第七話 図書委員のお手伝い

そして放課後。


場所はもちろん、学院の図書室。


あまりに広大で、大きなステンドグラスから陽の光が差し込む。


蔵書数はもはや数え切れないほど。


そんな図書室の中央ホールに、ミウたちが集められた。


「いやあ助かるな。人手は多い方がいいからな!」

「はーい! 頑張りまーす!」


ミウたちの前に、リブラリー先生が立ってそう言った。


確かに背の高く、顔つきもいかつくて第一印象は怖い先生だが、親身になって生徒たちのことを考えてくれる優しい人だ。


彼の柔らかい笑顔での歓迎に、ピルピィが大きく手を挙げて答える。


ちなみに彼女のオトモダチであるクルルは、今は籠に入れられてテーブルの上である。


「えっと、今日来てくれたのは五人か」

「はい。ピルピィ、ミウ、ハンナさん、キラリエさん、それとアカリさんです」


グラーシェがリブラリー先生にそれぞれについて紹介する。


その間、ミウはキラリエに話しかけていた。


「ありがとね、キラリエさん。手伝ってくれて嬉しいな」

「ふん。アカリが参加するというのならわたくしが参加しない理由はありませんわ」


自身の陽にとろけるような美しい金髪をかしながら、隣に佇む少女を見やってそう告げる。


そう、アカリだ。


整った顔立ちと綺麗な長髪を持つ名家の二人が揃った光景は、なんだか別次元にいるみたいな感じがある。


真っ白な肌と裏腹に真っ黒な髪、燃え上がるような紅の瞳に突き上げるような赤い角。


同じように真っ白な肌、黄金色の髪とバイオレットのような紫色の瞳、そして大きく湾曲して下に向いた茶黒い大角。


まさに美人としか言いようのない二人に、なんだか眩しさすら感じる。


「……全く。いい加減張り合うのもやめてほしいものね」

「ま、まあまあ。アカリさんもありがとうね、手伝ってくれて」


慌ててアカリとキラリエの間に立って取りなすミウ。


そんなアカリは、放課後になった途端にミウたちが図書委員の手伝いをするとなって声をかけて来たのだ。


しかし、


「────あなた、疑問には思わないの?」

「え……」


ミウだけに聞こえるように耳を寄せて、アカリは呟く。


その言葉に、何かピクリと反応するミウ。


それは、昨日から少し引っかかっていたモヤモヤについてだった。


「私たちは昨夜図書館にいたわ。でも、なぜそこにいたかは思い出せない。これは明らかに異常な状況よ。私はこれの真相を突き止めたいのよ」

「アカリさん……」

「私たちがなぜあそこにいたのか。それを知るためにあなたを利用するにすぎないわ」


その目は燃え上がるように紅くとも、氷のように冷たかった。


彼女からは、ミウらを友人として扱う様子が微塵も感じられない。


「勝手に探れば怪しまれるでしょう? ちょうどよかったわ、あなたが訳の分からない提案をしていてくれて」

「わ、訳の分からないって……」

「まあどうでもいいわ。あなたは精々片付けごっこでもしていなさい」


そう言ったきり、ふいと顔を背けてしまうアカリ。


その様子にモヤモヤしたものを感じつつも、ミウは怒ったり深く問い詰める気にはなれなかった。


昨夜に見せた、アカリの悔しそうな表情。


あの表情の奥には、きっと要因となる何かがあるに違いないからだ。


でも、このままでいいのだろうか────?


「……ちょっと、お馬鹿さん?」

「えっ? ど、どうしたのキラリエさん」


ふと、隣から声をかけられて顔をあげるミウ。


そんな彼女を、キラリエが訝しむように見つめていた。


「どうしたのじゃないですわよ。なんだか調子が良くなさそうでしてよ?」

「う、ううん、平気。心配してくれてありがとう」

「別に心配などしてませんわ。ほら、リブラリー先生が説明を始めてますわよ」


なんだかんだ教えてくれるキラリエの言う通り、リブラリー先生がグラーシェと相談しながら話を進めていた。


最後にミウはアカリに視線を送るが、彼女から何かが返ってくることはなかった。


「よし、一階と二階は他の図書委員たちがやってくれてるから、君たちには三階の図書の整理と新書の追加をやってもらおう。新書はこの木箱の中に入っているから、協力して三階まで運んでくれ」


