第一話

「ここだな」

 ダベンポートは一旦馬車を停めると、窓から外の邸宅を眺めた。

 それはセントラルからほど近い、街の郊外に建てられた邸宅だった。

 さほど大きな邸宅ではない。セントラルに近いため、あまり大きな地所は維持が大変なのだろう。

 邸宅は金属とガラスを多用した、超近代的な作りの屋敷だった。まるでクリスタルでできた城のようだ。窓は大きく、外の日差しを多く取り入れる作りになっている。二階建て、部屋数はおそらく三十くらい。一部がガラス張りの植物園の様な構造をしたこの屋敷の外見はエキセントリックだが、貴族の屋敷としては小ぶりな方だ。

(この様子では地下にはスチームボイラーもありそうだな)

 とダベンポートは考えた。

(しかし、こんなガラス張りの屋敷で殺人か……)

「じゃあ御者さん、中に入れてくれるかい?」

 ダベンポートはキャビンの小窓を開けて御者に命じると、馬車をポーチの中へと走らせた。

…………


 馬車が玄関に着くと、外にはすでに数人のメイドと執事が待っていた。

「おい、着いたぞ」

 隣で腕を組んで眠っているグラムを肘でつっつく。

「……ん、んあ? 着いたのか?」

 グラムは片目を開けた。

「行こうグラム、執事殿がお待ちだ」

 さっさとドアを開け、先に降りる。奥に座っていたグラムもすぐに後に続いた。


「いらっしゃいませダベンポート様、グラム様」

 馬車から降りるとすぐにすっかり髪の毛が白くなってしまった男性が深々と頭を下げた。それに合わせて後ろのメイド達も最敬礼。 

「このような早朝からご足労頂きありがとうございます。当家執事のモーリスでございます」

 丁寧な挨拶。

「さ、こちらにどうぞ」

 執事はダベンポートとグラムの先に立つと二人を屋敷の中へと招き入れた。ダベンポートとグラムの後を追うようにしてメイドの一群が後に続く。

 ポーチは控えめなサイズだったが、園丁が入って綺麗に手入れされていた。だが、奥に厩がある様子がない。

(流行りの蒸気自動車を使っているのかな? 貴族にしては珍しい)

 ダベンポートは不思議に思う。

 ふと、執事は二人を振り返った。

「困った事になりました」

 わざとらしく嘆息する。

「全く、お恥ずかしい話でございます。このお話はくれぐれもご内密に」

 金属を多用したモダンな作りのアプローチを歩きながら遠慮がちに言う。

「無論、捜査上の秘密は守ります」

 ダベンポートは頷いた。

「尤も、報告は上げなければなりませんが」

「それはもちろんでございます」

 玄関のドアもやはり金属製。彫金の装飾が美しい。すぐに先に立った二人のメイドが重そうなドアを開けてくれる。

 執事は燕尾服を着てはいなかった。普通のスーツ姿だ。

 ダベンポートの視線に気づいたのか、執事は笑顔を見せた。

「ああ、これでございますか? 主人は派手、華美を好みません。あくまでも実用、となるとこの服装が一番なのでございます」

「なるほど」

 使用人の服装と屋敷の造作とのギャップが凄まじい。

「屋敷の作りが派手ですから、せめて私どもだけでも目立たないようにとの配慮でございます」

 玄関ホールでダベンポートは周囲を見回してみた。外見に反し、どうやら一般的な作りの屋敷らしい。一階がパブリックスペース、二階がプライベートスペースになっている様だ。

 特にダベンポートの目を引いたのは二階への階段だった。多くの貴族が好むループ状の階段ではなく、大きな螺旋階段になっている。吹き抜け構造にはなっておらず、バルコニーもない。

(螺旋階段とは珍しい。確かに実用を重んじる方のようだ……)

「ところで執事さん、お願いしていた現場の保存ですが」

 とダベンポートは執事に訊ねた。

「はい。まだ誰も触ってはおりません。朝からそのままでございます。主人は嫌がりましたが説得いたしました」

「それは結構。ならばご挨拶したらすぐに見せて頂きましょう。いつまでもそのままにしておいては子爵もお喜びにはなりますまい」

「ご配慮、ありがとうございます」

 執事は二人を奥の応接間に通した。大きな部屋ではない。六人くらいの小さな個室だ。

「それでは、主人を呼んで参ります。お茶をお出し致しますのでしばらくお寛ぎ下さいませ」

…………


「フラガラッハって子爵だったっけか?」

 メイドが持ってきてくれたお茶を飲みながら、グラムはダベンポートに訊ねた。

「ああ。ヴァイカウント子爵・フラガラッハだ。しかし、僕でも知っている事を騎士の君が知らないって言うのはどうかね?」

「で、誰が死んだんだ?」

 ダベンポートの小言にもグラムはどこ吹く風だ。

「ミス・エレナ・ノーブル、ここの女家庭教師ガヴァネスだよ」

 ダベンポートは少々呆れながらグラムに教えた。

「グラム、第一調書くらいは読めよ」

「朝イチにか? 起き抜けに殺人事件の資料なんて読みたくない」

 フラガラッハ家から緊急の連絡が警察に入ったのは今日の朝七時すぎのことだ。貴族からの連絡に、すぐに警察はサジを投げるとこの件を魔法院に丸投げにした。魔法院は受諾したが、同時に騎士団を巻き添えにした。そして登院前のダベンポートに連絡が入り、今ここにいると言う訳だ。

「密室殺人だ」

 ダベンポートは馬車の中で読んだ調書の内容を思い出しながらグラムに説明してやった。

「いつもは六時には起きてくるミス・ノーブルが今日に限って七時になっても起きてこない。身体の具合が悪いといけないというのでしばらく経ってからメイドがノックしに行ったんだが、ドアには鍵が掛かっていて返事はなかったそうだ」

「ふーん」

 あまり関心がなさそうにグラムが鼻を鳴らす。

 ダベンポートは説明を続けた。

「その後もまだしばらくは待ったようなんだが、どうも様子がおかしいと言うことでマスターキーを使って開けたら、ベッドの中で血塗れになったミス・ノーブルが見つかったと、まあそういう事らしい。窓も閉まっていたし、部屋に入れるルートはない。密室殺人という事ですぐに警察は魔法絡みの事件だって決めつけて魔法院に丸投げだ。ひどい話だよ」

「どちらが?」

 と、グラム。

「どちらもだ。事件もひどければ警察の対応も最低だ」


 トントントントン。


 と、外からノックの音がした。

 執事が開けたドアをくぐり、フラガラッハ子爵が応接間に入ってくる。

 まだ若い。三十過ぎと言ったところか。見たところダベンポートとほとんど同年齢だ。

「朝早くからありがとうございます」

 フラガラッハは頭を下げた。

「私が当主のフラガラッハです」

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