第10話 知らない世界・6

「フライドポテトっぽい気もする。ん、だとしたら、揚げたらもっとおいしくなるのでは? すみません、鍋を借りますね」

「琴子、何だいこれは。小魚なんて使い道がないと思っていたのに、こんなにおいしいスープになるなんて」

「煮干しのだしですね。和食の基本です。これで色々な料理が作れますよ」

 さすがにこの世界に醤油はないかと思ったが、それらしい味の調味料があった。これを使えば、和食も作れそうだ。

 ふたりですっかり夢中になり、気が付けばテーブルいっぱいに料理が並んでしまっていた。

「あ、わたし。つい夢中になってしまって……」

「私もだよ。それにしてもだしで煮込んだ野菜の煮物っておいしいねぇ……」

 料理好きがふたりもいると、こんな状態になってしまうかと、山ほど並んだ料理を見て思う。ここにあるのはどれもおいしくて、どうして胃袋には限界があるのだろうと思ってしまうほどだ。

「気を付けてはいたんだけどね。娘も、私の料理が嫌で出て行ったようなものだからね」

「え、こんなにおいしいのに?」

「つい食べ過ぎて太ってしまうから嫌だって」

「……ああ」

 思わず深く頷いてしまう。

琴子も両親や兄と暮らしていた頃は、あまり料理を作らないでほしいと言われたことがあった。喜んでほしくて作るのに、それをいらないと言われたときの悲しさは、料理をしない人間にはきっとわからない。

(まあ、わたしも作り過ぎたかもしれないけど)

「やっぱり作り過ぎたのかね……」

 そう思った途端、同じようなことをマリアが呟き、思わず笑ってしまう。

「わたしもよく言われました。店でもするつもりかって。あ、そうだ」

 どんなに作り過ぎてしまっても、ここはお店。食堂なのだ。せっかく作った料理なのだから、たくさん食べてもらえばいい。

 思いついたことを実行する前に、確認しておきたいことがあった。

「あのマリアおばさん。ここの通貨ってどんな感じですか?」

「通貨かい? そうだね」

 色々と説明してもらうと、どうやらお金の単位はリラ。一リラが一円という、とてもわかりやすい金額だった。

(ふむふむ。紙幣は存在していなくて、銀貨一枚が五千円、金貨一枚が一万円って感じね)

 そして食堂の料金は、パンとスープ、サラダのセットが五百リラ。向こうならワンコインランチだ。それに肉料理か魚料理がつくと、七百リラから千リラくらいになるらしい。

(料金もだいたい向こうと同じくらいね)

 次は日付の確認だ。

「カレンダーみたいなものってありますか?」

 そう尋ねてみると、きちんとカレンダーはあり、日付も向こうとまったく同じだった。そして今日の日付は、九月一日だと教えてもらう。

「一日ね。うん、きりがよくていいかも」

 ひとり頷く琴子に、マリアは不思議そうな顔をしている。

「あ、すみません。せっかくたくさんの料理があるので、ビュッフェ方式にしたらどうかなって思って」

「ビュッフェ?」

「はい。一定の料金で、食べ放題にするんです。デザートとか、飲み物も複数あるといいですね」

「食べ放題……」

 どうやらこの世界では、似たようなものはないらしい。琴子はマリアにビュッフェがどういうものか、説明していく。

「そうですね。たとえば料金をひとり千五百リラにして、どれだけ食べても飲んでも均一料金にするんです。ただし、料理は出ているものだけで、好きなものを注文することはできません」

「なるほどね……」

 マリアは目の前に並んでいる料理を見つめた。

「つまりこの料理を好きなだけ食べてもらうってことかい?」

「はい。個人の店で毎日やるのは大変だから、たとえば毎月一日はビュッフェの日、とか。女性や子どもなら千リラくらいにしてもいいかもしれませんね」

 この世界の人達がどれだけ食べるのかわからないが、特売の品などを使って料理を作れば、そんなに赤字になることはないだろう。

「毎月、一日には好きな料理をたっぷり作れますし、それに他の店との差別化にもなるんじゃないでしょうか」

「おもしろそうだね。料理を思い切り作れるっていうのも魅力的だし。やってみようかね?」

 そうと決まれば、さっそく飲み物とデザートを用意しなければならない。

「お酒は出さないほうがいいと思うので、甘いジュースやさっぱりとしたお茶なんかいいんじゃないでしょうか」

「そうだね。だったらキイチゴのジュースと、リンゴのジュース。それに紅茶と薬草茶なんかどうだい?」

「いいですね。うーん、デザートは何がいいかな?」

 マリアに聞いてみると、今まであまりデザートを食べる習慣はなかったようだ。それならばと、琴子が簡単に作れそうなものを数種類、用意することにした。

「パイ生地は今から作るのは大変だから、やっぱりシフォンケーキかな。あとは、チーズケーキとか」

 すべて手作業でやらなければならないので大変だが、毎日のように作っていたのだ。きちんと計量しなくても、手早く作ることができる。

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