第一〇話 お疲れ様会とまだ見ぬ王女

「それじゃ、お疲れ様のかんぱーい!」


かんぱーい、の五重奏が響く。


その日の夜の自由時間、ミウとハンナの部屋にお疲れ様の意を込めて五人が集まった。


「みんな、ありがとうございます。二日の予定が一日で終わったので、リブラリー先生も喜んでました」

「良かったぁ……ハンナ、ピルピィ、それにキラリエさん、私のわがままに付き合ってもらってありがとう」


グラーシェの言葉に、ほっと胸を撫で下ろすミウ。


グラーシェを心配してのお手伝いではあったが、結果的に図書委員としての仕事も早く完了させられたようで。


ミウは提案に乗ってくれた三人に頭を下げる。


すると、ハンナは学院の購買で販売されているジュースを飲み干して、にっと笑う。


「何言ってんだよ。あたしも久しぶりに人のためになる事やって気分がスッキリしたぜ」

「そうそう! 面白そうな本もたくさん見つけたし! 今度読みに行こうね、クルル!」

「クルゥ!」


ピルピィもその意見に同意してくれて、クルルと一緒に笑ってくれた。


ピルピィはこれも学院の購買で販売されている、溶かした砂糖を練って球の形にしたお菓子を頬張り、クルルは学院近くの林になる果実を食べている。


みんながそれぞれ好きなものを持ち寄って、今日の苦労をねぎらいに集まったのだ。


そんな中で、ベッドに座るミウの隣に佇むキラリエが問いかける。


「それで? グラーシェさんと何やら話し合っていたのはなんだったんですの?」


キョトンとした表情で固まるミウは、ふと我に返って問い返す。


「え、聞いてたの?」

「あれだけ真剣そうに話していれば気にもなりますわよ。途中から仕事も手についていなかったですし」

「あ、あはは……ごめん」


苦笑いをするミウに、ハンナがさらに突っ込む。


「そうだぜ。結局さあ、グラーシェが心配とか何とか言ってたのは何だったんだ?」

「うーんとね、それは……」

「少し昔の話をしてたんです。ミウ、私のことすっごく知りたがるんですよ」


ふふふ、と笑いながら、もう反対側のミウの隣に座るグラーシェがそう答える。


何だかそう言われると、ミウも恥ずかしくなって顔を赤らめる。


「えへへ、私が先走ってただけだったんだよね……」

「でも、私も少し煮詰まってたようで。ミウに話を聞いてもらったら、何だかスッキリしました」

「また他人にちょっかいかけたんですのね、この大馬鹿者は」

「いやあ……ほんとその通りで……」


人差し指でミウの頬をつつくキラリエに、まさにその通りの指摘を受けて何も言えないミウ。


でも、赤の他人というわけじゃない。


友達なのだ。


それなら、これくらい気にかけたっておかしくないんじゃないのかな、とミウは思う。


それに。


「でも、キラリエさんとは私のお節介で仲良くなれたところもあると思うんだ」

「なぁっ……! べ、別に仲良くなんてなったつもりありませんわ」

「部屋まで来といて何言ってんだこいつ……」


苦しい言い訳をするキラリエに、苦笑いをしながらそう呟くハンナ。


すると、ハンナのベッドで寝転んでいたピルピィは、キラリエの前に駆け寄っていく。


「キララとピルピィも仲良しだよ! ピルピィ、キララの良い所いっぱい知ってるし!」

「別にあなたとだって仲良くないですわよ! ……まあ、でもわたくしの良いところを褒め称えるのであればどんどん列挙なさい」


ミウが思うに、キラリエは相変わらず尊大ではあるが、しかし嫌味ではなくなった気がする。


ピルピィもそれを直感的にわかっているようで、指を降りながら言われた通りに良いところを列挙する。


「んとね、まず料理が上手!」

「当然ですわ」

「痛いの治すのが上手!」

「それも当然ですわ」

「あと、ピルピィたちのこと好きだっていうのがわかりやすい!」

「当たり前じゃないの」


ふと、場が静かになる。


キラリエが次の賞賛はまだかと耳を傾けると、ふと今の状況に気づく。


見ていたのだ。


その場の全員が、キラリエを、生暖かい目で。


そして同時に、彼女は最後の要素に対する返答を自分自身で思い返しながら、


「……ばっ、ばばばっ、馬鹿なこと言わないでくださいまし! キーッ、騙しましたわね!」

「良かったあ、キラリエさんが私たちのこと好きでいてくれて」

