第11話 知らない世界・7

「マリアおばさん、厨房をお借りします」

「はいよ。私は飲み物を用意するよ」

 シフォンケーキには紅茶の茶葉を混ぜる。卵白を泡立てるのは大変だったが、まずまずの出来だ。次にチーズケーキ。これにはペーストにしたかぼちゃを混ぜて、かぼちゃのチーズケーキにした。

「あともうひとつくらい欲しいな……。あ、クッキーを作ろうかな」

 シンプルな丸型のクッキー。ケーキも小さめにカットして、いろんな味を試せるようにした。試食したマリアも、おいしいと目を輝かせている。

「これはおいしいねえ。チーズのケーキ?」

「はい。それにかぼちゃが入っているんですよ」

 かぼちゃのチーズケーキは、喫茶店でも人気のメニューだった。ただのチーズケーキよりも濃厚でおいしい。それにシフォンケーキも、すべて手作業にしてはふんわりと焼き上がった。

「クッキーも焼けました。今日はシンプルなものですけど、ジャムなんかを入れてもおいしいです」

そう言いながら、焼き立てのクッキーを並べる。

「こっちもふわふわとしておいしいし、この小さい焼き菓子もさくさくとして、いくつでも食べられるわね」

「女性だとなかなか料金分食べるのは難しいかもしれませんが、こうしておいしいものを少しずつ食べるのは大好きだと思うので、きっと気に入ってもらえるかと」

「そうだね。このデザートだけでも、かなり満足すると思うよ」

 デザートも飲み物も出揃った。

そうしているうちに、もう午後の営業を開始する時間になってしまった。急いで料理を大皿に盛り、並べていく。今日はカウンター席の椅子は撤去して、ここに料理を並べることにした。

「あと、取り皿がたくさんあるといいですね。使い終わった分は、どんどん洗って回していきます」

「飲み物とデザートはどこに並べたらいい?」

「……そうですね。カウンター席に近いテーブルをちょっと移動して、そこに並べましょう」

 そうすると、店内はそんなに広くないのでテーブル席が五つしかなくなる。ひとつのテーブルに、椅子が四つ。全部で二十席だ。それでもゆっくりと居座る客は少ないらしいので、回転率を上げれば問題ないだろう。

 今日は告知なしの初日ということで、オープン特別価格で、ひとり千リラで開始することになった。

 琴子はマリアにエプロンを用意してもらい、それをつけて厨房に立つ。

(どうしよう、うまくいくかな?)

いきなりの思いつきでここまできてしまったが、本当に大丈夫なのかと今さらながら不安になる。

(本当なら、もっとしっかり準備して、ちゃんと告知もしなければならないのに。作り過ぎた料理が目の前にたくさんあったからと言って、ちょっと暴走しすぎたかもしれない……)

 料理好き同士で意気投合してしまったが、マリアとはまだ出逢ったばかりなのだ。

 レシピサイトを作ったときもそうだった。

大好きな料理のことになると、自分でもあとで驚くくらい、行動的になってしまう。

(マリアおばさんは色々と親切にしてくれたのに、恩を仇で返すことになったらどうしよう……)

 最初のお客が来るまで、ずっと緊張していた。

だが、そんな琴子の心配は杞憂に終わる。

「いらっしゃいませ」

 最初の客に、マリアはにこやかに声をかけた。逞しい身体つきをした、壮年の男性だった。

マリアはさっそく彼に、今日から始める新サービスの説明をしている。琴子はその様子を、両手をきつく握り締めながら見守った。

(大丈夫かな……)

夕食なら、スープだけではなく肉か魚料理を頼む者が多い。すると金額はやはり千リラ前後になってしまうから、価格は問題がないはずだ。あとは、このシステムを受け入れてもらえるかどうか。

 説明を聞き、前払いで千リラを払えばいくら食べてもいいと聞いて、男性客は嬉しそうにそれを頼むと言った。その声が、琴子のところまで届く。

(よかった……)

 最初の客には好評のようだ。

 マリアもにこやかに、客を店の奥に案内する。

「今日は特別な日なんだよ。ほら、新しい子を雇ったんだ。あの子が作った、珍しい異国の料理があるよ」

 その声に、最初の男性客に続いてやってきた複数の客の視線が、琴子に集まる。

「初めまして。よろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。そんな琴子を、入ってきたばかりの老夫婦が慈愛の眼差しで見つめていた。

(ああ、これは実年齢よりもかなり下に見られているかも……)

 外国人に比べると日本人はやや若く見られるようだが、それはこの異世界でも同じらしい。

「異国の料理って、どれ?」

 最初にやってきた男性客が、興味深そうに琴子に尋ねる。

「ええと、これです。右から、肉じゃがとだし巻きたまご。あと、野菜の煮物があります。あと、デザートとしてシフォンケーキ、かぼちゃのチーズケーキ、クッキーです」

 大きめの皿に、少しずつ取って手渡す。

「どうぞ味見してみてください。飲み物もどうぞ」

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