アイスは溶かして、なめて

小谷杏子

アイスは溶かして、なめて

「ねぇ、それ早く食べないと溶けるよ」

 会話の途中で、初音はつねが急かした。

 え、とすぐさま下に目を落として、カップに入った色とりどりのダブルアイスを見る。

 上がチョコミントで、下がストロベリーチーズ。境界で色が溶けて混ざって、どろっと歪むマーブルになっている。

「早く食べちゃえ。でないとドロドロになっちゃう」

「うん」

「何? 歩美あゆみって知覚過敏?」

「んなわけないじゃん。ピチピチの十六歳だっつーの」

「ピチピチって。それに、歳は関係ないからね」

 私を存分にからかう初音は、楽しげに目を細めて、アイスをすくいとる。ダークチョコとストロベリーチーズと抹茶のトリプル。欲張りすぎな三つの味を美味しそうに、口の中で溶かす。

 私もならって、アイスをすくいとる。境界にスプーンを差し込むと、溶けた色が模様を消して新たな色を生み出した。淡い紫。

「あ、それでね、ヒナが昼休みにお茶こぼしちゃって、その時のヒナの驚きっぷりが面白すぎてさぁ。どわぁーって、どわぁってね、猫みたいでウケた」

「うわ、それ、めっちゃ見たかったわー。私、どこにいたっけ、その時」

「え、知らない。多分、結城ゆうきさんとトイレじゃない?」

「そっかー、残念」

 いや、もう本当に残念だ。梶原かじわらさんの猫ジャンプが見られなかったこともだけど、その場に私がいないのに初音が楽しそうだったことがとくに、残念。

 私のいないところでも初音は楽しいし、笑うんだろう。

 とは言え、私もそうだ。毎日、行動をともにしている結城いずみの素朴な顔を思い出す。結城は気だるそうにため息を吐いて、だらっとした喋り方をするが、昼休みも相変わらずだった。教室で私と結城は毎日、どうでもいい会話をしている。内容はおもに、男。

「昼休みと言えば。結城に付き合って三組の男子を見に行ったんだよね」

 思い出しながら初音に言った。すると、彼女は興味津々で身を乗り出す。

「男子? 誰、誰」

眞野まのくんって人。私、あいつと同中だったからさ、紹介してーって言われたんだけど、でも眞野と話したことないし、とりあえず見るだけっていう感じで」

「へー。かっこいいの?」

「さぁー……中学からまぁまぁ顔は見てたけど、なんともいえない。イケメンかと言われればそうだし、違うともいえる」

「それ、見慣れ過ぎなんだよ。それか歩美の目が肥えてるか」

「あーね、そうかもね」

「結城さん、彼氏欲しいっていつも言ってるもんね。ちゃんと紹介してあげなよ、歩美ったら冷たいのー」

 冷たい、か。それには同意だ。周りから散々言われてきたから慣れている。

 けど、どうしてか初音に言われると悲しい。

 私はこの気持ちをごまかすべく、アイスをすくった。溶かしたアイスはなめらかで、味が混ざって濃厚で、甘ったるくて好きだ。ゆっくり食べるのが好き。

 一方、初音はもうたいらげている。ぺろりと。かきこむように、ゆっくり味わうこともなく、私と距離をとるように。

「ほらぁ、早く食べないから溶けちゃうでしょー。手伝ってあげよっか」

 まるで獲物を狙う動物みたいに、私の気持ちをも不当に搾取して、スプーンを近づけてくる。

 その手から逃げようと、すぐにカップを持ち上げた。

「んもう、一口ちょーだい」

 アイスを食べたその唇をとがらせる彼女は、かわいい。妬ましいほどに。


 ***


 永倉えいくら初音とは、高校一年のほぼはじまりに出会った。

 でも、出会いは劇的ではなく、むしろ緩やかで平凡だ。

 そもそも私は、初音が最初の友達じゃなかった。クラスに同じ中学の子がおらず、一人きりで式や集会に歩いていたときに結城泉に声をかけられたから、高校で私が初めて友達になったのは結城だ。

