第二話

 フラガラッハ卿は背後に十歳位の少年を連れていた。

「やれやれ」

 フラガラッハ卿が力なく上座のソファに座る。少年はフラガラッハ卿の背後に立った。ソファの背に手を掛け、無言のまま背後に控える。

「……参りました。朝から大変な騒ぎです」

 フラガラッハ卿が再びため息を漏らす。

 フラガラッハ卿は若い貴族だった。これなら社交界でも人気があるだろう。中肉中背、栗色の髪の毛にはっきりした顔立ち。顎の線が力強い。

「お察しします」

 ダベンポートは一応いたわりの言葉を口にした。

「ミス・ノーブルは良く働いてくれました。メイドの教育も彼女の仕事でね、これからどうすればいいか」

 と、ダベンポートの視線に気づき、一瞬背後に目を送る。

「ああ、これは息子のアラン、八歳になります」

 アランと呼ばれた少年は無言のまま頭を下げた。

「ミス・ノーブルは女家庭教師ガヴァネスでしたね。メイドの教育まで面倒を見る女家庭教師ガヴァネスとは珍しい」

「ええ、若いのに経験豊富でね」

 フラガラッハ卿が頷く。

「メイドをやっていたこともあるのだそうですよ。その後苦学して学問を身につけ、女家庭教師ガヴァネスになった様です。当家には女主人ミストレスがいないものでね、すっかり頼りきっていました」

「失礼ですが、奥様は?」

 とダベンポートは訊ねた。

「家内は、亡くなりました」

 フラガラッハ卿は悲しそうに言った。

「アランが生まれてしばらくして、流行病コレラにやられました。この辺りは水が悪い。モーリスも随分良くやってくれてはいたのですが……」

「そうですか」

 邸内の食品衛生管理は基本的に執事バトラーの仕事だ。だが、水ばかりはどうにもならない。買うわけにも行かないし、井戸を掘るにも地下水がなければどうにもならない。

「ところで他の使用人は?」

 ダベンポートは注意深く話題を本題のほうに移していった。

 確かにフラガラッハ卿は気の毒だが、そちらの話にはあまり興味がない。

 それよりは今は容疑者を絞り込む方が先決だ。

 犯行時間は深夜から早朝にかけて。外部の犯行と考えるには多少無理がある。まずは疑わしい人物の洗い出しからだ。

 ただ、内部の犯行を疑っていると気づいたら卿は気を悪くするかも知れない。流石のダベンポートにもその程度の配慮はあった。

「メイドは先ほどダベンポートさんにもお会い頂きました。全部で五人、全員が雑役女中メイド・オブ・オールワークスです。確か四人にはお会い頂いたはずです。もう一人いるのですが、今は臥せっています」

 フラガラッハ卿は説明した。

「他には執事のモーリス、これにもお会いいただいていますね。あとは料理人シェフが二人。私が蒸気自動車に入れあげているので御者はいません。園丁は通いです」

 全部で八人。小さな屋敷だ。

 もっとも、家族がフラガラッハ卿とアランの二人だけなのであればそれで十分なのかも知れなかった。二人に対してメイド五人は多すぎの可能性すらある。一人に約三人のメイドが仕えるのだ。王侯とまでは言わないまでも、貴族としては十分だ。

「ご家族はお二人だけ?」

 念のために訊ねてみた。

「ええ」

 フラガラッハ卿が頷く。

「周りは再婚しろとうるさいんだが、どうしてもその気になれませんでね。独身の様な生活を送っています」

「なるほど」

 ダベンポートは手帳のページをめくった。

「嫌なことを思い出させるかも知れませんが」

 と前置きしてから次の質問を続ける。

「第一発見者はどなたなんです?」

「メイドの一人です」

 フラガラッハ卿は嫌がることもせず、ダベンポートに答えて言った。

「その臥せっているメイドです。朝の光景がショックだったのでしょう、卒倒してしまいましてね。十分に休ませるつもりです」

 フラガラッハ卿は言葉を続けた。

「すぐに他のメイドが駆けつけたのですが、見るまでもなくミス・ノーブルは亡くなっていました。私の指示で再びドアを閉めて、今はそのままにしてあります」

「現場を保存頂けたのは幸いでした」

 ダベンポートは頷いた。

「あと、これも嫌な質問なんですが、ミス・ノーブルが誰かに恨まれていた事は? あるいは誰かと仲が悪かったとかは如何ですか」

「さあ、どうでしょう……」

 フラガラッハ卿が考え込む。ふとフラガラッハ卿は振り返ると、

「モーリス、どう思う?」

 と後ろに控えていた執事に訊ねた。

「……ミス・ノーブルは大変に厳しい方でした」

 執事が慎重に言葉を選びながら答えて言う。

「メイド達との折り合いも良かったとは言えますまい。ミス・ノーブルは少々、女主人ミストレスの様に振る舞う悪い癖がございました」

「ほう、それは知らなかった」

「二人のシェフと親しく喋っているのも見た事がございません。とても孤独な方だったかと」

(いわゆる『かわいそうな先生』って奴だ)

 とダベンポートは思った。

(使用人でもない、かと言って雇用主でもない。しかし、メイド達を仕込む必要はある。そりゃ、孤立もするよな)

「しかし、ミス・ノーブルがこの家の者に殺されたと私にはどうしても思えないのです」

 弁解する様にフラガラッハ卿は言った。

「ミス・ノーブルの部屋はいわゆる『密室』状態でした。この邸宅の作りは堅牢です。中から施錠されたら、ドアを外から開ける事はほぼ不可能です」

「では、窓はどうです? 窓から侵入されるという事は?」

「外から窓を施錠する事はできません。侵入する事はできても、その形跡を残さずに去る事はできますまい」

 思ったよりも頭が回る様だ。ちゃんとロジカルに考えている。

「……なら、やっぱり魔法って線が濃厚になるんだな」

 と、今まで黙って話を聞いていたグラムが口を開いた。

「中からも外からも入れないなら、後は魔法だ。まさか自分を斬って自殺するモノ好きもいないだろう」

「…………」

 と、ダベンポートはフラガラッハ卿が居心地悪そうにしている事に気づいた。

 黙りこくって俯いている。

「いえ、ところがこの屋敷に関してはその可能性もないのです」

 ようやく、どこか言いにくそうにフラガラッハ卿は口を開いた。

「ダベンポートさんには魔法院からわざわざお越し頂いて大変恐縮なのですが、この屋敷では魔法が使えません。ですから、ミス・ノーブルが魔法で殺されたという線もないのです」




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