「かかか勘違いしないでくださいまし! 今のは誘導尋問ですわよ! 別にそんなつもりなんて微塵もありませんわ!」


安心したように呟くミウに、キラリエは慌ててその肩を掴んでぐわんぐわんと揺らす。


「はい、皆さんご注目ー」


ふと、ハンナがしてやったという表情で背中側から回した手を上に掲げる。


その手に握られていたのは、手のひらサイズのガラスの玉のような物体。


中には浮遊する紫色の球体があり、ハンナがガラス玉の表面をコツコツと叩くと、それが振動する。


『あと、ピルピィたちのこと好きだっていうのがわかりやすい!』

『当たり前じゃないの』


振動はそのまま音になって、部屋の中に木霊する。


そう、それは音を切り取って再生する角奏器なのだ。


それを聞いたキラリエは、声にならない悲鳴をあげる。


「あ、それ蓄音の角奏器! ハンナ、それ買ったの?」

「おうよ。こういう時に役に立つと思ってな、ぷくくっ」

「そそそ、その音を消しなさい!」

「やだねー、面白いし」

「消しなさいったら!」

「うおっ⁉︎」


あまりにも恥ずかしいのか、ベッドに寝転んで笑うハンナに飛びかかってそれを奪おうとするキラリエ。


「良いぞーっ、やれやれーっ」

「クルゥ! クルクルルゥ!」


どったんばったんとはしゃぐ二人を観戦しながら、ピルピィとクルルはすっかり観客になっていた。


そんな様子をキョトンとしながら見やるミウとグラーシェは、しかし耐えきれずに笑い始めてしまっていた。


「あははっ。もう、ハンナってば相変わらずだよ」

「本当ですよね。いつも悪戯のネタばっかり集めて……ぷふっ」


笑い合う二人。


するとふと、グラーシェは問いかける。


「そういえばアカリさんは?」

「あー……誘ったんだけど、やっぱりこういうの好きじゃないみたい。断られちゃった」

「そう、ですか」

「本当は連れてきたかったんだけど。楽しくない、かな……?」


心配するように問いかけるミウ。


しかし、グラーシェは首を横に振った後にこちらを見やる。


「ううん。楽しいです、本当に。最初の私なら、こんなことを経験することもなかったでしょう」

「良かった。またいつでもやろうよ、せっかく同じ寮で生活してるんだからさ。今度は、アカリさんも一緒に!」

「ええ……本当に、私は幸せ者です」


自分の胸に手を当てて、微笑んでそう呟くグラーシェ。


彼女の、その眼鏡越しに見えた藍色の愛おしげな瞳に、思わずどきりとするミウ。


いつも地味めに見えるからこそ、彼女の笑顔はまるで宝石のようにきらめいている気がした。


ミウは、なんだかまじまじと彼女を見るのが恥ずかしくなって、話を逸らす。


「そ、そういえばさ! 最近学院の中で噂みたいに話してる声増えたよね!」

「え、ええ。きっとドラグニオ王家の方々が視察に来るからですよ」

「へえ……え、王家⁉︎ 王家って、この国で一番偉い……⁉︎」


その言葉の重みに、ミウは思わず目を丸くする。


そんな彼女の反応にくすくすと笑うと、グラーシェはミウに説明する。


「ええ。このロミニアホルンはドラグニオ王国唯一の角音学院であると同時に、一番規模の大きな角音学院でもありますから。毎年、この時期になると視察に来るらしいですよ。今年は王女様も来るとか」

「す、すごい……」


この説明で、ミウの中に納得が生まれた。


こういったロミニアホルンの説明がされる度に、自分はすごい場所に在籍しているのだと考えさせられる。


どうして、自分がこんなところにいられるのだろうか、と思うほどに。


「王女様かあ。きっと綺麗な人だよね。早く見てみたいなあ……!」


ワクワクする気持ちに胸を馳せながら、ミウはそう呟く。


田舎暮らしだからか、自分の住まう国の王女の顔を見たことがなかった。


けれど、それを思い浮かべるのは、ミウからすれば楽しみが増えたようなものだ。


まだ見ぬその王女に想いを馳せながら、ミウは友達とのひとときを楽しむことにした────。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロミニアホルン角音女学院 @tabikuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