 それからは結城と二人で行動し、私は心細かった思いを払拭することに成功した。とりあえず、クラスで孤立することは避けたかったから。

 しかし、彼女は家が逆方向で、門をくぐれば「じゃあ、また明日」となるので、放課後は結局一人きりだった。

 そんな中、前方でこれまた一人で歩いていくセミロングの女子がいた。なんとバス停も同じだったので、私は彼女を観察することにした。

 セーラーの襟のバッジは水色。私と同じ一年生。胸に埋め込まれた名札には「1-1」と書いてある。

「あの……同じクラス、だよね?」

 自己紹介はあったけど、正直、覚えていない。そもそも、出席番号が遠い子なんて全然覚えていない。だからか、彼女も「え?」と驚いたように私の胸を見た。

「あ、ほんとだー。一組なんだ」

 その言い方からして、彼女も私のことを知らない。

「ごめんね、まだ全然覚えてなくて。えーっと?」

吉木よしき歩美」

「よろしくねー、私は永倉初音」

 初音は愛想よく、くしゃりと笑った。

 結城みたいに「友達になろうよ」なんてくさい言い方はできなかったけど。どちらも多少の警戒はあれど、出身中学から好きな食べ物や趣味を言い合って、お互いを知ろうと探っていく。

 でも、会話が弾むとまではいかず、初音の乗るバスが先に着たので「じゃあ、また明日ね」と彼女はさっさといなくなった。

 それから、私は結城と一緒にいながらも、自然と初音を探していた。

 彼女もやはり出席番号が近い梶原雛実ひなみと行動を共にしているようで、屈託なく笑い合って楽しそう。移動教室もトイレも昼休みも、私と初音は一緒にいられない。互いの友人同士、孤立しないための予防線でがんじがらめにつないでいる。

 別に嫌じゃないけど、でも、なんだか物足りなかったのは、私が結城にそこまで依存していなかったからだと思う。求められれば応える、なんていう傲慢さを抱えて一緒にいる。

 結城は常に彼氏や友達を欲しがり、でもこんな私じゃ相手にされないよねー、人付き合いって難しいよねー、と言っている。私はそれに合わせる。何も考えず怠惰に。いや、結城には申し訳ないけども。

 話の途中で、私はそっと初音を見やった。

 彼女は教室の前の方にいて、やっぱり梶原さんと仲良くお喋りをする。その時、初音が私を見た。そして、口を横に伸ばして微笑む。愛想笑いだと思うけど、彼女が私を忘れたわけではないことに喜びを感じてしまった。どきり、と胸の奥が弾むように。



