第7話 知らない世界・3
待っている間に門を通り抜けている人達を見ていたが、もともと町に住んでいる者、または町に住んでいる者を訪ねてきた者達は、比較的簡単に通してもらえるようだ。反対に新参者は、目的や滞在期間などを細かく聞かれていた。
「……ありがとうございました。お陰で無事に入ることができました」
城門から少し離れてから、そう礼を告げる。
「いいのよ。それより勝手に親戚の子だなんて言って、ごめんなさいね」
だがマリアは、かえって申し訳なさそうに言った。
「本当なら、あの場で拉致されたかもしれないことを、ちゃんと話したほうがよかったんだろうけど。そうなったら色々と連れ回されて大変だろうし、雨に濡れたままだとかわいそうで」
「あ……」
拉致されたかもしないというのは、琴子の予想でしかない。
ここが日本だったら、その可能性も考えて真っ先に警察に行くつもりだった。
でも今は、ここがどこなのか、それを知ることが先決かもしれない。だから、いきなり警備兵に引き渡されてしまうよりは、このほうがよかった。
「ありがとうございます。気を遣っていただいて」
「とりあえず、私の家に行こうね。着替えもあるからね」
「はい」
琴子は頷き、荷物を抱えて彼女のあとについて歩いた。
(それにしても……)
城壁の中の町は、見れば見るほど不思議な場所だった。
道路や電柱がない。
ビルなどの高い建物もない。
車や自転車がなく、道は石畳を敷き詰めたような古風なものだ。
城門を通るとすぐ目の前に大きな道があり、何と馬車が走っていた。両脇には屋台のような店が並び、マントを羽織った人達が買い物をしている。
(テーマパークとか、そんな感じではなさそうね)
人々が行き交い、町には生活感が溢れていた。
さらに奥に進むと、宿屋や食堂のような店が並び始めた。パンの焼ける良い匂いが漂っている。
(ああ、いい匂い……)
そう思った途端、お腹が鳴った。あまりにも大きな音に思わず赤面する。
「おや、お腹がすいているのかい?」
「い、いえ。すみません。何でもないです」
恥ずかしさのあまり早口でそう言った琴子に、マリアは慈愛に満ちた笑顔を向ける。
「昨日の残り物でよかったら、パンとスープがあるよ。帰って着替えをしたら、食べるかい?」
「そこまでお世話になるわけには」
財布がないので、食べ物を買うことができない以上、有り難い申し出だった。でも、そこまでしてもらうのも、申し訳なさすぎる。
(財布があったとしても、日本のお金が使えるかどうかわからないけど……)
慌てて両手を振る琴子に、マリアはにこりと笑った。
「気にしなくてもいいよ。うちは、食堂をしていてね。だから余ったパンとか、食べてもらえると助かるんだよ。残り物で申し訳ないけどね」
「食堂、ですか?」
思わず身を乗り出して、そう尋ねていた。
見知らぬ場所だ。
もしかしたら、見たことのない食材があるかもしれない。食べたことのないレシピがあるかもしれない。そう思った途端、不安が綺麗に消えていく。
自分でもさすがに緊張感、そして危機感がないと思う。でもこの瞬間から、不安よりも料理に対する好奇心が勝ってしまったのだ。
「ああ、そうだよ。お陰様でそこそこに繁盛していてね。ひとりで大変なくらいだ」
有り難いことだけどね。そう言う彼女に、琴子は頼み込む。
「すみません、パンとスープを頂いてもよいでしょうか。代わりに、お手伝いしますから」
空腹だったが、我慢できないほどではない。
でも、この見知らぬ世界の料理を食べてみたい。
料理を作るところが見てみたい。
そんな好奇心を抑えることができなかったのだ。
「もちろんいいよ。でも、手伝いとか気にしなくてもいいんだよ」
「いえ、やりたいんです。わたし、料理がとても好きなので」
そう言うと、マリアは少し驚いたような顔をしながらも、承知してくれた。
「それじゃあ、お願いしようかね。助かるよ」
琴子が気にせず食べることができるように、申し出を受け入れてくれたのかもしれない。見ず知らずの琴子に声を掛けてくれたことといい、本当に優しい人だと、胸が熱くなる。
マリアの店は表通りから少し離れた場所にあった。小さな建物だったが、レンガ造りの家は綺麗で可愛らしく、鉢植えの花がたくさんあって、雰囲気の良いお店だ。
昨日まで働いていた喫茶店のような優しい雰囲気だ。
「さあ、どうぞ。まず着替えを用意するからね」
「お邪魔します……」
マリアは店の奥に入っていった。
琴子も店内に足を踏み入れる。
木造りの床が、ぎしりと音を立てた。店内を見渡すと、テーブル席が六つ、そして椅子が三つ並んだカウンターがある。テーブルクロスは手造りのようだ。
店としては小さめだが、繁盛していると言っていたので、お昼や夜には満席になるのだろう。接客や料理をしながらひとりで回すのは、やはり大変かもしれない。調理場は別室にあるのではなく、店内が見渡せるようになっている。
綺麗に洗って積まれているお皿、そして並べられている調理器具を見ていると、今はもうなくなってしまった喫茶店を思い出して切なくなった。
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