第七話

 結局、ダベンポートは正攻法で行く事にした。

 翌朝魔法院の電話オペレーター室を訊ね、電話をフラガラッハ邸に繋げてもらう。

 電話にはすぐに執事が出た。

 はい、謎は解けました。おそらく真犯人も判ったと思います。ついてはご説明差し上げたいのでご家族全員──アラン君を含めて──と使用人の方を全員、どこか広い部屋に集めていただけませんでしょうか? 時間は、そう、午後一時頃で如何でしょう?

…………


 午後、ダベンポートは再びグラムと共にフラガラッハ邸へと向かっていた。

 背後からは騎士団の兵員輸送馬車がついてくる。一個騎士小隊八人。ダベンポートの考えが確かなら、すぐに人手が必要になるはずだ。


 二台の黒い馬車はフラガラッハ邸の大きな門を抜けると、玄関脇のアプローチに並んで停車した。

 すぐに玄関から現れた執事の案内で邸内へ。

 グラムは、

「お前たちは待機だ。私が呼ぶまではそこにいるように」

 と大きな方の馬車に乗った騎士たちに声をかけた。

「「了解しましたサー、イエス・サー!」」

 野太い声が唱和する。


 三人で玄関ホールを抜け、北ウィングのダイニングルームに案内される。

 ダイニングルームには既にフラガラッハ卿とアランを含め、家族と使用人の全員が集められていた。

 皆一様に不安そうだ。落ち着かなく歩いたり、蒼い顔をしているものもいる。

 それまでざわついていた周囲が、だがダベンポートが入ってきた途端に静かになる。ダベンポートが歩くにつれ、使用人達がゆっくりとダイニングテーブルの方へと集まってくる。

 ただ一人、副料理長スーシェフのファビオだけは苛立ちを隠さなかった。ファビオは、

「すぐに終わらせて下さいよ。今日はシチューなんだ。鍋からあまり離れられない」

 と目を怒らせる。

「すぐに終わります。ただの種明かしですからね」

 ダベンポートは無表情にダイニングテーブルの前に立った。次いでポケットから羊皮紙に書かれた魔法陣、リンゴ、それにカミソリを取り出す。


「ダベンポートさん、何が判ったんです?」

 周りが落ち着くのを待ってからフラガラッハ卿は口を開いた。

「まさか、もう犯人が判ったという事は……」

「その、まさかです。全て判りました」

 ダベンポートが冷たい笑みを浮かべる。

「結局、この屋敷で魔法が使えない事がネックだったんです」

 ダベンポートは周囲を見回すと話し始めた。

「でも、それは誤解でした」

「誤解?」

 とフラガラッハ卿。

「はい。この地でも魔法は働きます。ただ、少々補正しないといけないようです」

 ダベンポートは事前に計算しておいた魔法陣をダイニングテーブルの上に置いた。

 リンゴを魔法陣の中心に据え、カミソリを外郭の円に乗せる。

「これは、一昨日にこの屋敷の中で実験した魔法と全く同一です。ただし、魔法陣に補正が加えられています」

 と、ダベンポートは魔法の起動を始めた。

 はじめに起動式。

「────」

 次いで固有式。


 術者:ダベンポート

 対象:リンゴ

 エレメント:カミソリ


「────」

 いつもの様に魔法陣のルーンが浮き上がり、空中で淡く光りながら回転する。

 今度はちゃんとした右回転。

 と、詠唱が終わると同時に魔法陣に書かれていた呪文が起動した。

 スパンッ

 軽快な音を立て、リンゴが八つに割れる。

「!」

 周囲の全員が息を飲む。

「……とまあ、ご覧の通りです」

 ダベンポートは内ポケットから解呪の護符を取り出すと、テーブルに残った魔法陣を綺麗に消去した。

「なんと……」

 驚きにフラガラッハ卿は口もきけない様子だ。

 おそらく、この屋敷で魔法が行使されるのを見るのは初めてなのだろう。

「問題は方位でした」

 ダベンポートは説明した。

「昨日、一日かけて測量したんです。このお屋敷はしっかり建てられていました。場所も方角も魔法院が掌握している通りだ。ただ一つだけ、違う点がありました」

 言いながら周囲を見渡す。

 様子がおかしい者はいない。

 どちらかというと、ダベンポートのいう事を理解できていない様子だ。

 ダベンポートは話を続けた。

「おかしかったのは方位でした。この屋敷の造作のせいなのか、あるいは地下に何かが埋まっているのかは判りませんが、ともかくこの屋敷の周辺ではコンパスが正常に動かないんです。概ね、西に十五度ずれています」

 とダベンポートは地図を示した。

「魔法の行使に十五度の誤差は致命的です。多少座標がずれていても簡単な魔法なら起動しますが、方位が間違っているのでは絶対に起動できません。結果として魔法は常に失敗フィズルし、皆さんも今までここでは魔法が使えないと思い込んできたんです」

「…………」

 今では口をきく者はいなかった。皆固唾を飲んでダベンポートの話に聞き入っている。

「ミス・ノーブルの件はこれで説明が付きます。ミス・ノーブルは確かに密室の中にいた。誰も入る事はできません。でも、魔法なら話は違う。ミス・ノーブルが寝ている場所さえ判れば、離れた場所から魔法で遠隔攻撃する事が可能です。犯人はそうやってミス・ノーブルを殺害したんです」

「ならばダベンポートさん、まさかあなたはこの屋敷の誰かがミス・ノーブルを殺害したと言うのですか?」

 フラガラッハ卿は顔を赤くしてダベンポートに噛み付いた。

「はい」

 ダベンポートが無表情に頷く。

「残念ながら、その様です」

「誰なんだね、それは?!」

 ますますフラガラッハ卿の顔が赤くなる。

「……アラン君」

 不意に、ダベンポートはアランを手招きした。

「アラン君、君はどうしてミス・ノーブルを殺したんだね?」

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