 放課後、開放されたように私は初を追いかけていた。

「おつかれー」と、さも偶然を装って話しかければ彼女も「おつかれー」とにこやかに返してくれる。

「なかなか教室では話せないね。同じクラスなのに。体育だとまだ話しやすくなるかな?」

 まだぎこちないけど、初音は優しくそう言った。

「あ、そうかも。授業とか移動教室だと結局話す隙がないし」

「お互いに友達がいるとねー。あと、席が離れすぎなのも問題よ」

「それ、言えてる」

 状況を変えないと、私たちはいつまで経っても友達として自然に接することができないのだ。

「あ、そう言えば昨日訊けなかったけど、なんて呼べばいいかな?」

 初音が興味深そうに訊いてくる。探るような茶色の瞳に、私は吸い込まれるかと思った。彼女の瞳につかまらないように、視線を上ずらせて空を見る。逡巡する、ふり。

 しかし、これといって大した渾名はないので、考える時間がそもそも無駄だった。

「うーん……じゃあ、下の名前?」

「歩美だね。OK。私のことも初音って呼んで」

「分かった」

 ふわふわと浮足立つような感覚はなんとも言えない中毒性がある。

 うふふ、と甘く笑う初音から照れくさそうに「あゆみ」と呼ばれるだけで、くすぐったくて嬉しい。親や結城から呼ばれるのとは違う、不思議な甘さが感情と溶け合っていく。

 多分、彼女の中に、私が存在していることを喜んでいる。


 それから帰りに初音と一緒に寄り道するのが日課となるのも、そう遅くはない。

 教室で話せない分、公園やデパート、本屋、ドーナツ屋、アイスクリーム屋。いろんなところで私たちは仲を深めていった。


 ***


 季節はゆるりと巡って夏。長期休暇が近づくも、講習やら課題で忙しい。

「あー、だるい。暑い。だるい。アイス食べたい」

 昼休み、結城は机に突っ伏してだらけていた。

 私も同じく机に突っ伏している。頭が痛かった。このところ、生理前に頭痛がくるようになっていて、体の変化についていけない。

 暑さも相まって、我慢して授業を受けるのは苦痛だと、うだうだ予想している。

 一方、結城は「だるい」と言いながらも元気だ。

「ねね、佐知子ちゃんと古見くん、付き合ってるんだって、知ってた? この前、プール行ったときの写真見せられてさー」

「へー、あの二人付き合ってんだ」

 私は結城の目を盗んで、初音を見た。席替えしても相変わらず遠い。涼し気な廊下側の席で梶原さんと昨日のドラマで盛り上がっている。

 いいなぁ。私も初音とくだらない話で笑いたい。

「歩美って、彼氏ほしくないの?」

 唐突に結城が訊いてくる。

 なんだか悪いことをしているみたいに居心地が悪くなり、私は初音からさっと目を逸らした。

「彼氏、ね……」

 逡巡する、ふり。

 そんな私に結城がせっついた。

「好きなタイプは? 芸能人なら誰が好き?」

「いやぁ……あんまテレビ見ないしな」

 好きなタイプなんて考えたこともない。

「じゃあじゃあ、このクラスでさ、誰がかっこいい?」

「えー? 知らないよ、そんなの」

 それに人を顔で測るのはなんだか嫌だ。それしか価値がないみたいで。

「嶋田くん、かっこよくない? あ、でも私は眞野くん一筋だから。眞野くん、ほんとかっこいー」

 じゃあ、告白しちゃえばいいじゃん、なんて言えるわけなく。

 あぁ、まったく。毎日毎日、うだつが上がらない会話に辟易する。それでも体裁を保つべく、頭痛で眉をゆがめながら、私はへらっと笑う。

「そっかー。ああいうのがかっこいいって言うんだねぇ」

「そうだよー、もう、歩美ってば疎すぎだから! まぁ、そういうとこがクールって思われるんだろうね。本性は面倒くさがりのマイペースなのに」

「………」

 間違いじゃない。でも、言い当てたのが結城だからか、なんか悔しい。それを見抜いてほしいのは、結城じゃなかった。

 あぁ、ダメだ。嫌な気持ちがドロドロと痛みに混ざっていく。アイスが食べたい。どうせドロドロなら冷たいアイスを溶かしてなめて、その甘さに浸っていたい。

「あれ? 歩美、大丈夫?」

 額を揉んでいたら、結城が私の頭痛に気がついた。バレたならもう笑わなくていいだろう。

 瞼を落として、口をゆがませる。

「大丈夫、じゃないね……痛い」

「保健室行くー?」

「うん、そうする……ありがと」

 結城は保健室まで一緒に行こ、と張り切って私を連れ出した。

 その間、初音とは一度も目が合わなかった。


 ***


 頭が締め付けられるように痛いから、ベッドに潜り込んでも眠れなかった。

「先生に言っとくからね! お大事に!」

 結城は昼休みギリギリまで私に付き添ってくれ、始業のチャイムと同時に慌ただしく出ていった。

 それからもう時間が過ぎていき、清掃時間を知らせる音楽がスピーカーから流れる。遠のく意識の中で音がぼんやりと聴こえた。

 アイスが食べたい。額に置いて、溶かして、なめたい。この痛みも熱も嫉妬も罪悪も、全部溶かしてどれがどれだかわからなくなればいい。

「――ゆみ、あゆみ、」

 遠くで呼ぶ声が、初音のようだ。

「歩美ってば、起きて」

 肩を揺さぶられて気づく。頭はまだだるくて、体も重いし熱い。どろっと溶けた感情も残っていて、夢見が悪い。

 起き上がって目をこすると、初音の心配そうな顔があった。

「迎えにきたよ。ほら、もう下校だから。帰ろ」

 私のカバンを持って、誇らしげな顔をする初音。かわいい。何よそれ。えくぼが目立ってるから、そこに指を突っ込みたくなる。

