第八話 グラーシェの過去と『角狩り』

「これは……ここ。これもそこ」

「はーいっ。あー、これ面白そう〜」

「もう、真面目にやらなきゃ」


木箱の中から本を取り出しつつ、ピルピィの注意が他に逸れることを防ぐミウ。


二人は児童書コーナーに新書を追加しつつ、別の場所に入ってしまっている本を元の位置に戻していた。


そんなとき、ふとミウはピルピィに問いかける。


「ねえピルピィ、グラーシェって普段部屋で何してるの?」

「えー? どうしたの急に?」

「グラーシェのこと、もっと知りたくて」


照れ臭くて、視線を逸らしながらミウは呟いた。


視線の先には、高い場所につま先を必死に伸ばして本を収納するグラーシェの姿。


彼女のことを一番よく知っているのは、きっと同じ部屋で生活しているピルピィに違いない。


すると、ピルピィは考え込みながら答えてくれた。


「んとねー、勉強は毎日ちゃんとやってる。あとは読書? それとー、えーと、うーんと……なんだろ。あ、なんか日記みたいなのつけてたかなあ」

「へえ、几帳面なんだね。なんかグラーシェらしいや」

「真面目だからねー。でも、なんか楽しそう。最初はあんまり笑ったりしてくれなかったから」


その言葉に、ミウはピクリと反応した。


「笑わなかった? 初対面だからってこと?」

「ううん、知り合ってからもあんまり。でも、一回難しーいこと話したら、笑うようになった」

「難しい……こと?」


ピルピィの言葉は抽象的なものが多いが、何となくその状況が見えてきた。


グラーシェが内面に抱えている何かというのは、恐らくこの学校の中ではなく、もっと前の出来事のことを指しているのではないだろうか。


すると、ピルピィがとんでもないことを言い出した。


「うーんと……待って、この話ってしてもよかったんだっけ? 待ってて、グララに聞いてくるから!」

「えっ。ちょ、ちょっと⁉︎」


ミウが何か言う前に、ピルピィは大砲の玉のようにとんでもない初速でグラーシェに向かって駆けて言った。


慌てて立ち上がり、その後を追いかけるミウ。


なんてことだ。


グラーシェに問いかけるのが厳しいから周りから色々話を聞いて行こうとしたのに、よりにもよって直線コースでそのまま話が進んでしまう。


しかもピルピィの足の速さは尋常ではなく、とてもではないが追いつけない。


「ねーグララ! 前の友達の話ってミウにしていーい?」

「ちょ、ちょっと待って……」


ミウが止めるのも聞かず、ついにピルピィはグラーシェにそう問いかけてしまった。


本を手に取りながら、ピルピィを、そしてミウの方を振り返るグラーシェ。


あ、やばい、と思わず呟くミウ。


グラーシェは少し訝しみながら、ピルピィに問いかける。


「……それって、私が前にした話ですか?」

「そう! ミウが聞きたいって!」

「あっ……ち、違うの! 別に、グラーシェのことを詮索するとかそういうんじゃなくて……その……」


ミウは慌てて手を振りながらそう言うが、グラーシェからの視線が一向に止まらぬままこちらへと注がれる。


その目は、少なくとも警戒をしているようではあった。


やっぱり、何か知られたくないことがあるのかもしれない。


「……なんでそんなことを、ピルピィに聞いたんですか?」

「あのぅ……その……興味本位……とか、ではないんだけど……」


彼女からの視線に、耐えきれない。


彼女の力になりたくてこうやって情報を集めていたのに、むしろ警戒の目で見られている。


滲み出る脂汗が、余計に焦燥感を煽る。


彼女の藍色の目線が、とてもじゃないが辛い。


結局、ミウは肩を下ろして観念したように白状する。


「……ごめん。私が前にハンナと喧嘩したとき、グラーシェが力になってくれたでしょ? そのとき、グラーシェにも同じようなことがあったって……」

「……ええ」

「今日グラーシェが元気付けてくれたときも、何かにグラーシェが何かに駆られてるような気がしちゃって……私の勘違いだったら、本当にごめん」


