軋む扉を開いて中に入る。すると、たくさんの衣服が壁に掛けられていた。

 色は白や茶色、黄色ばかりで、デザインもほぼ同じようなものだった。素材は綿だろうか。

 マリアは店主らしき女性に挨拶をして、振り返った。

「この子に合う衣服を二、三着選んでおくれ。昨日から店を手伝ってもらっているんだよ」

 どうやらここの店主とマリアは顔なじみらしい。

「琴子です。初めまして」

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