「あぁ……うん、ありがと」

「まだ具合悪い? 結城さんが言ってたよ、歩美が体調不良だから保健室に行ってるって」

 その言い方から、彼女は私がいないことに気づかなかったんだろう。まったく、現実がままならなくて、つくづく憎たらしい。

「ちょっと頭が痛くて」

「そっかそっか、偏頭痛? 痛み止め、持ってるけど使う?」

 そのアイテムを私は怪訝に思いつつも、この痛みとだるさをどうにかできるなら欲しくて、こくんと頷いた。

「OK。んじゃ、水買ってくるから待っててね」

 そう言って初音は保健室から出ていこうとする。つい、初音の腕にしがみついた。

「いや、いい。帰りながら買うし。あと、」

「あと?」

「アイス食べたい」

 言ってから気づく。

 しまった。病人の言うセリフじゃないかもしれない……

「んもう、元気じゃん。でも、一応大事をとって、痛み止めは飲んでね。じゃあ、いつものとこ行こっか」

「うん」

「あまえんぼだなぁ。なんか、いつものクールな歩美と違ってかわいい」

 そう言って、彼女は私の頬を両手で包むように触った。

「目がうるうるしてるー」

「やめてっ、ちょっと! 恥ずかしいからっ、もう!」

 顔が熱くなるような気がして、それを悟られまいと、彼女の冷えた手を掴んで、離れた。


 ***


「思ったんだけどさ、」

 二人で寄るアイスクリーム屋の前で、順番を待っていると初音が言った。

「頭痛いときに冷たいの食べるって、逆効果じゃない?」

「なんで?」

「だって、冷たいと頭がきーんってなるでしょ」

 言いながら彼女は、口をすぼめて目をつぶった。

「まぁー……うん、そうかもだけど。でも、風邪ひいたらアイス食べたくなるじゃん」

「あーね、そうね。なるほど」

 納得したらしい。そして、初音は色とりどりのフレーバーを物色し始めた。

 私はもう最初から決まっている。チョコミントとストロベリーチーズ。いつものやつ。

「うーん、迷うなぁ」

 と、言いつつ初音は、結局いつものトリプルだった。

「私的、神セレクト。そういや、歩美もストロベリーチーズだね。おそろー」

 うん。おそろ。

 甘すぎなイチゴと濃厚なチーズの組み合わせ、初音が勧めてくれたから気に入ってるんだよ。

 それに気づいてくれなくていい、けど、気づいてほしかったりする。素直じゃない、私。

 アイスを受け取って、私たちは小さなイートインスペースに行く。丸テーブルに陣取って、向かい合って座る。

「あのさ、初音」

「んー?」

 アイスをぱくりと食べる初音に、私は一つ、気になることを訊いた。

「私のこと、クールって思ってる?」

「え? なんの話? ……あぁ、はいはい。あれね。ヒナがさぁ、歩美のこと近寄りがたいって。それを結城さんと三人で話してたんだよねぇ」

「結城と?」

 予想外のことに思わず口走ったのは嫉妬の声だった。

「そう、結城泉ちゃん。ほら、歩美がいないから移動教室とか一人になっちゃうーってかわいそうだったから」

 それは、なんとなく見て取れる光景だ。

 でも、待って。私の知らないところで、なんで三人で仲良くするの。

 そんな醜い嫉妬は、言い出せない。手が止まるだけ。

「あぁもう、ほら、溶けるってば。食べさしてやろっか?」

 そう言って、彼女は私の断りも聞かずにスプーンでチョコミントをすくって私に差し出す。

 思わず口をあけると、アイスのとろみが舌に流れてくる。とける。ゆっくりと、優しく、すーっと透き通る甘さが。

 複雑だ。このチョコミントみたいに、爽やかで甘くて冷たい感じと同じく、複雑なのに納得していく。

「でね、歩美の見た目? かなぁ、流し目なところがクールに見えるってさ。そういう、フインキをまとってる的な」

「ふんいき、ね」

「ふんいき、か。あはは。そうそう」

 恥ずかしさをおくびにも出さず、笑ってアイスを一口食べる。溶かす間もなく次々と。

「自然と染み付いてるんだろうねぇ。でも、歩美は別にクールじゃないし、面倒くさがりのマイペースだし、私のことが大好きだし、ね?」

「えっ」

 どきり、と心臓が跳ねた。アイスのとろみが気管に入ってむせる。

「大丈夫ー? もう、歩美ったら」

 初音は呆れた顔を見せるも、耐えきれずに笑った。

 一方で私は苦しくて、混乱している。

 それはどういうつもりで言ったの? そりゃ、私は少なからず、いや、めちゃくちゃに初音のことが好きだけど、どういう意味でと言われれば分からないし、でも、好きだけど。

 初音は私がむせている間にアイスをたいらげた。カップに残る、溶けた甘みをすくいとって、なめる。色が混ざった味を惜しげもなく、ぺろりと。


 ***


 頭痛が治った翌日、なんと入れ替わりのごとく、結城が欠席した。夏風邪をひいたらしい。

 すると、私はいよいよ一人きりで、机に頬杖ついてぼーっとするしかなかった。

 今日は体育と美術で移動は二回。トイレは一人で行けるけど、問題は昼休みだ。

 既にグループができている中には入れないし、かといって一人で食べると目立つ。嫌だな、こういうのを気にするの。集団生活の面倒さを怠けていた結果がこれだ。

 初音と梶原さんの間に入る……のは、気が引ける。だって、初音はまだしも梶原さんは私のことを「近寄りがたい存在」と思っているから。それを聞いて、私が明るげに割って入るのもなんか、違う。キャラじゃない。人は急には変われない。