木箱は全部で五つ。


大きさはミウが両腕を大きく広げれば届くくらいのサイズだが、多くの蔵書が入ったそれはかなりの重さのようだ。


「新書も含めた蔵書の並び順はこの書類に書かれているから、それを参考に頼むぞ。木箱を運ぶ時、くれぐれも怪我だけはしないようにな」

「はい!」


ミウも含めて、六人は元気良く返事をする。


その様子ににこやかに笑みを浮かべるリブラリー先生は、そのまま一階の生徒たちを手伝うために去っていった。


「それじゃあ、早速始めましょう。まずは木箱を三階まで……」

「うっし、それじゃ早速……重たっ!」


袖をまくったハンナが意気揚々と木箱に手をかけるも、その木箱の重さが見ていて伝わるくらい全く上に持ち上がらなかった。


おそらくこの中では彼女が一番力持ちだとは思うが、それにしたってこれはかなりの重さのようだ。


「よっと。頑張れー、ハンナー!」

「おいピルピィ! 木箱の上に乗るんじゃねーよ!」

「ハンナならいけるよー!」

「いけるわけあるか! ったく、意外と重たいぞこれ!」


なぜかぴょんと木箱に乗りながら、ハンナを応援するピルピィ。


木箱の大きさ的に、中に入っている蔵書も三〇冊以上はあるだろうか。


分けて運ぶにしても、かなりの回数往復する必要がありそうだ。


ミウは、近くにいるキラリエに問いかけた。


「どうしよう、キラリエさん?」

「簡単ですわ。わたくしの氷結の角音で柱を作って、上まで持ち上げれば……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


キラリエが汎用角笛から変化した角笛ゴルディスノウを吹こうとすると、彼女を止めるようにグラーシェが割って入る。


「本っていうのはデリケートなんです! 濡れたり霜がついたらどうするんですか!」

「あら、そうですの。ではどうしたものかしら」

「わ、私が浮遊の角音で運びますから! 皆さんは先に上がっていてください!」


少し不服そうな表情をするキラリエだったが、グラーシェが割と慌てながら言ったので気圧されてそのまま後ずさる。


ふう、とため息をつき、角笛クオリナを取り出すグラーシェに、ミウも続けて角笛を取り出す。


「私も手伝うよ、グラーシェ」

「え? あ、でも、ミウさんは……」

「大丈夫! 次こそ成功させるから」


角笛クエストゥルスへと変化させ、ミウは浮遊の角音を木箱に向けて奏でる。


大丈夫、今回はちゃんと木箱に向けている。


だが。


「……うわぁ⁉︎」


やっぱり、浮き上がるのはミウの身体・・・・・だった。


それどころか、中央ホールにある机や椅子すらも、一緒に浮かび上がり始めたのだ。


「やっぱり……」

「わっわっ! な、何でぇ⁉︎」


今度は確実に木箱に向かって角音を奏でたはずなのに。


そんな考えとは裏腹に、ミウの身体は風船のように空へと浮き上がっていく。


「全く、何をしているのよ」


ふと、ミウの角音とは真逆のような低音を基調とした角音が奏でられる。


それは、ミウと他の机や椅子を、同時に空中に縛り付けておく力を持っていた。


浮遊の角音と相反して、重力を強める角音。


それを奏でていたのは、角笛カグツチに唇を寄せるアカリだった。


「解除の角音を奏でなさい、ミウ」

「あっ、ありがとう……!」


ミウは慌てて解除するための角音を唱えると、浮き上がった自らの身体や机、椅子たちが少しずつ元の場所へと戻っていく。


これはミウが角音を解除したからだけでなく、アカリが重力を強化する角音の力を調整しているからでもあった。


ふわりと、ゆっくりと地面にうつ伏せで着地するミウを見下ろしながら、彼女はすぐさまグラーシェの方へと向き直る。


「私が手伝うわ、グラーシェ」

「ありがとう、アカリさん」

「ミウ、あなたは先に上に行っていなさい」

「……う、うん。ごめんね、二人とも」


アカリにそう言われ、おずおずと階段へと向かうミウ。


階段でその様子を見ていたハンナとキラリエはニヤリとした表情を浮かべて、


「こうなると思ってましたわ」

「ま・さ・に・予想通り」

「う、うるさーい! 私だって役に立とうとしたんだから!」


ミウは反論するも、実際役に立ててないのだから言われてもしょうがないな、と思った。


しかし、どうしてうまく角音の力が発揮されてくれないのだろうか。


ぼんやりと考え込みながら、ミウはハンナやピルピィ、キラリエの後に続いて階段を上がっていった。


その様子をアカリが興味ありげに見ていたことに気付かないまま。

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