第2話 料理にしか興味のなかった日々・2
(フォローっていうか、追撃をくらった気分だけど……。うん、悪気がないのはわかっている)
どうにか立ち直って、栄養バランスの整った弁当を食べ終わると、時計を確認した。
(うん、大丈夫ね)
まだ時間はあるようだ。琴子は鞄からスマートフォンを取り出すと、あるサイトにアクセスした。
(あっ、新規投稿がある)
おいしそうな料理の写真とともに、詳しいレシピが掲載されていた。琴子はじっくりとそのレシピを眺める。
(おお、切り干し大根がまさかの洋風レシピに。たしかに切り干し大根って栄養もあるしおいしいんだけど、なかなか子どもは食べないもんね)
うんうん、と頷きながら、そのレシピを保存する。
仕事帰りにさっそくスーパーに寄り、切り干し大根を買ってその料理を作ってみよう。そう思いながら、さらなるレシピを求めて検索していく。
その料理のレシピサイトは、琴子が運営しているものだった。
(まさか、こんなに色んなレシピを投稿してもらえるようになるなんて、思わなかったなぁ……)
並んだレシピを見て、嬉しさがこみ上げる。
最初はただ、自分のブログに料理の写真を載せているだけだった。
料理を作るのが何よりも好きで、毎日のように更新していたら、そのうちコメントをもらうようになった。作り方を教えてほしいと言われ、写真だけではなくレシピを書いて投稿した。
(そのうちコメント欄での交流が盛んになって、わたしが考えた料理だけじゃなくて、教えてもらった料理を掲載するようになったのよね)
だが、嬉しいことにだんだん教えてもらうレシピの量も増え、毎日投稿するのが厳しくなってきた。膨大な記事の中から欲しいレシピを探すのも大変になってしまい、コメント欄で相談したところ、専用のサイトを作ったらどうかと言われた。ブログに比べると難易度は高いが、他の人が好きに投稿できるメリットはある。だから思い切ってレシピサイトを作ってみた。
詳しい友人にかなり手助けしてもらい、何とか完成したそのサイトは、大手サイトと比べるとかなり素朴なものだ。でもその分アットホームで、こうして毎日のように新しいレシピが投稿されている。それが作ったことのない料理なら、琴子は必ずその料理を作り、感想を書き込むことにしていた。
(これと、これを作ってみようかな)
保存したレシピの材料をメモして、休憩用にと店長が淹れてくれた紅茶を飲む。今日の紅茶はアールグレイだった。ゆっくりと風味を楽しんでから、食器を片付けて調理室に戻る。
「休憩ありがとうございました」
そう言って仕事に戻ると、店主は頷いた。
「ふたりとも、店が終わったら少し話があるんだけど、時間は大丈夫かな」
「はい、わたしは大丈夫です」
「はーい、大丈夫でーす」
揃ってそう答えると、店主は穏やかに微笑んで、いつものように持ち場に戻って行った。
「話って、何だろうね」
その後ろ姿を見送ってから思わず呟くと、里衣には何か心当たりがあるようだ。
「常連さんに聞いたんだけど、店長の奥さん、ようやく退院できたみたいよ。でも身体が弱ってしまっていて、何かと大変みたい」
「……そっかぁ。じゃあまた臨時の人を雇うって話かな?」
「そうかも」
「奥さん、早くよくなるといいね」
数か月前、店主は入院した奥さんに付き添うために、二週間ほど店を休んだことがあった。そのときは、臨時のアルバイトなどに入ってもらって何とか店を回していたのだが、今回もそんな話なのかもしれない。
そして午後からのティータイムも大盛況で終わり、ケーキは今日もすべて完売だった。後片付けを終えたあと、里衣と一緒に店主の部屋に向かう。
「失礼します」
「失礼しまーす」
「はい、お疲れ様」
経理をしていた店主は、眼鏡を外してこちらを向き、にこりと笑ってそう言った。
「実は、ふたりに話があってね」
店主はそう言うと、事前に用意しておいたらしい椅子を勧めてくれた。琴子と里衣は、並んで店主の前に腰を下ろす。
臨時のバイトの話だと思い込んでいた琴子は、深刻そうな店主の表情に、少し不安を覚えた。
(何だろう。奥さんの具合、あまりよくないのかな?)
隣にいる里衣を見ると、彼女も同じように琴子を見つめていた。
店主はしばらく沈黙したあと、やがて思い切ったように告げる。
「急で申し訳ないんだけど、実は店を閉めることにしたんだ」
「え?」
「ええっ?」
店主の暗い表情から、あまりよい話ではないと察していた。それでも、驚きを隠せずに声を上げる。そんなふたりに、申し訳なさそうな顔をした店主は、妻の健康のために、ここを引き払って田舎に帰ることを告げた。
「今はもう琴子ちゃんの料理で成り立っているような状態だし、本当なら琴子ちゃんに経営してもらうことも考えたんだけど。思っていたよりも妻の治療費が掛かってしまってね。田舎の家もリフォームしないといけないし……」
さいわい、郊外とはいえこの辺りは住宅も多く、店を買ってくれそうな人もいると言う。
「いえ、そんな。わたしは本当に料理だけで。経営とか、無理ですから」
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