第6話 父と娘

 カダさんの家でもクリームを塗り、2日前に仕掛けた罠を山へ見に行くと、キジがかかっていた。

 すごい!やっぱりエナンの魔法かも!


 家に戻ると滅多にないご馳走に母はとても喜んでくれたが、父の草履ぞうりを見て気が重くなる。


「もう怒ってないと思うよ。ほら、上がんなさい」

 いつまでもこのままやり過ごすというわけにはいかない。ため息をつきながら、土間で草履を脱ぐ。


「お帰りなさい、お父ちゃん」

 囲炉裏いろりで足の爪を切っていた父が顔を上げる。

「お帰り、ジナ」


 そしてジナは正座して床に頭をつけた。

「縁談のこと、申し訳ありませんでした」

「…もういい。気持ちを変えるつもりはないんだろう?」

 頭を上げ、はいとはっきり答える。


「ホノン家の言う通りだ。お前に農家の嫁は向かない。向こうには改めて詫びを入れよう」

「お父ちゃんの期待に沿えなくて、ごめんなさい」

 父はフンと鼻を鳴らしただけだった。


「トーダの子は?いつまでも帰らないと、あっちの親が心配するだろう。雨が上がったら、サハと一緒に送ってやれ」

「はい…」

 立ち上がるジナに、後で夕飯を取りに来るよう母が声をかける。


 ほんの少し前までは、お父ちゃんお父ちゃんと屈託無くじゃれ回っていたはずなのに、思春期の娘というのは父親にとって、ひよこがいきなり雄鶏になったも同じだ。


 娘のあの性格は一体誰に似たのだろうと考え、まぎれもなく母、ジナにとっては祖母であると、サザは額を押さえた。


 人のことを常にバカだのチョンだの、遠慮なく言いたい事を言うのが愛情表現で、あらゆる怒りを糧に生きているような人だった。怒っている間は常に元気なクソババァである。


 そのせいか、妻に選んだのは、まるで怒りという感情を母親の胎内に忘れてきたかのような女だった。

 母はといえばそんな嫁を可愛がりながらも、当然けちょんけちょんに言うのだが、この嫁は常ににこやかに受け流しては互いに信頼関係を築いていたものだ。


 そういやここ2日ばかり線香をあげていなかったと思い出し、慌てて仏壇に手を合わせる。


「あたしにしかできないことをしたい、か」

 言うは易し、というやつである。男子は親の稼業を継ぐもので、女子は苦労なく生活して子を産み育てること。それ以外の選択肢など、考えた事すらなかった。


 しかし、もし母が現代に生きていたとしたら、ジナの行動を支持するかもしれない。そう思った。

 つまんない生き方するんじゃないよ。

 それが口癖だったではないか。


「あなた、できましたよ」

 しばらく仏壇の前に座り込んでいると、妻が呼びに来る。さすがに手足が冷えていた。


 キジはじっくり焼いてから表面に甘辛い味噌をつけて、少し焦がす。炊きたての玄米とともに頬張れば、香ばしい味噌の風味と甘辛さが肉汁とともに広がり、何杯でも飯が食える。副菜の高野豆腐の煮物は、サザの好物であった。


「これ、ジナがエナンと一緒に作ってくれてん」

「ほう、軟膏か」

「クリームっていうんだと。雨が上がったらお父ちゃんと巣箱に行きたいと、ジナが」


 フンと鼻を鳴らすと、クリームを指に取り、妻の頰につけてやった。

「まあ!」

 その驚いた顔が結婚当初と変わらないように見え、笑いが込み上げてきて、サザは声をたてて笑った。

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