行き場のない手が、意味もなく宙を泳ぐ。


それでも、彼女が心配なのだと言う気持ちに偽りなんてない。


なら、それを伝えればいいだけなのだ。




「でも! ……でも、もしグラーシェが不安に思ったり悩んでる事があるなら……力になりたい!」




咳を切るように、言葉を洩らす。


「グラーシェが話したくないのなら無理には聞かない……でも、もし誰かに吐き出したいモノがあるんだったら……!」


必死に、無い頭を掻き分けて言葉を紡いで。


宙を泳いでいた手を、ミウは自分の胸に当てる。


「私に、ぶつけてほしいの」


お節介かもしれない。


余計なお世話かもしれない。


もしそうなら、ミウは彼女に対して残酷な事をしている事になる。


でも、彼女は言った。


お互いに気兼ねなくいられるのが────本当の友達・・・・・だって。


「…………」


黙りこくるグラーシェ。


その様子を、ハラハラしながら見つめるミウ。


そして、よく分かっていないながらも、状況の緊迫感に気付いて息を呑むピルピィ。


永遠にも思える静寂。


まるで、二人以外の全てが消えてしまったような。


「……分かりました」


しかしそれは、唐突に終わりを告げる。


グラーシェは呆れたとも、緊張が切れたとも取れるため息をついた。


そして手に持っていた用紙をピルピィに手渡すと、彼女に向かってグラーシェは呟く。


「仕事を交代してください、ピルピィ。少し、二人にしてほしいんです」

「う、うん」


ピルピィも重い口調に押し潰されるように、大人しくその用紙を受け取る。


そして、グラーシェはミウの手を引いて児童書のコーナーへ。


「仕事をしながらにしましょう。みんなで力を合わせないと早く終わりませんから」

「う、うん。もちろん」


ミウが本を木箱から取り出し、グラーシェが本棚にしまう。


グラーシェはしばらく口をつぐんでいたが、やがて語るように言葉を発し始めた。


「……ここに来る前、私はリドライカという街に住んでまして。そこでは、一〇歳になった角人の子供達に角音の基礎を教える集会のようなものがあったんです」

「そ、そうなんだ」

「そこで私は初めて友人というものが出来たんです。その子は角音がすごい上手で。一緒に遊びにいったり、一緒に勉強したりをたくさんしました」


本を収納する手を止めず、淡々と話すグラーシェ。


その言葉たちに、感情は一切ない。


「……でもある日、その友人は角人でなくなってしまいました」

「え? ど、どういうこと?」


角人でなくなった、とは?


ミウが問いかけると、グラーシェはくるりと振り返りながら尋ね返す。


「ミウは知ってますか? この世には『角狩り』と呼ばれる人達がいることを」

「角……狩り?」


その言葉に、ミウは全く聞き覚えがなかった。


今までの人生の中で、一度たりとも聞いたことのない言葉ですらあった。


「その人達のせいで、私の友人は角を失いました。彼女は誰よりも角音に恋焦がれていたのに、その未来を全て奪われてしまったんです」

「ち、ちょっと待って? 角を失う? 未来を奪われた? ど、どういうこと……? まさか……」


ミウは信じられないというように言葉を紡ぐが、その奥底では何となくわかってしまっていた。


だって、こんなに分かりやすい呼び名はない。


『角狩り』。


つまり、その言葉が意味する行為は。


「そのまさかですよ、ミウ」


グラーシェは、少しだけ震えた声で告げた。





「────角人の角を断ち・・、それを奪って利益に変える人々の事です」





その残酷な言葉は、図らずもミウの奥底に刻み込まれる事となる。


角人から角を剥ぎ、奪い取るという行為。


そんな事が、この現実に本当にあるだなんて思いもしなかったのだから────。

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