第八話(エピローグ)

「……ハ」

 フラガラッハ卿はバカにした様に短い笑い声を立てた。

「ダベンポートさん、言うに事欠いてアランとは……八歳の子供に何ができるって言うんです?」

 だが、ダベンポートには確信があった。

 この事件はアランの仕業だ。

「アラン君は八歳のお子さんとは思えないほどに聡明だ。アラン君はおそらく、年齢の倍かそれ以上の知能を持っていると思います」

 ダベンポートはフラガラッハ卿に言った。

「倍だって? それにしたって殺人犯には若すぎる」

「…………」

 アランは俯いて黙ったままだ。

「先ほど、私は魔法陣を作るための方位が間違っていると言いました。でも、その誤差を測定する事ができるのはアラン君しかいないのです」

 ダベンポートが言葉を続ける。

「まずメイドの五人ですが、雑役女中メイド・オブ・オールワークスにその様な知識があるとは到底思えない」

 部屋の片隅に固まっているメイドたちを指差す。

料理人シェフ達も同様です。シェフは料理はできても測量はできますまい。そもそも料理人シェフ達にその様な時間があるかどうか」

 料理人の二人がコクコクと頷く。

「そしてフラガラッハ卿ご自身ですが、卿にはミス・ノーブルを殺害する動機がありません。あなたは雇用主だ。気に食わなければただ単に解雇すればいいだけです。何も殺人なんてリスクを犯す必要はない」

「ダベンポートさん、あなたは私のことまで疑っていたのか」

 フラガラッハ卿は絶句した。

「可能性の問題です」

 ダベンポートがしれっと答える。

「執事のモーリスさんにも同じ事が言えます。執事さんはもう若くない。それに執事さんには何よりこの家を守るという使命があります。それをたかだか女家庭教師ガヴァネス一人のために自分で放棄するとは思えません」

「…………」

 執事は黙ったままだ。

「しかし、アラン君は違う」

 ダベンポートは指摘した。

「アラン君は天文学に並々ならぬ興味を抱いていた。望遠鏡もお持ちの様だ。その様な環境であれば、自分の家の方位がおかしいという事はすぐに気づくはず。天体観測に正確な方位測定は必須ですからね」

「…………」

 俯いたアランが下唇を噛む。

「測量にしたって天文学をある程度知っていれば……」

 と、突然、アランは爆発した。

「僕は、殺すつもりなんてなかったんです。ノーブル先生が勝手に死んだんだ!」

 足をふみ鳴らし猛り狂う。

「僕は前の日、ノーブル先生にひどく叱られたんです。君はバカだ、なぜ覚えられないのかと。僕は翌日の授業がどうしても嫌だった。だから、ノーブル先生が怪我をして授業ができなくなればいいとそう思ったんです」

「で、君はどこかで覚えた切断呪文を遠隔で使ったんだね?」

 荒れ狂うアランに対し、ダベンポートはあくまでも冷酷に訊ねた。

「ノーブル先生が部屋のどこで寝ているのかは知っていました。だから領域リームの計算は簡単でした。ただ、出力の設定は知らなかったんです。知らなかったから雑誌に載っていた魔法陣を写したんです」

「で、その出力が高すぎたんだな」

 ダベンポートは嘆息した。

「僕は、ノーブル先生がちょっと怪我する程度でいいと思っていたんです。ちょっと腕か脚を切るだけでいいって。まさか、あんな真っ二つになっちゃうなんて思わなかった」

 言いながら涙を流し始める。

 あとは支離滅裂でアランの言葉は意味をなさなかった。

「うわーッ」

 大声で泣き叫ぶ。

「これは事故だな」

 ダベンポートは嘆息した。

「殺意がない」


 ふと気がつくと、ドアの外にはグラムの連れた騎士団が待機していた。

「よし、その子を拘束するんだ」

 グラムが傍らの部下に声をかける。

「残りの者は家宅捜索開始。かかれ!」

 騎士団は一斉に動き出すと、フラガラッハ家の家宅捜索を始めた。

…………


 家宅捜索の結果、アランの部屋からは大量の書籍が見つかった。大半は天文学の本だったが、三角測量の基礎が書かれた本や数学の本もすぐに発見された。そして窓辺には大きな望遠鏡。星も見える様な本格的な望遠鏡だ。

 アランはきっとこれで星を見て、夜を楽しんでいたのだろう。

 アランの机にあったノートにはびっしりと計算が書かれていた。どうやら方位の誤差を天文学的に計算した様だ。

「見ろよ、グラム」

 ダベンポートはアランの部屋でグラムにそのノートを見せた。

「僕は方位の誤差を一日かけて測量して割り出したんだが、この子のやり方の方がスマートだ。この子は天文学的に誤差を割り出したんだよ、北極星を使ってね。実にスマートだ」

「ふーん?」

 だが、グラムはあまり関心がなさそうに鼻を鳴らすだけだ。

「ある種の天才なんだろうなあ。もったいない、ちゃんと育てばさぞかし優秀な学者になっただろうに」

 と、ダベンポートは気になってグラムに訊ねた。

「で、聴取の方の首尾はどうなんだい?」

 グラムはとりあえずフラガラッハ邸の応接室の一つを徴用すると、そこを臨時の取調室として使っていた。

 ここである程度まで聴取し、さらなる聴取をどこで行うかは現在騎士団と警察が協議中だ。八歳の子供が魔法を行使して殺人を犯した前例はかつてなかったため、どう進めるべきかは騎士団も警察も判っていなかった。

「まあまあ、だな」

 とグラムは先ほど届いた一次報告書を繰りながらダベンポートに答えた。

「どうやら魔法はミス・ノーブルから教わった様だ。アラン少年はおまじないといっていたが、まじないどころじゃない本格的な魔法だったって訳だ」

「なるほどね」

 と、ダベンポートはアランの机に魔法陣が焼きついている事に気づいた。どうやら呪文は教わっても解呪までは教わらなかった様だ。

 ポケットから護符を取り出し、そっと解呪する。放っておいたら壊れた蛇口の様にマナが溜まっていって、いずれアランの身体で跳ね返りバックファイヤーが起きてしまう。

「しかしミス・ノーブルも変な事をアランに教えたものだよ。そんな事をしなければ死ぬこともなかったのに」

 思わず嘆息が漏れる。

「どうやら授業の合間の雑談だった様だぞ。ミス・ノーブルは自分の知識をアラン少年に披瀝ひれきしたつもりだったのかも知れないが、アラン少年はそれを思ったよりも多く吸収してしまったみたいだ。自分でも色々調べたと言っている」

「なんだ、如何わしい魔法の入門書でも読んだのかい?」

 ダベンポートはあからさまに嫌な顔をした。

「いや、もっとタチが悪い。雑誌だそうだ」

「やれやれ」


──魔法で人は殺せない5:フラガラッハ邸事件 完──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【第二巻:事前公開中】【特別賞受賞:カクヨムプライベートコンテスト Vol.03】魔法で人は殺せない5 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