 初音に話しかけたような勇気はなく、それに教室が出来上がった今となってはハードルが高い。

「――歩美」

 机をトントンと叩かれ、その声に顔を上げる。初音だった。

「今日、お昼一緒に食べようよ。結城さん、いないんだし」

「いいの?」

「いいに決まってるじゃん、遠慮しないで」

 訊くと初音は笑って、私の頭にポンっと手を置いた。

 気を使わせただろうか。でも、すごく、すごく嬉しい。



 私の考えはどうやら杞憂に過ぎなかった。

 梶原さんは私が一緒でも分け隔てなく接してくれたし、なんなら「意外と話しやすい!」と驚かれた。

 それを見て、初音は愉快そうに笑う。私は「意外って何よ」とおどけた調子を見せる。初音がいるからか、心はくもらずにいられた。

 その延長で、帰り道は私と初音と梶原さんも誘って、いつものアイスクリーム屋に行くことになった。

「二人とも、こんなとこで寄り道してたの?」

 梶原さんは不満げに、明るいおでこを見せて言う。私と初音は顔を見合わせて笑ってごまかした。

 アイスクリームの冷たいケースからフレーバーを物色する。

 もう決まっている私はさっさと店員さんに「チョコミントとストロベリーチーズ」を頼む。初音と梶原さんは楽しげに笑いながらフレーバーを選ぶ。

「はっちゃん、決めたー?」

 梶原さんが訊く。彼女は初音のことを「はっちゃん」と呼ぶらしい。

 初音は「うんとねー」と思案めいた言葉を言い、それから頷いた。

「うん、決めた。今日は気分変えて、チョコチップとバニラとバナナにするー」

「バナナ美味しいよね、分かる。私もバナナにしよっかなぁ。あと、ピーチ。てか、はっちゃん、トリプル食べるの? すごいね」

 そんな会話を、私はアイスのカップを受け取りながら聞いていた。

 三人仲良くイートインのスペースに行き、初音と私が並んで座り、初音の真ん前に梶原さんが座る。

「うわ、やばい、激甘だ。バナナちょー甘い」

「え、激甘美味しいじゃん」

「そうだけどー、甘すぎ注意だよー」

 初音はいつもと違うフレーバーにしたから、少し残念そうだった。

 それを見て、私はからかってやる。いや、これはきっと意地悪だ。

「神セレクトにしないからじゃん、初音のバカ」

「だっていつもいつも同じじゃ飽きちゃうでしょ。だから今日は冒険したかったの」

 飽きる、か。

 なるほど。意地悪したつもりが倍返しされた気分。

「じゃあ、ちょっとちょうだいよ、そのバナナ」

「いいよー。激甘注意だぞー」

 初音がカップを差し出してくる。私はその過激な甘さをすくいとる。舌に置いて、なめる。溶かしたアイスは濃厚で甘ったるいから、余計に甘い。

「ほんとだ、甘すぎ」

 ストロベリーチーズより甘くて胸焼けしそう。

「でもさー、こうして寄り道するの楽しいよねぇ。吉木さんとも仲良くなれたし」

 梶原さんが甘さを噛み締めながら言った。

「ちょうど、結城さんが休みだったもんね」

 初音が言う。チョコチップで少しは軽減されたらしく、機嫌がいい。

「まぁ、あれだよ。どっちも二人一組じゃん? どっちか休まれたら困るし、結局は保険が必要だよねー」

「保険?」

 私と梶原さんが同時に訊く。一方、初音は「うん、保険」とあっさり。カップをかすりながら言う。

「一人でいたら教室で浮くしさー、だから、ヒナが休んだら歩美のとこ行けるし、助かるよね」

「それひどくなーい? でも、一理あるわぁ」

 梶原さんはおどけて返した。私はそれができなくて、食べる手が止まってしまう。

「あ、もう、歩美ってば。また止まってる。溶けちゃうよ、アイス」

 目ざとく見つける初音の声はいつもとおんなじで、悪びれる素振りもなくて、私が抱く思いを汲み取ることもなくて。ただただ、安穏に鈍感に笑うだけ。

「次もまた来ようね、今度は四人で」

「そうだねー」

 二人のアイスはそろそろ空っぽになる。私のカップは未だにチョコミントが少しと、ストロベリーチーズがごっそりと残る。溶け出して、混ざって、もやもやした淡い紫に変わって、その境界はなくなっていく。

 梶原さんの位置を奪ってまで、私は初音の一番になりたい。でも、それはきっと三年間叶わないことなんだろう。

 次なんて、こなくていい。

 言えるわけがなくて、溶けた甘ったるいアイスと一緒に流し込んだ。


【完】

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アイスは溶かして、なめて 小谷杏子 @kyoko

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