第12話 知らない世界・8
彼はテーブルに座って、ひとつひとつゆっくりと味わっている。それを見ていた老婦人が、琴子に尋ねる。
「全部食べてみてもいいの?」
「はい、もちろんです。おかわりも自由ですから」
そう言いながら、彼女にも料理をとりわける。
他の客も、最初は一口ずつ、興味深そうに食べていた。
それからは好みによって、もう一度異国……というよりも異世界の料理を食べる者もいれば、やはり定番のおいしさを求めて、マリアの料理を食べる者もいた。
どんな食べ方をしても、自由なのだ。琴子は初めての客に料理をとりわけながら、笑顔でそう説明していく。
琴子の料理はおおむね好評だったが、中でもデザートの人気は予想以上だった。とくにチーズケーキはかなりの人気で、何度か作り足さなければならなかった。
「これはおいしいね。こんなの初めて食べたよ」
女性だけではなく、男性にも好評だった。
「ありがとうございます!」
笑顔で、来月も是非やってほしいと言って帰って行く客を見ると、とてもしあわせな気持ちになる。
料理は順調に減っていく。
マリアもシステムの説明をしたり、料理を作ったりと大忙しだ。琴子もケーキを焼きながら、自分の作った料理の説明をする。
(ああ、やっぱりわたしは料理が好き。作った料理をおいしいと言って食べてもらえると、すごく嬉しい)
そんな気持ちで、最後の客を見送った。
(よかった。とりあえず、失敗はしなかったかな)
やってきた客は全員、ビュッフェを選んでくれた。そして料理もデザートも、ほぼすべてなくなった。
「お疲れ様。なかなか忙しかったね」
マリアが簡単な食事を用意してくれた。具沢山の野菜スープに、丸いパン。そしてキイチゴのジュースだ。
「はい。ありがとうございます」
お礼を言って、目の前の温かいスープに目を輝かせる。
必死に働いているときには感じなかった空腹が、いまさら押し寄せてきていた。マリアも琴子の向かい側に座り、食事をする。
「みんなとても喜んでくれて、嬉しかったよ」
「わたしもです。いきなりの思いつきだったのに、やらせてくれてありがとうございました」
そう頭を下げると、彼女は優しく微笑む。
「お客さんが喜んでくれるのが一番だからね。これからも何か思いついたら、どんどん言っておくれ」
「はい」
お客様の反応が一番。
マリアは本当に自分とよく似ている。
琴子はつくづくそう思う。
(マリアおばさんに拾ってもらって、本当によかった)
見知らぬ世界に飛ばされてしまい、正直、これからどうしたらいいのかまったくわからない。でも、こうして異世界でも好きなことを仕事にする機会に恵まれたのは、本当に幸運だった。
(こんなところに飛ばされておいて、幸運かどうかって話だけど……)
最初に心配したように、知らない人に拉致されてしまっていたほうが、まだ帰りようがあったのかもしれない。
なにせここは異世界。
手掛かりがまったくない以上、元の世界に帰る方法を探すのは簡単ではないと思われる。
もちろん帰ることを諦めるつもりはないが、それでもただその方法ばかり探していては、生きていくことはできなくなる。毎日の食事。衣服。そして眠る場所が絶対に必要だ。
だからこうしてマリアに出逢えたことは、不幸中の幸いだったと思う。
「それにしても、琴子だったら、自分の料理でお店を開くことができるよ」
夕食を終え、並んで後片付けをしていると、マリアはふと思いついたようにそう言った。
「い、いえ。わたしは本当に作るだけなので。向こうでも言われましたが、料理しか能がない人間なんです。ですから自分の店なんて、絶対に無理です」
マリアにまでそんなことを言われるとは思わず、琴子は思い切り首を振る。
「そうかい?」
「はい。だからこうして好きな料理を作らせてもらえるなんて、本当にありがたいというか、何というか……」
「それじゃあ、これからもよろしく頼むよ」
「もちろんです。こちらこそお世話になります!」
そう言って、お皿を拭く手を止めて頭を下げた。
そうして店の片づけを終えた頃には、もうすっかり夜更けになっていた。マリアは琴子を店の二階に案内してくれた。
「よかったらここを使っておくれ。少し狭いけれどね」
「いえ、そんな。ありがとうございます」
部屋はきちんと清掃されていたし、やや小さめのベッドもある。むしろ琴子なら充分の大きさだ。
「今日は疲れただろう。ゆっくりと休んでおくれ」
「はい。何から何まで、本当にありがとうございました」
マリアは一階の奥の部屋に住んでいるらしい。たぶんここは、出て行ったという娘の部屋だったのだろう。
(ふう。たしかに少し疲れたかな……)
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