第六話

 翌朝、ダベンポートは登院するなり魔法院の測量局を訪れた。

 事情を説明し、測量機器一式を局から借りる。

 測量技術については魔法学校にいた時から徹底的に叩き込まれていた。魔法関係者たる者、測量を知らなくては話にならない。

 重い測量機器一式を抱えその足で厩舎へ。馬車を一台借り出し、昨夜のうちに目をつけておいた丘までの道程みちのりを地図も示しながら御者に説明する。

 途中草地も走らなければならなかったが、御者は嫌な顔はしなかった。

 何しろ魔法院の馬車だ。深夜の墓地だろうが戦場だろうが、馬車で行けるところならどこへでも連れて行ってくれる。


 荷台に重い測量機器を積み、ゴトゴトとセントラルへ向かう街道をひた走る。

 フラガラッハ邸はこの街道を少し逸れたところに建っていた。周囲は森と草地。丘陵地なので起伏が激しい。

「そこの細道を抜けて丘陵を登り切ったところで停めてくれ」

 前の窓を開け、御者に伝える。


 地図で示した場所に馬車が停まったところでダベンポートは測量機器を荷台から降ろした。

 三脚を開き、上に測量用の望遠鏡を取り付ける。

 ここからはフラガラッハ邸がよく見えた。

 広いガラスが光る邸宅の南側がよく見える。

「……よし」

 ダベンポートは双眼鏡で邸宅の位置を確かめると、早速測量を始めた。

 本当は測量ポールが欲しいところだったが、遠くからの測量でフラガラッハ邸の横に測量ポールをいちいち立てに行くのは面倒だったのでそれは諦めた。

 代わりに距離と角度だけを測量し、高さについては建築技師が正しく水平に屋敷を建てたと仮定する。

 コンパスで方位を測り、測量機器で距離と角度を計測。

 この測量機器はかなり遠い場所まで正確に距離を測ることができる魔法院の特注品だった。これさえあれば、最悪測量ポールがなくても測量はできる。

 現に船や飛行機械で現在も世界各地を測量して回っている測量局もチームによってはポールを持っていかないことがあった。行き先によっては測量ポールを持っていけない。その場合は方位、それに距離と角度で測量を済ませる。精度は若干劣るが、それでも魔法の行使という目的を果たすためには十分なだけの精度の測量を行うためのノウハウを魔法院は取得していた。


 ダベンポートは丘陵の二箇所から測量すると、得られた数値を持ってきた地図に赤字で書き込んだ。

「ブルルッ」

 背後で草を食んでいた馬が鼻を鳴らす。

 測量を終わらせるとダベンポートは再び測量機器を荷台に乗せ、ゆったりと馬車に寄りかかって御者がタバコを吸い終わるのをのんびりと待った。急ぐ測量ではない。今日中に終わればいい。


 草の覆い茂った丘陵を冷たい風が駆け抜けていく。


 御者がタバコを吸い終わり、パイプから灰を捨てる。

「よし御者さん、次の場所に行こう」

 ダベンポートは御者を促すと、馬車に乗り込み次の測量地点を御者に説明し始めた。

…………


 その後さらに三箇所。ダベンポートはフラガラッハ邸の各壁面を丘陵地から測量し続けた。地図には次々と赤い数字が書き込まれ、それを繋げるようにして赤い線が伸びていく。

 邸宅の形ができた時、その赤い線は元々地図に描かれていた邸宅の線と一致していた。グレーの線の上に赤い線が上書きされ、色が黒っぽくなっている。

「うむ」

 ダベンポートは満足げに頷いた。

(よし、次は邸宅からだ)

「御者さん、では移動しよう」

 ダベンポートは御者にお願いすると、今度はフラガラッハ邸へと向かった。


 フラガラッハ邸の執事はダベンポートの突然の来訪にも嫌な顔一つしなかった。

「これはこれはダベンポート様」

 すぐに扉を開けてくれる。

 測量機器を抱えたダベンポートはまるで工事現場の関係者のようだ。

「どうしましたので?」

「事件の捜査にどうしても必要なのですよ。申し訳ないのですが、フラガラッハ邸を測量させては頂けませんか? できれば外側からと内側を。なに、お手間は取らせません」

「はあ……」

 不思議そうにはしていたが、執事はダベンポートの依頼を快諾した。

「何か私どもでお手伝いできることはありますか?」

「いえ、特には。それよりもカラドボルグ姉妹はどうですか? 何か失礼をしてはいませんか?」

 ポーチの片隅に一台、魔法院の馬車が既に駐車しているのを見てダベンポートは訊ねた。

 双子のカラドボルグ姉妹が来ている。彼女たちは遺体修復エンバーミングのエキスパートだったが、アタマのネジが少々緩んでいるところがあった。

 何か粗相をしていなければいいのだが。

「よくやって頂いてます」

 と執事は笑顔を見せた。

「ミス・ノーブルも大層綺麗なお顔になりました。きっとお喜びでしょう」

「なら良かった」


ダベンポートは測量機器を馬車から下ろすと、同じ要領で今度はもっと近くから測量を始めた。御者にも手伝ってもらい、今度は測量ポールも使う。それぞれの角で測量。方位、角度、距離、高さを割り出し今度は緑のペンで地図に数字を書き込んでいく。

(やっぱりだ)

 地図に組み立てられていく緑色の邸宅の四角は、地図の上の赤黒い邸宅の四角とは微妙にいた。西に十五度くらいだろうか? 角度がずれている。

 最後にダベンポートは屋敷にあげてもらい、内側から玄関ホールを測量した。

 同じように地図に書き込み、精度をあげる。


「ご協力ありがとうございました」

 夕方頃、ダベンポートは必要な測量を全て終えると執事に挨拶した。

 今日はフラガラッハ卿にはお目通り願うほどではない。これで退散しよう。

「お力にはなれましたかな?」

 と執事。

「それはもう。大変な成果がありました」

 執事の言葉に笑みを返す。

「それでは」

 もう一度執事に挨拶し、測量機器を積んだ馬車に飛び乗る。

 結果に満足しながら、ダベンポートは魔法院へと引き上げた。


 馬車での帰り道、地図を広げてもう一度測量結果を見てみる。ゴトゴト揺れる馬車に苦労しながら、ダベンポートは地図に長い補助線を書き込んだ。

 西に十五度のギャップ。

 これが昨日の違和感の原因だったのだ。

(これで謎は解けた。あとはどうやって追求するかだが……)

 馬車に揺られながらダベンポートは目を閉じると、一番良い告発の仕方はどれだろうかという、新たな難問に取り掛かった。

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